17 / 57
第1章
1一10
しおりを挟む彼が、デュドネからいなくなって、酷く懐かしく思えてならなかった。
(アルセーヌに会いたいな。具合いが悪くなっていないかな?)
思い出すたび、フェリシアは彼が苦しんでいても良くなることを祈っていた。益々元気になることをイメージして、祈っていた。
聖女など信じていないし、嫌ってすらいるというのに。幼なじみにだけは、祈ることをやめられなかった。やめる気もなかった。フェリシアにとっての特別は、幼なじみが大きいままだった。
(この世界で唯一、聖女をどの国よりも信じていないことが、私は嬉しくて居心地いいと思っていたはずなのに。アルセーヌがいなくなった途端、こんな風に祈らずにいられなくなるなんて変な感じだわ。他の国に生まれなくて良かったと思えてならなかったはずなのに。聖女が気になり始めてる。……何で今更気になり始めたんだか)
他の令嬢たちより、多くのことを勉強する必要があったフェリシアは、知識が増えれば増えるほど、アルセーヌが行った国が聖女をこの世界で一番信じているところだということを知ることになった。
そこにいる方がアルセーヌにはいいことだと思いつつ、自分もそこに行きたいかというとフェリシアは、前ほど嫌だと思えなくなっていた。複雑な気分が増すばかりになっていたが、それを振り切るように婚約者のために必死になることに集中することに躍起になっていた。
努力を惜しまずに頑張ろうと思うようになった最初は、婚約者のためではなかったかもしれない。ただ、現実を受け止めきれずに逃げていたのかもしれない。
それが、聖女が突然現れて、またもフェリシアの居場所を何の努力も躊躇いもなく奪っていった。
心から信じていた婚約者も、当たり前のように聖女の方を信じ切って、フェリシアを悪女で嘘つきだと罵って、婚約が破棄されることになり、国からも追放されるまで、あっという間のことだった。
誰も彼もがフェリシアを悪者として、最初から聖女のことを信じていたかのようにしているのを見て、どす黒い感情が止められなくなっていた。
その一方で、幼なじみのところに行きたいとも思ってもいた。
(幼なじみに会いたい)
真っ黒なものに飲み込まれようとしながら、フェリシアが最後に思い出したのは、アルセーヌの笑顔だった。
(アルセーヌ。私も、そっちに行きたい)
もう、聖女を憎む気持ちに飲み込まれるのが嫌だと思っていた。呪いの言葉を吐き続けるよりも、幼なじみの笑顔を見ながら、夢に描いたような未来のようになりたいとフェリシアは思って涙した。
それでも、どす黒い感情にフェリシアは飲み込まれてしまった。
でも、フェリシアが流した涙が落ちた跡が消えることはなかった。
37
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。



【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる