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第1章

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ある程度、成長してからは、フェリシアを知っている者も、よく知らずに名前だけは知っている者であろうとも、アルマニャック家の令嬢は容姿がとてもよく、全てにおいて恵まれているということが知れ渡っていた。

フェリシアが、それを自慢して歩いたから広まったものではない。そんなことを彼女は一度としてしたことはない。

彼女の両親や兄がしたとしても、フェリシアは自分のことを自慢して回るような令嬢では決してなかった。

最初の頃は噂にすぎないと思って馬鹿にしていた者たちも、実際の彼女を目のあたりにすると嫌味の一つも、フェリシアに直接言うことはできなかった。それほどまでに非の打ち所のない完璧な令嬢として成長したのが、フェリシアだった。


「あれが、フェリシア様……?」
「そうよ。今日も、お美しいわ」
「……」
「どうかした?」
「いいえ。本当にお美しいわね」


見てからは何も言わなくなるほどで、逆に容姿のことをあれやこれやと馬鹿にし続けるのを他で聞くとそれまでと打って変わって、影で馬鹿にするようにまでなった。それを馬鹿にできるほど、優れていると思っているのかと逆にあざ笑う側にコロッと代わったのだ。

そのため、美しく成長したフェリシアのことをいつしか悪く言う者はいなくなっていくのも早かった。悪く言えば言うほどに言っている側が馬鹿にされるのだ。ならばと馬鹿にされまいとした者たちが、フェリシアのことを褒めちぎったりする者ばかりとなったのだ。

そんな輩が彼女の周りに多くいるようになっていた。それが本心からなのか。はたまた、フェリシアと友達だと何かと都合がいいからなのかはわからないが、将来は益々美しくなることをたくさんの人たちに期待されている令嬢となっていた。

その容姿と公爵家の令嬢という身分から、幼い頃に決められた婚約にも何の申し分もない相手が選ばれることになった。

婚約者が決まってからは、フェリシアを悪く言い続けると本人のみならず、家も大変なことになると思って、フェリシアを悪く言うのをやめた者もいたようだ。そういう人たちは、フェリシアと昔からの友達のように馴れ馴れしくしてきて、逆にフェリシアはわかりやすいと思って苦笑していた。

突然、馴れ馴れしくされても、フェリシアの態度が変わることはなかった。


(人ってこうもあからさまに態度が変わる生き物なのね。もっと上手く隠せばいいのに。それができないなら、一層のことやらなきゃいいのに)


だからといって、フェリシアがそういう人たちと仲良くする気はなかった。

ある一定の距離感を崩すことなく過ごしていた。それに時折、息がつまりそうになったが、政略結婚だとしても婚約者同士の両者の関係は良好で、お互いが思い合うまでになるのもすぐのことだった。そんな相手と婚約できたからこそ、フェリシアは自分の将来に絶望することはなかった。

でも、そうなるまでの間でも幼なじみの存在があったことが大きかった。全てにおいて、消化不良気味になることはなかったが、不満が全部消えたわけではなかった。


「怖い顔をしているね。また、何か言われるのを耳にしたの?」
「……大したことではないわ」


彼は、フェリシアが聖女をこの世の中で何より嫌っていることを良く知っていた。聖女と耳にするだけでも、見目麗しい顔を歪めるほどだった。隠しきれない嫌悪感がフェリシアにはあった。

それを知っていたアルセーヌは、ある日、フェリシアにこんなことを言ってきた。


「フェリシア。お願いだ。聖女のことを僕の側にいる時だけは、悪く思わないでほしい」
「アルセーヌ」
「僕は、聖女を信じているんだ」
「っ、!?」


信じていると聞いただけで、フェリシアはアルセーヌを信じられない顔をしていた。そんな顔を幼なじみに見せたことはなかったが、心底嫌っている顔だった。

逆に幼なじみも、懇願してきたことは、それまでなかった。明日も、明後日も、自分のところに遊びに来てくれと言ったことも、彼はなかった。

その時だけだった。もう、しないでくれとはっきりと言ったのは、後にも先にも、この時だけだった。


「君に同じように信じろとは言わない。憎むなとも言わない。嫌うなとも言わない。だけど、僕の側にいる時だけは、心の中でも思わないで」
「……それを約束できないと言ったら?」
「もう、会いに来ないで」
「そこまでなの?」
「そうだよ。僕は、信じてる」
「……」


フェリシアは、病弱な幼なじみの奇妙な願いに頷いた。爆発して暴れ出しそうな感情がフェリシアの中にあったが、それをフェリシアはアルセーヌに言われた通りに心中でも思わないようにしたのは、すぐだった。


「わかったわ。あなたの側にいる時だけは、忘れることにする」
「ありがとう。フェリシア」
「何、それ。何のお礼なの?」


アルセーヌは、ただ嬉しそうに笑っているだけだった。

フェリシアは、彼の笑顔が好きだった。どんなに荒んだ気持ちになっても、呼吸が辛そうにしていても、アルセーヌはフェリシアを見ると笑顔を見せるのだ。


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