13 / 57
第1章
1一6
しおりを挟むある程度、成長してからは、フェリシアを知っている者も、よく知らずに名前だけは知っている者であろうとも、アルマニャック家の令嬢は容姿がとてもよく、全てにおいて恵まれているということが知れ渡っていた。
フェリシアが、それを自慢して歩いたから広まったものではない。そんなことを彼女は一度としてしたことはない。
彼女の両親や兄がしたとしても、フェリシアは自分のことを自慢して回るような令嬢では決してなかった。
最初の頃は噂にすぎないと思って馬鹿にしていた者たちも、実際の彼女を目のあたりにすると嫌味の一つも、フェリシアに直接言うことはできなかった。それほどまでに非の打ち所のない完璧な令嬢として成長したのが、フェリシアだった。
「あれが、フェリシア様……?」
「そうよ。今日も、お美しいわ」
「……」
「どうかした?」
「いいえ。本当にお美しいわね」
見てからは何も言わなくなるほどで、逆に容姿のことをあれやこれやと馬鹿にし続けるのを他で聞くとそれまでと打って変わって、影で馬鹿にするようにまでなった。それを馬鹿にできるほど、優れていると思っているのかと逆にあざ笑う側にコロッと代わったのだ。
そのため、美しく成長したフェリシアのことをいつしか悪く言う者はいなくなっていくのも早かった。悪く言えば言うほどに言っている側が馬鹿にされるのだ。ならばと馬鹿にされまいとした者たちが、フェリシアのことを褒めちぎったりする者ばかりとなったのだ。
そんな輩が彼女の周りに多くいるようになっていた。それが本心からなのか。はたまた、フェリシアと友達だと何かと都合がいいからなのかはわからないが、将来は益々美しくなることをたくさんの人たちに期待されている令嬢となっていた。
その容姿と公爵家の令嬢という身分から、幼い頃に決められた婚約にも何の申し分もない相手が選ばれることになった。
婚約者が決まってからは、フェリシアを悪く言い続けると本人のみならず、家も大変なことになると思って、フェリシアを悪く言うのをやめた者もいたようだ。そういう人たちは、フェリシアと昔からの友達のように馴れ馴れしくしてきて、逆にフェリシアはわかりやすいと思って苦笑していた。
突然、馴れ馴れしくされても、フェリシアの態度が変わることはなかった。
(人ってこうもあからさまに態度が変わる生き物なのね。もっと上手く隠せばいいのに。それができないなら、一層のことやらなきゃいいのに)
だからといって、フェリシアがそういう人たちと仲良くする気はなかった。
ある一定の距離感を崩すことなく過ごしていた。それに時折、息がつまりそうになったが、政略結婚だとしても婚約者同士の両者の関係は良好で、お互いが思い合うまでになるのもすぐのことだった。そんな相手と婚約できたからこそ、フェリシアは自分の将来に絶望することはなかった。
でも、そうなるまでの間でも幼なじみの存在があったことが大きかった。全てにおいて、消化不良気味になることはなかったが、不満が全部消えたわけではなかった。
「怖い顔をしているね。また、何か言われるのを耳にしたの?」
「……大したことではないわ」
彼は、フェリシアが聖女をこの世の中で何より嫌っていることを良く知っていた。聖女と耳にするだけでも、見目麗しい顔を歪めるほどだった。隠しきれない嫌悪感がフェリシアにはあった。
それを知っていたアルセーヌは、ある日、フェリシアにこんなことを言ってきた。
「フェリシア。お願いだ。聖女のことを僕の側にいる時だけは、悪く思わないでほしい」
「アルセーヌ」
「僕は、聖女を信じているんだ」
「っ、!?」
信じていると聞いただけで、フェリシアはアルセーヌを信じられない顔をしていた。そんな顔を幼なじみに見せたことはなかったが、心底嫌っている顔だった。
逆に幼なじみも、懇願してきたことは、それまでなかった。明日も、明後日も、自分のところに遊びに来てくれと言ったことも、彼はなかった。
その時だけだった。もう、しないでくれとはっきりと言ったのは、後にも先にも、この時だけだった。
「君に同じように信じろとは言わない。憎むなとも言わない。嫌うなとも言わない。だけど、僕の側にいる時だけは、心の中でも思わないで」
「……それを約束できないと言ったら?」
「もう、会いに来ないで」
「そこまでなの?」
「そうだよ。僕は、信じてる」
「……」
フェリシアは、病弱な幼なじみの奇妙な願いに頷いた。爆発して暴れ出しそうな感情がフェリシアの中にあったが、それをフェリシアはアルセーヌに言われた通りに心中でも思わないようにしたのは、すぐだった。
「わかったわ。あなたの側にいる時だけは、忘れることにする」
「ありがとう。フェリシア」
「何、それ。何のお礼なの?」
アルセーヌは、ただ嬉しそうに笑っているだけだった。
フェリシアは、彼の笑顔が好きだった。どんなに荒んだ気持ちになっても、呼吸が辛そうにしていても、アルセーヌはフェリシアを見ると笑顔を見せるのだ。
56
お気に入りに追加
300
あなたにおすすめの小説
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
【完結】私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。
婚約破棄が私を笑顔にした
夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」
学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。
そこに聖女であるアメリアがやってくる。
フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。
彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。
短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる