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第2章
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(フェリシアの前世の視点)
タキシードを着た男性が、眉を顰めていた。
「彼女がいなくなった……? 何を言っているんだ。控室で準備していると言っていたじゃないか」
「それが、支度を手伝っていた者が少し席を外した間にお姿が見えなくなってしまったようで」
「なら、どこかにいるはずだ。探せ」
忘れもしない。あれは待ちに待った僕らの結婚式の日のことだった。
前日も、彼女に会っていた。明日、彼女が自分の奥さんになるのだと思うと感慨深いものがあった。
ふと彼女は、遠くに耳をそばだてて首を傾げていた。
「……」
「どうした?」
「いえ、誰かに呼ばれた気がして」
「誰かが君を呼んていたか?」
僕には何も聞こえなかったが。彼女は、緩く頭を振った。
「最近、そんなことばかりなの。きっと、結婚式が近いから、そわそわしてしまっているのね」
「……」
数日前から、彼女がそんなことを言っていたのは確かだった。
冗談めかしに返事をしたらと言ったが、彼女は凄い勢いでできないと言った。
「そんなことできないわ。そんな恐ろしいこと、私にはできない」
「恐ろしい……?」
「そうよ。私は、あなたの側にいる。だから、絶対にどこにも行かない。あなたの側にいる」
その時の彼女は、まるで何が彼女を呼んでいるかを知っているように見えた。でも、僕の側にいるという言葉に強い意志を感じて嬉しくなってしまって、それ以上、彼女を追いかけることはしなかった。
なのに結婚式の日に彼女は控室から、忽然と姿を消した。
「どこにもいないだなんて、どういうことなの?」
「わからない」
「花嫁が消えるだなんて、おかしすぎる。事件にでも巻き込まれたのかも知らない。探してもらおう」
お互いの両親や招待してくれた親族も、友人も、色々と手を尽くしてくれたが、何の手がかりもないまま、彼女は自らの意思でいなくなったと言うことになってしまった。
そうでなければ、痕跡が残るはずだと言われてしまったのだ。つまりは、僕と結婚したくなくて逃げ出したと言うことになったのだ。
「そんなわけない!」
それを認めたくないというより、受け入れられなかった僕は、ずっと彼女を探し続けた。
みんな最初は、探すのを手伝ってくれていたが、1人2人と手伝ってくれなくなって、もう諦めろだの。意地になるなと言う者もいたが、僕はできなかった。
彼女がいなくなった途端、派手な女が色々と言う男友達の側にいたが、よく見てはいなかった。
ただ、女の趣味が悪くなったと思ったが、顔までは見ていなかった。香水の匂いがキツくて、持っているものは高級品だったが、似つかわしくない女だと思ってはいた。
「誰かに呼ばれている気がするの」
それに比べるのは変だが婚約者は、上品で笑顔が可愛らしいのに何もしていない時は美しかった。
ふと、そんなことを言っていたのを思い出して、必死になって調べたら、神隠しのように消えることがあることがわかった。
だが、消えた人たちは一人として戻ってきてはいなかった。
その神隠しに会わなかった者もいた。その人たちは、誰も返事をしなかったことで数日の間だけで、呼ぶ声は消えたとあった。
「彼女が返事をしたのか……?」
だが、そんなわけがないとすぐに思った。あれだけ警戒していたのだ。もしかすると知り合いと間違えて返事をしてしまったのかもしれない。
「戻れないのなら、僕が彼女のもとに行けばいい。彼女のいる世界なら、行き先が地獄だろうと構わない」
それこそ、一目彼女に会えるなら、たどり着いた瞬間に死んでも構わないとすら思っていた。
そんな覚悟のもとで、異世界にたどり着いた。
僕にとっては、かなりの年月が経っていた。でも、彼女はそんなに歳月が経ってはいなかったようだ。結婚式に消えた時のように美しい彼女が、そこにいた。
見つけられた喜びは凄かった。なのに彼女は、聖女としてこの世界を救ったとかで、公爵家の当主と結婚していると聞いて、頭の中が真っ白になったのも、すぐだった。
必死になって何十年と探し続け、たどり着いて安堵したのも束の間、彼女が人妻になっていたことにどれほどのショックを受けたかわからない。
それでも、聖女となった彼女に会いたくて、彼女の夫となった公爵とその話をしてしまったのがいけなかったのだ。
「妻は、やっと吹っ切れたんだ。戻れないとわかってね。だから、このまま消えてくれ」
「っ!?」
「大体、呼んでもいないのによく来れたものだ。それに今の君を見て、聖女が結婚したがるとも思えない。君と結婚しなくて正解だろうことは間違いない」
散々なまでに言われ、僕は聖女を呪い、この世界を呪いながら死んだ。
彼女が、どんな扱われ方をして、聖女となったのかも知らず、この世界を救ったのかも知らないまま、聖女として召喚されたことが許せなかった。
ただ、聖女に助けてもらわねば、助からない世界なんて、滅びて消えてなくなればいいという思いが、生まれ変わってもなお自分自身を蝕み続けることになるとは思いもしなかった。
それほどまでに許せなかったのだろう。裏切られた気持ちが強すぎて、彼女の話を聞きもせずにあんな男の言うことを鵜呑みにしてしまったことで、生まれ変わって世界を滅ぼしそうになっているのだ。
聖女となって、生まれ変わるなんて皮肉もいいところだ。
でも生まれ変わった彼女がいる世界を滅ぼすことなんてできない。
彼女がそこまでして助けた世界を滅ぼせるわけがない。
「僕は、何をしていたんだろうな」
君に会えただけでいいと思っていたのに。余計なことをした気がしてならない。
タキシードを着た男性が、眉を顰めていた。
「彼女がいなくなった……? 何を言っているんだ。控室で準備していると言っていたじゃないか」
「それが、支度を手伝っていた者が少し席を外した間にお姿が見えなくなってしまったようで」
「なら、どこかにいるはずだ。探せ」
忘れもしない。あれは待ちに待った僕らの結婚式の日のことだった。
前日も、彼女に会っていた。明日、彼女が自分の奥さんになるのだと思うと感慨深いものがあった。
ふと彼女は、遠くに耳をそばだてて首を傾げていた。
「……」
「どうした?」
「いえ、誰かに呼ばれた気がして」
「誰かが君を呼んていたか?」
僕には何も聞こえなかったが。彼女は、緩く頭を振った。
「最近、そんなことばかりなの。きっと、結婚式が近いから、そわそわしてしまっているのね」
「……」
数日前から、彼女がそんなことを言っていたのは確かだった。
冗談めかしに返事をしたらと言ったが、彼女は凄い勢いでできないと言った。
「そんなことできないわ。そんな恐ろしいこと、私にはできない」
「恐ろしい……?」
「そうよ。私は、あなたの側にいる。だから、絶対にどこにも行かない。あなたの側にいる」
その時の彼女は、まるで何が彼女を呼んでいるかを知っているように見えた。でも、僕の側にいるという言葉に強い意志を感じて嬉しくなってしまって、それ以上、彼女を追いかけることはしなかった。
なのに結婚式の日に彼女は控室から、忽然と姿を消した。
「どこにもいないだなんて、どういうことなの?」
「わからない」
「花嫁が消えるだなんて、おかしすぎる。事件にでも巻き込まれたのかも知らない。探してもらおう」
お互いの両親や招待してくれた親族も、友人も、色々と手を尽くしてくれたが、何の手がかりもないまま、彼女は自らの意思でいなくなったと言うことになってしまった。
そうでなければ、痕跡が残るはずだと言われてしまったのだ。つまりは、僕と結婚したくなくて逃げ出したと言うことになったのだ。
「そんなわけない!」
それを認めたくないというより、受け入れられなかった僕は、ずっと彼女を探し続けた。
みんな最初は、探すのを手伝ってくれていたが、1人2人と手伝ってくれなくなって、もう諦めろだの。意地になるなと言う者もいたが、僕はできなかった。
彼女がいなくなった途端、派手な女が色々と言う男友達の側にいたが、よく見てはいなかった。
ただ、女の趣味が悪くなったと思ったが、顔までは見ていなかった。香水の匂いがキツくて、持っているものは高級品だったが、似つかわしくない女だと思ってはいた。
「誰かに呼ばれている気がするの」
それに比べるのは変だが婚約者は、上品で笑顔が可愛らしいのに何もしていない時は美しかった。
ふと、そんなことを言っていたのを思い出して、必死になって調べたら、神隠しのように消えることがあることがわかった。
だが、消えた人たちは一人として戻ってきてはいなかった。
その神隠しに会わなかった者もいた。その人たちは、誰も返事をしなかったことで数日の間だけで、呼ぶ声は消えたとあった。
「彼女が返事をしたのか……?」
だが、そんなわけがないとすぐに思った。あれだけ警戒していたのだ。もしかすると知り合いと間違えて返事をしてしまったのかもしれない。
「戻れないのなら、僕が彼女のもとに行けばいい。彼女のいる世界なら、行き先が地獄だろうと構わない」
それこそ、一目彼女に会えるなら、たどり着いた瞬間に死んでも構わないとすら思っていた。
そんな覚悟のもとで、異世界にたどり着いた。
僕にとっては、かなりの年月が経っていた。でも、彼女はそんなに歳月が経ってはいなかったようだ。結婚式に消えた時のように美しい彼女が、そこにいた。
見つけられた喜びは凄かった。なのに彼女は、聖女としてこの世界を救ったとかで、公爵家の当主と結婚していると聞いて、頭の中が真っ白になったのも、すぐだった。
必死になって何十年と探し続け、たどり着いて安堵したのも束の間、彼女が人妻になっていたことにどれほどのショックを受けたかわからない。
それでも、聖女となった彼女に会いたくて、彼女の夫となった公爵とその話をしてしまったのがいけなかったのだ。
「妻は、やっと吹っ切れたんだ。戻れないとわかってね。だから、このまま消えてくれ」
「っ!?」
「大体、呼んでもいないのによく来れたものだ。それに今の君を見て、聖女が結婚したがるとも思えない。君と結婚しなくて正解だろうことは間違いない」
散々なまでに言われ、僕は聖女を呪い、この世界を呪いながら死んだ。
彼女が、どんな扱われ方をして、聖女となったのかも知らず、この世界を救ったのかも知らないまま、聖女として召喚されたことが許せなかった。
ただ、聖女に助けてもらわねば、助からない世界なんて、滅びて消えてなくなればいいという思いが、生まれ変わってもなお自分自身を蝕み続けることになるとは思いもしなかった。
それほどまでに許せなかったのだろう。裏切られた気持ちが強すぎて、彼女の話を聞きもせずにあんな男の言うことを鵜呑みにしてしまったことで、生まれ変わって世界を滅ぼしそうになっているのだ。
聖女となって、生まれ変わるなんて皮肉もいいところだ。
でも生まれ変わった彼女がいる世界を滅ぼすことなんてできない。
彼女がそこまでして助けた世界を滅ぼせるわけがない。
「僕は、何をしていたんだろうな」
君に会えただけでいいと思っていたのに。余計なことをした気がしてならない。
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