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第1章

2一13

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不思議なことに聖女が召喚されたとデュドネで騒ぎになったことはなかった。そんなことがあったなら、デュドネであろうとも騒ぎになっていないはずがないのだが、その話題で大騒ぎになることはなかった。

フェリシアがデュドネにいる間は、そんなことがなかったのは確かだ。

そもそも、デュドネで召喚なんてことをするはずはないのだ。聖女を召喚なんて、そんな馬鹿なことを誰がしたのかと笑い飛ばすばかりで、信じる者なんていないはずだが、騒ぎが大きくなるより、デュドネでは違う反応をしたのだ。

フェリシアは、そんなことがあれば笑い飛ばすことはしなくとも、デュドネで召喚なんてことをわざわざしようとする者はいないと思っていた。それは、聖女を見たあとも見る前と変わらず、そう思っている。

そもそも、聖女なんておとぎ話だと思っている人たちしかいない国なのだ。そんなことをして、成功させられるはずもないのだ。

信じてすらいないところに召喚されて現れる聖女など、それこそ本物なのかと疑いたくなるのが普通ではなかろうか。

だが、おかしなことにある日、それは突然なんの前触れもなく、紛れ込んだのだ。聖女となった女性は当たり前のように学園にいた。に食わぬ顔をして、当たり前のようにそこに前からいたかのように平然と存在していた。


(誰かしら?)


フェリシアは、初めて見る生徒にそんなことを思っていた。確かに昨日までは、この学園にはいなかったはずだ。フェリシアの記憶力は誰もが認めるほど優秀だったが、どんなに思い出そうとしてもフェリシアの記憶にその生徒の顔と名前が一致することはなかった。

だから、フェリシアははじめ転校生だと思っていたが違うとわかったのは、いつもと違うことが起こったからだった。


「メーデイア。おはよう」
「殿下! おはようございます!」


(え?)


王太子が、フェリシアが見覚えがないと思った女性の名前を呼んで、当たり前のように普通に挨拶をしたのだ。

直ぐ側にフェリシアという婚約者がいたのにだ。フェリシアに最初に挨拶せずにその令嬢を呼び捨てにして親しげに笑い合う姿を目撃することになったフェリシアは、妙な胸騒ぎを覚えてしまった。


(私よりも、先に挨拶なさるほどの令嬢ってことよね……? 初めて会うと思うのだけど、一体、どこの令嬢なの? 従姉妹とか? でも、年の近い従姉妹の話なんて聞いたことはないし……)


王太子に対して無礼な態度を取るメーデイアにフェリシアは眉を顰めたくなったが、シプリアンの方はそれを全く気にしていなかった。それどころか。どんな無礼も許しているかのようにしている姿を見ることになり、フェリシアは奇妙なものを見ている気分だった。


(変ね。いつもなら、怒るところなのに。というか、私が側にいるのに随分と親しげにするのね。婚約者は、私なのに)


ムッとなったが、他の生徒もいるため、怒鳴ってメーデイアという令嬢を咎めることはしなかった。そのくらいしてもいいのだが、フェリシアはする気はなかった。余裕がなさすぎると周りに思われたくなかったのだ。


「ん? あぁ、フェリシアもいたのか。全然気づかなかった」
「……」


シプリアンは、フェリシアにそんなことを言ったことに何とも言えない顔をしてしまった。婚約者から、そんな風に扱われたことは初めてだったから、戸惑ってもいた。


(どうして……?)


だが、その時はフェリシアにいつものように王太子はフェリシアに挨拶をして、メーデイアという令嬢ではなくて、フェリシアが婚約者なのだからと授業も隣同士になって受けてはいたが、シプリアンの反対の席にはメーデイアが座っていた。


(こんな風になるなんて、どうなっているの??)


そこから、何かとシプリアンがメーデイアと話していることが増えていくことになり、日が経つにつれて次第にフェリシアの方が無視されるようになっていったのだ。

まるで、上書きされているかのように日毎にメーデイアという令嬢の方が、フェリシアよりも上へ上へと位置が代わっていくのだ。フェリシアとメーデイアが、次第に逆転していくかのようになっていくことをフェリシアは止める術を知らなかった。


(一体、どうなっているの?)


フェリシアは、シプリアンがその令嬢とばかり楽しげに過ごすようになっていくのを黙って見ているしかできなかった。

そのうち、もとに戻ると思っていたせいで真逆の結果になるとは思わなかった。

数日のうちにお邪魔虫の方が、フェリシアのようなポジションになっていく早さに気味の悪さを感じずにはいられなかった。

それは、王太子だけではなくて、フェリシアの周りのみんなが同じようにメーデイアという聖女をすんなりと受け入れたのだ。

聖女など、信じている者が一番いない国のはずが、まるで昔からどの国よりも崇拝して信じていたかのようになるまで、不気味なほど早かったことにフェリシアは恐ろしさを感じずにはいられなかった。


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