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第1章

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フェリシアは、他国に行ったことは一度としてなかったが、それは生まれたデュドネのことを心から誇りに思っていて他所になんて行く気がなかったからというわけではなかった。

誇れるなんてところは、お世辞にも即答できるものはフェリシアには思いつかなかった。それでも、フェリシアには好きなところがあった。

その好きなところも、だいぶ偏ってはいたがないよりは、マシだったはずだ。他の国のように聖女を祀り立てていないところが、フェリシアは気に入っていた。他の国は聖女の存在を全否定せずに信じているのだ。大なり小なりでも、信じていた。


(聖女なんて、いないのに。そんなの夢幻。おとぎ話にすぎないというのに馬鹿みたい。そんな者を信じているなんて)


フェリシアは、聖女が嫌いだった。聖女というものが、どんな存在なのかを知りもしないうちから、その単語に気分を悪くするほどの嫌悪感を抱いてしまうほど、毛嫌いしていた。

会ったこともないのにまるで昔からの知り合いのように聖女という存在が許せないほどだった。

なぜ、そんなにも嫌うのかが、フェリシアにもわからなかった。ただ、そう思わずにはいられなかったのだ。

それは、フェリシアが聖女の子孫だと言われていたからかも知れない。デュドネではとっくの昔から信じてすらいない聖女の子孫だとされていて、フェリシアはそれを周りで囁かれては、他に非の打ち所のないフェリシアを血筋だけで、何かと馬鹿にされるたび、こんなことを思った。


(聖女なんていないのに。そんな存在のせいで、私まで馬鹿にされるなんて、それだけでも許せない。聖女なんて、この世に存在しなきゃいいのよ)


そんな風に思ってしまっていた。そんなことを声に出したら大変なことになるため、言葉にわざわざしたことはない。ただ、みんなも同じで、この国の誰もが聖女を信じていないことが、フェリシアはなぜか物凄く嬉しく思えてならなかった。

でも、幼なじみのアルセーヌは聖女を信じているとフェリシアに真剣な目をして言ったのだ。


「アルセーヌ」
「僕は、信じてる。聖女のおかげで今が平和なんだ」
「違う。聖女は……」
「フェリシア。君に何を言われても、僕は聖女を悪く言う気はないよ。それとこの話はやめよう。お互いが、お互いの思う道を歩めばいいんだから」
「……」


彼は、フェリシアにそんなことを言った。ただ、まっすぐに自分は何があろうと聖女を信じ続けることをやめないと言い続けるばかりだった。

そのうち、フェリシアに自分に会う時だけは、心の中でだろうとも、聖女を悪く思わないでくれと言い、それだけを約束させた。約束も、願い事も、幼なじみにされたのは、それだけだった。

そんなアルセーヌが隣国に行ってしまってからは、ずっとフェリシアの中で聖女に対して憎しみが増すばかりとなっていくのを止められなかったのは、アルセーヌが側にいないからだった。

聖女のことを信じている者が殆どいない国にフェリシアは生まれて良かったと思えてならなかった。聖女を信仰しろ。祀り上げて讃えろと言われても、そんな国からは逃げ出すことしか考えていなかっただろう。

更にアルセーヌが、フェリシアの気持ちを変えさせることに必死になっていたら、見舞いにも行かなくなっていただろう。

でも、彼はフェリシアが見舞いに行くと笑顔を見せてくれた。どんなに辛く苦しそうにしていても、フェリシアを見ただけで、そんなことどうでもいいかのように笑う彼を見て、ただ元気になってほしいとフェリシアは願ってやまなかった。

そのうち、医者の薬すら効かなくとも、フェリシアが側にいるだけで状態がよくなった。

ただ、彼が良くなることを祈っていただけなのに彼は、それをわかっているかのようににこにことフェリシアを見ては笑っていた。


「フェリシア。ありがとう。君が側にいてくれると具合いが悪いのも、どこかにいってしまうよ」
「薬が効いただけよ」
「そうだね。僕にとっての薬は、フェリシアだよ」
「……」


そんな風に冗談ばかりを言っていた。フェリシアは、そんな会話が懐かしく思え始めていた。


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