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第2章
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しおりを挟むアルセーヌは、すぐさまフェリシアの側に戻って、冷たい手を握った。まるで氷のようで、息をしているのを見ていなければ、ドキッとしてしまう体温しかなかった。
その手をアルセーヌは握りしめていた。それしか、アルセーヌには残っていないかのようにその手を握りしめていた。
「すまない。君をこのまま死なせるわけにはいかないんだ。自称聖女に全てを背負わせる。こんなになるまで、聖女をこの世界に来ないようにしようとしたんだよな。あの時の私たちのようにならないようにしてくれようとしただけなのに。私が、召喚されまいとしたのにそれができなかったから、こんなことを背負わせてしまってたんだよな」
アルセーヌは、眠り続ける幼なじみであり、前世でもう一度会いたいと願ってやまなかった最愛な人にそんなことを言いながら、その手を両手で包みこんだ。少しだけ暖かくなったが、まだ冷たさがあった。
「この世界まで、追いかけて来てくれていたのに気づかなくて、ごめん。追いかけて来なければ、殺されたりしなかったのに。恨みつらみを持って生まれ変わることもなければ、殺した男の子孫であり、前世の結ばれるはずだった子孫として、生まれ変わることもなければ、聖女になることもなかったのに」
「……」
「ごめんな」
アルセーヌは、懺悔し続けた。前世で、この世界に来た時に戻れないと知った時に一目でいいから会いたいと願ったのを覚えている。
だから、生まれ変わって、過去の記憶があったアルセーヌはフェリシアが、あの人ではないかと思っていた。
でも、フェリシアは何も覚えていなかった。いないながらも、聖女を嫌っていて、戻らずに聖女として生きることにした過去の自分を嫌っているのだと思っていた。
フェリシアが王太子と婚約した時も、それで幸せになるのならと喜んで見せた。
一目会えただけで、十分だと思うことにして、いたたまれなくなって養子になるべく、そこからアルセーヌは逃げ出したのだ。
それが、フェリシアが思い出した過去となる前世のことで真実を知ったアルセーヌは後悔してもしきれなかった。
フェリシアが生まれ変わる前にこの世界に追いかけて来てくれていたのだ。そしてアルセーヌの前世の夫となった男に殺されたことを知ったのも、フェリシアが覚えていたからだ。それを聞くまで、ただ追いかけて来てすれ違っただけだと思っていた。
だから、いたたまれなくなってデュドネから、フェリシアから離れたのだ。
全部アルセーヌが自分のためにしたことだった。
そのせいで、フェリシアは呪いに飲み込まれていた気がしてならなかった。
「フェリシア。君は何度、あの国を追われたんだ?」
「……」
アルセーヌは、一度や二度ではないと感じていた。
この世界の聖女の力が大したことがないように言われているのは、それを使いこなす精神力がなかったからだ。
前世で、いるべき世界に帰れないとわかり、絶望しながらも、救える命があるのだと思って力を使い続けたことで、強くなっていった。
フェリシアは聖女が嫌いなのだと知って愕然としたのを昨日のことのように覚えている。
二度と聖女が召喚されないように呪い、聖女そのものがいなくなるように呪い。聖女として生まれた自分自身を呪っていたのだ。
とんでもない皮肉な状況に追いやってしまったのは、自分だとアルセーヌは責めていた。
「フェリシア。今度こそ、一緒に生きよう」
「……」
フェリシアは、そんな悲痛な願いをアルセーヌが言葉にしている間、ずっと夢を見ていた。
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