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公爵家に生まれたシーグリッド・オングストレームは、ここ最近、何かと忙しくしていた。人生の転機を迎えるイベントがもうすぐあるため、その準備におわれていた。

それでも、睡眠時間だけは確保しようとしていた。寝不足な顔を曝すわけにはいかないからとその時間だけは気をつけていた。それは、母の助言が大きかった。いくら、ベールで誤魔化せるとは言え、せっかくの日を台無しにしかねないから気をつけるように言われたのだ。

母は、予期せぬアクシデントに巻き込まれて酷いクマとなってお化粧でも誤魔化せなかったようだ。その話を小さい頃から、シーグリッドはよく聞いていた。そのため、そこだけは確保できるようにしてきた。

そんなシーグリッドでも、従姉から届いたものをその日のうちに開けることにした。他の家族なら、どうせろくでもないことだろうとシーグリッドのことが終わってからでも中を確認すればいいと言いそうだが、シーグリッドはそんなことをする気はなかった。

それが結婚式の招待状だったこととその内容を目にして、シーグリッドは驚きの連続になるとは思いもしなかった。

大事な日までに睡眠不足になることは避けるはずが、避けきれなかったことになっても後悔することはなかった。

それこそ、忙しくしすぎて疲れが出たのか。とんでもない見間違いをしたと思うほど衝撃的だった。そう、見たことに後悔はしていないが、あり得ないと思ってしまったのだ。


「え……?」
「シーグリッド。どうした?」
「あの、お兄様。これって……」
「ん?」


シーグリッドの兄のクリフトフェル・オングストレームは、疲れが見え隠れする妹を心配していたが、困惑したような表情を浮かべていた。それを不思議に思いながらも、何が言いたいのだろうかと気になったのもあり、妹の手元を覗き込んで、クリフトフェルの方も驚いた顔をしたのはすぐだった。

そこに書かれていたのは、忘れもしない名前だった。そう、忘れられない名前だったが、従姉からの手紙に書かれて目にする日が来ようとは思いもしなかった。


「……お前の元婚約者の名前だな」
「やっぱり、そうですよね」


何度見返しても、シーグリッドは元婚約者の名前に見えたのは、間違いなかったようだ。つまり、疲れているせいではなかったわけだ。……疲れているせいなら、どんなによかったことか。ここに来て、あの子息の名前を見ると、何やら大変なことになりそうで嫌な予感がした。

そうなると更に疲れることになりそうだ。シーグリッドは、見なかったことにしておけばよかったかなとちょっと後悔し始めたが、従姉と結婚するのだと思うとそんなこと思っていられなかった。

兄も、妹と同じように首を傾げずにはいられなかったようだ。兄の方は、シーグリッドよりそこまで疲れてはいない。そのため、届いた招待状を隅から隅まで見て、ある事に気づいて眉を顰めた。

疲れていなければ、シーグリッドもすぐに気づいていたはずだ。クリフトフェルは、気遣うように妹を見ながら……。


「シーグリッド。そもそも、日付を見たか?」
「いえ、そちらはまだ見ていません。……え?」
「あと、2週間もないのに。よくもまぁ、この日を選んだものだな」
「……」


しかも、その招待状の日付はシーグリッドが結婚する日付と一緒だったのだ。兄が何を言いたいのかはよくわかった。

シーグリッドは、従姉のところに1か月以上前に招待状を出しているのだ。早々に欠席の知らせが来ていた。そう、従姉だけでなくて、従姉の両親もみんな欠席だったはずだ。

それにシーグリッドはショックを受けていた。家族みんなで欠席なのは、今のところ従姉のところだけだ。

そうなると従姉の両親も、こうなることがわかっていたということになるのだろうか?

何やら複雑な気持ちになり始めて、疲れすぎているシーグリッドは、頭痛がし始めそうだった。


「シーグリッドたちも見ていたか」


そこにシーグリッドたちの両親が現れた。いかにも機嫌が悪そうにしている両親は珍しかった。父の手には手紙が握られていた。


「お父様。これって……」
「欠席すると出しておく」


それは、そうだろう。シーグリッドの結婚式と被るのだ。出れるわけがない。それは、仕方がないことだ。


「シーグリッド。あなたは気にしなくていいわ。大体、あと2週間もないのに招待状を送って来るなんて、どうかしているのよ」
「ですが」


シーグリッドは、疲れている頭で気になってしまった。従姉のことだけではない。結婚相手のことだ。


「シーグリッド。2人に任せておけばいい。大体、お前の方が先に招待状を出しているんだ。その日に我が家から出席する人間がいると思っている方が、どうかしている」
「それにシーグリッドの元婚約者と結婚するのに招待状を出して来るのも、どうかしているわ」
「……」


両親も、兄も物凄く怒っていた。シーグリッドは、どうにも怒る気になれなかった。疲れきっているから、怒るのも面倒になっているのかというとそうでもなかった。従姉のやることなすことで、シーグリッドが腹を立てることはなかった。腹を立てるのは、いつもシーグリッドの周りが多かった。

そもそも、結婚式までにやらなければならないことがシーグリッドは目白押しなのだ。あちらも、そうだろう。

でも、そこに従姉の結婚式のことが浮上してくるとは思いもしなかったシーグリッドは、自分のことでも色々とスケジュールが埋まっているのだ。あちらも、あの子息と婚約したのならより一層大変だろうと思っていた。

それに元婚約者の名前を再び目にする機会があるとも思っていなかったシーグリッドは、色々と思い返していた。それに疲れてしまった。散々な目にあった当事者は、シーグリッドなのだ。

シーグリッドと婚約していたのは、かれこれ数年前のことになるだろうか。元婚約者の子息の名前はエーヴェルト・アーネル。

シーグリッドが彼と婚約した頃は、エーヴェルトはアーネル侯爵家の跡継ぎだった。でも、シーグリッドたちの婚約が破棄となってからは、跡継ぎから外されることになったはずだ。そのまま、見かけなくなったから勘当されたのかと思っていたが、どうやら彼は色んな国々に留学していたから見かけなかっただけのようだ。

そのまま、シーグリッドの従姉であるアルフリーダ・ベックストレームと意気投合したのか。婚約するまでになったのだろう。頭痛がし始めている頭で、シーグリッドはそんなことを考えていた。

従姉はシーグリッドの元婚約者だと知っているのに、シーグリッドと同じ日に結婚式をやろうとしているくらいだ。何かしら悪意があるのは目に見えている。

昔から、何かとアルフリーダはシーグリッドと張り合っていた。シーグリッドは、競い合っているつもりが欠片もないため、よくわかっていないが、シーグリッドの両親や兄は今回のことで、またなのかと思っているようだが、それもシーグリッドは気づいていなかった。

元婚約者と婚約していて、結婚することにびっくりはしながら、疲れている頭でシーグリッドが思ったことは……。


(あの子息と結婚するなんてお従姉様、大丈夫なのかしら? あの子息が変わったとは思えないけど)


シーグリッドは思わず従姉の心配をしていた。そうなりながら、疲れがピークに達しているようで、眠そうにしていた。


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