命ある限り、真心を尽くすことを誓うと約束させた本人が、それをすっかり忘れていたようです。思い出した途端、周りに頭の心配をされました

珠宮さくら

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高校の時に浅見芽衣子は、一目惚れをした。相手は、同い年の男の子だ。

それが初恋だと芽衣子は思っていた。恋というものをこの時、初めて知ったのだと思っていたが、そんなことはなかったことをだいぶ後になってから知った。

でも、この時は、これが恋というものを初めて知ったのだと思って、ちょっとしたフィルターから世界を見ていたようだ。

芽衣子が一目惚れした相手は、転校してきた人だ。芽衣子のクラスに入って来た時にいや、なぜか、その日は不思議な感じがしていた。何かいいことがありそうな気がして、ふわふわした感覚がしていた。

ついでに後頭部がズキズキしていた。落としたものを拾って立ち上がった時に後頭部をぶつけて、たんこぶができていた。いいことがありそうだと思っていたのも、痛い目にあったから真逆なことがある気がしただけかも知れない。

そして、ふわふわしているのも物理的にぶつけたからだった気がしなくもないが、この時の芽衣子はお花畑にでもいるような感覚がしていた。

つまり、一連のことを知っていたら、頭をぶつけたことでおかしな風に見えているに他ならなかったが、それを芽衣子は一目惚れをする前兆のように思っていた。


「転校生……?」
「そうらしいよ。職員室で見かけた友達が、凄く格好いい男子だったって言ってたわ。どこのクラスかな?」
「あ~、わかんない」


芽衣子は、そんな話題を提供されて、浮足立ったわけではないはずだ。でも、この時の会話のせいもあったのかも知れない。


(こんな時期に転校生か。珍しいな)


それか、運命的な恋を小説のようにするなら、こういうところから始まるものだと無意識に思ってしまったのかも知れない。


(小説だと、ここから始まるのよね。運命的な出会い)


もう既に素敵な人が、側にいてくれているのにそれでも、芽衣子は小説ならばもっと素敵な人が現れるものと思ってしまったのかも知れない。

女子が盛り上がっているのを耳にしているうちにふわふわした頭で演出が施されることになるとは思いもしなかった。

その転校生が、どのクラスに編入するのかを知らなかったはずが、芽衣子はまるで手に取るようにこのクラスにやって来るような気がしていた。


(変な感じ。こんな感覚、初めてだな)


もう一度言うが、それは朝に後頭部を思いっきりぶつけたことによるものだ。だが、この時の芽衣子はそんなことすっかり頭から抜けていた。

芽衣子は、廊下を歩いて来る気配を察しているかのようだった。いつもより耳に歩く音が響いているような気すらした。

すると芽衣子の景色が変わって見え始めたのを数年後になって、この時のことを昨日のことのようにはっきりと覚えているなんてことはなかった。ただ、違って見えていたことは覚えていたが、それが頭をぶつけたから起こったことだと思い出すこともなかった。

よくある恋愛映画やドラマのように全てがスローモーションのように芽衣子には見えた。クラスに入って来た彼に芽衣子は釘付けになった。入って来て教卓のところまで歩く横顔に芽衣子は胸の高鳴りがやまなかった。

彼は先生に促されて自己紹介をした時に正面をやっと向いた。左右対称の整った顔立ちをしていて、それだけで女子が色めき立った。


「諏訪透哉です」


その名前を芽衣子は、頭にインプットするかのように何度も反芻するように頭の中で繰り返した。ふわふわする思考の中で見惚れていた。他にも、自己紹介をしていたようだが、名前のことしか芽衣子は耳に入ってこなかった。


(諏訪透哉、諏訪、透哉)


クラスの芽衣子以外の女子が、格好いいと騒いでいる声も、芽衣子の耳には届いていなかった。

まるで、芽衣子は自分と透哉しかいないかのような錯覚に陥っていた。格好いいから見惚れていたのか。容姿に見とれていたのか。それとも、懐かしいものを感じていたから、そんな風に見えていただけなのか。一番ありそうなのは、頭をぶつけたことでぼーっとしていて、芽衣子は一目惚れしたと思っていたが、実際は脳震盪を起こしている状態だっただけで、恋をしたから世界がまるで違って見えていたわけではなくて、物理的に脳が誤作動を起こしているに他ならなかったことに本人が気づいていなかっただけだった。

でも、この時の芽衣子は恋を知って、そう見えているのだと思っていた。おめでたい頭をしていたのは、ぶつけたせいなのか。もとからなのかはわからないが。どちらもありそうだ。


「あー、じゃあ、浅見の横が空いてるから、そこに座ってくれ。浅見、手を上げてやれ」
「……」
「ちょっと、呼ばれてるわよ」
「へ?」


芽衣子は、間抜けな顔をしていた。きょろきょろとしていると担任と目があった。


「浅見、手を上げろ」
「あ、はい!」
「いや、両手は上げなくていい。片手で、十分だ」


担任は呆れながら訂正した。クラスメイトたちは両手を元気よく上げた芽衣子に笑っていた。芽衣子は、間抜けなことをしてしまったと思って顔を赤らめた。


(ううっ、恥ずかしい)


「諏訪、彼女の横だ。浅見、空いてる席の方を上げてやれ」
「あ、えっと、はい」


芽衣子は、言われるままにそうした。今日に限って、空いてる席と同じように真逆の席が空いていた。今日は休みのようだ。いや、月に何度か遅刻して来るから、休みではないかも知れないが、今はそんなことどうでもいい。

透哉は、芽衣子のやることなすことが面白かったのか。申し訳なさそうにしながら、笑っていた。

クラスメイトたちのように大笑いしてくれていない分、よかったと思えばいいのか。それとも、笑われていることに変わりないのだからと思うべきなのか。わからないが、誰に笑われようとも、諏訪に笑われていることが一番芽衣子の心に響いていた。


(わ、笑われた。初対面の人間に笑われることもたくさんあったけど、この人に笑われることになるなんて……)


「浅見さん、笑ってごめん。諏訪透哉。これから、よろしく」
「あ、うん。浅見芽衣子です。こちらこそ、よろしくです」
「浅見。もう、手を下げていいぞ」
「あ、はい。すみません」


担任の言葉にクラス中が、また笑い、芽衣子は小さくなるばかりだった。


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