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第1章

2一10

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特に兄の言葉は酷かった。フェリシアのしていたことをパフォーマンスとして見ていたのだ。フェリシアにそんなつもりはなかった。あるわけがなかった。

でも、ドナシアンはそう思っていたのだ。そして、両親も同じように思っていたのだ。こんなにすぐ近くにそんなことを思っていた人たちがいたことにフェリシアは全く気づけていなかった。

それに腹が立って仕方がなかった。フェリシアと血の繋がっている人たちが、そんなことを平然と言うことに怒りがこみ上げてきた。


(怒ったら、駄目よ。アルセーヌが悲しむわ。誰かが仲違いするのも、アルセーヌは好きではないのよ。私が、家族とアルセーヌのことで口論したと知ったら、悲しませてしまう。穏便にやり過ごさなければ。聖女を馬鹿にしているのだもの。こんな風に誰かを馬鹿にするのは今に始まったことじゃない。それが、私にも同じように思っていただけのことじゃない)


フェリシアは、そう思ってやり過ごすことにした。腸が煮えくり返る思いをしながら、何でもない顔をし続けた。

それはすべてアルセーヌを悲しませるようなことをしたくない一心からだった。

そんなこと知らない家族は、その後も散々なまでにアルセーヌをこけおろし続けたが、フェリシアがそんな家族に怒り狂う姿を見せることはなかった。

部屋に戻って八つ当たりに余念がなかったのは言うまでもないが、物を壊すのもアルセーヌは嫌うため、枕をサウンドバック替わりに殴りつけるくらい、しかしなかったが。


(酷すぎるわ! あんなこと、どうして言えるのよ!! ……もしかして、アルセーヌはあの家でも同じように言われていたりしてないわよね?)


彼の弟や両親を思い出して、ゾッとしてしまった。それこそ、有り得そうなのだ。フェリシアの家族よりも、酷そうなくらいではないかと思えてならなかった。


(彼の叔父夫妻って、どんな人たちなのかしら? アルセーヌは、聖女を信仰しているからいい人たちだとしか教えてくれなかったけれど)


フェリシアは、偽善者呼ばわりされたことなどで怒ってはいなかった。すべてはアルセーヌを悪く言う家族を見ていることに腹が立ったが、自分のことを誤解する家族には冷めた気持ちしかなかった。

長期休暇になって、アルセーヌが容姿となって数年して、フェリシアに会いに公爵家に寄ってくれた。彼は、びっくりするくらい元気になっていた。

そして、お忍びでアルセーヌと一緒に来た人物は、隣国の第二王子だったようだ。


「彼の育ての両親と弟くんに会いたくてね。アルセーヌを見限ってくれたおかげで、私は彼と友人になれたんだから」
「……」
「殿下」
「っと、失礼。つい本音が。建前は、こっちの学園に通うか悩んでいてね。アルセーヌの弟くんが、優秀だって騒ぐから、アルセーヌに比べて大したことないって言ってやりたくてね」
「殿下!」
「本当のことだろ? フェリシア嬢、こいつと私は上位争いをしているんだ」
「え? それって、アルセーヌが学園に通っているんですか?」
「おや? 知らないのかい?」
「えぇ、存じませんでした」
「あ、いや、その……」


どうやら、本当にこの国が彼には合わなかったようだ。

そして、アルセーヌの実の両親と弟は、王子が嫌味を炸裂させたらしく、本当に優秀な方は兄の方だったと思わせるのも、すぐだった。

どうにかして養子を撤回させようとしていたようだが、今でもアルセーヌの養父母たちはとりあうことはなかった。

あの王子も、騒がせるだけ騒がせて留学してくることはなかった。


(本当にアルセーヌの実家に喧嘩を売りに来ただけみたいね)


フェリシアの家族も、散々なまでに馬鹿にしていたのに手のひらを返すようにアルセーヌへの評価を変えたのにフェリシアは呆れるしかなかった。


(ここまで、わかりやすい手のひら返しはないわよね。……全く、来るなら来るって連絡してくれたらいいのに、でも、アルセーヌの弟やおじ様たちがアルセーヌのことを色々言っていたのにも、腹が立っていたのよね。これで、静かになってくれそうね。それにしても、びっくりするほど元気になっていて、別人みたいだわ。……そんなにこの国が合わなかったってことになるのかしら? そこまで我慢して、どうしてここにいたんだろ?)


ふとフェリシアは、そんなことを思った。時折、フェリシアに訪れる胸騒ぎの正体を既に知っているような気がしたが、それを詳しく聞くことはなかった。


(そんなわけないわ。何でもかんでも、都合よく考えたら駄目よね。アルセーヌは、あちらで元気に過ごせているんだもの。あとは、私がこっちで幸せになるだけのことだわ)


そう思って、胸騒ぎに無理やり蓋をした。


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