上 下
3 / 57
第1章

しおりを挟む

成長するにつれて、いつの間にかフェリシアはお淑やかな完璧な令嬢として当たり前となってしまっていた。そのトップが、ぶっちぎりでフェリシアだと思われていた。

洗練されていて、無駄な動きがまるでない完璧な令嬢が、やんちゃでお転婆な時代があったようには全く見えなかった。

昔を全く知らない新しく入って来たメイドたちは、流石だとフェリシアを見ていて羨んでいた。


「昔はいないものみたいにされていたみたいだけど、きっと周りに嫉妬されていたのね」
「今でこそ、あんなに美人なんだもの。幼い頃は、可愛らしかったに違いないわ」
「社交界にある程度の年齢になるまで出席させなかったのも無理ないわよね」


若いメイドや同年代の令嬢たちは、そんなようなことを言っていた。

でも、昔をよく知る者は、何とも言えない顔をして公爵家の古くから仕えているメイドたちは、それを否定も肯定もしなかった。

令嬢には、フェリシアのことをよく知る者はいなかったので、下手な噂が流れることはなかった。

そんな風に羨まれていたフェリシアは、何もかも恵まれている状況に不満を持っていた。幸せな人生を歩むために地位や名誉は不要に思えてすらいた。恵まれすぎていることに怖いとすら感じていた。


(わたしは、きぞくなんかに生まれたくなかったわ。何も持たないしょみんでよかった)


なぜ、そんな風に思うのかが、フェリシアにはわからなかったが、とにかく何も持っていないことに変な憧れのようなものが、フェリシアの中には常にあった。

上手く説明できないが、そんな気持ちがいつもフェリシアの中にあった。それを誰かに教えられたことはなかった。

幼なじみにすら、そんなことを話したことはなかった。周りからしたら何とも贅沢な悩みだったろうが、フェリシアは本気で悩んでいた時期があった。


(なんでもそろってるここにいるのは、きがへんになりそう)


そんなことを思っていたからこそ、ありあまる元気を爆発させるようにしていたが、幼なじみとなる子息と出会ってからは少しずつ落ち着いていって、そんなことを思っていたことすら忘れるのも、すぐだった。

公爵家の中で、じっとしていると何もかもぶち壊したくなる時があった。父が機嫌の良さそうな顔をしているのを見るとイライラしてならない時もあった。

だから、父の機嫌が良くない時の方がずっと良かったが、他はフェリシアのようには思っていなかったようだが、フェリシアには父が嬉しそうにしているのすら見ているのが嫌で仕方がなかった。


(なんで、とうさまが、にこにこしたいるのをみるとはらがたつんだろ?)


幼い頃のフェリシアは、そんなことを思う自分がよくわからなかった。ふとそんなことを思ったことがあったが、その理由がわかるまでだいぶかかった。

理由がわかる頃には、幼い頃にそんなことを思っていたことも、綺麗さっぱりと忘れていて理由がわかったことに喜ぶこともなかった。

まぁ、それなりに成長するまで、そんなことは数えるのも馬鹿らしいほどフェリシアは、よく思っていた。

特に成長して父に似始めた兄を見ても、同じようににこにことしたり、楽しげにするのを見ると腹が立って仕方がなかった時期もあった。

そのうちフェリシアは、そんな2人のことを無視することで、自分を落ち着ける術を身に着けた。そうできない時もあったが、父や兄に何かする気はなかった。


(いつか、痛み目にあえばいい)


そう思うことをやめることはなかったが、そんなことを思っていることに気づく者はいなかった。

フェリシアの幼なじみだから、知りもしなかったはずだ。フェリシアが家族と一緒にいるのを幼なじみが見たことなかったことも大きかったはずだ。

一緒のところを見ていれば、幼なじみだけは気づいたかも知れないが、そうはならなかったこととそのうち本人も父親と兄に対して、いないもののようにしていることでやり過ごせていることに違和感を覚えることもなかった。


(血の繋がりがあるから駄目なのよ。赤の他人だと思えばいい)


そのうち、フェリシアは誰もが羨むような相手と婚約することになったことも大きく影響していた。婚約の時もフェリシアは最初、こんなことを思った。


(誰もが憧れ羨むような相手だろうとも、期待しすぎたら絶対に駄目よね。見た目がよくても、中身が残念だったり、その逆だってあり得るもの。それか、浮気性だったりするかも知れない。とにかく、何もかも完璧で地位も名声も、全てを持ち合わせた素敵な男性なんて、この世にいるわけがない。いいところとわかった残念なところを天秤にかけて、いつかは残念だと思うところに傾くに決まってる)


フェリシアは、内心でそんなことを思っていた。きっと、見た目がどんなによくてもこんな風に周りを常に見ていて、婚約した相手のことまで色眼鏡で見ていたのだ。

こんなことを思っていたのだ。残念な人間と婚約したとしても。それはお互い様でしかないことにフェリシアは、全く気づいていなかったが、期待をするなんてことをフェリシアはそもそもするのを諦めているところがあった。

でも、それが誤解だとわかったのは、結構すぐのことだった。婚約者が、物凄くいい人だったのだ。そんな婚約者にフェリシアが絆されることになったのも、すぐのことでお互いが思いあうようになって、仲睦まじい姿を色んなところで良く目撃されるまでに大した時間は必要なかった。

そう、何度も言うが、とんでもなく冷めた目で世の中を見ていたフェリシアが、短期間でそう思うような人だったかというと彼がではなくて、フェリシアの見る目が劇的に変わったことが大きかった。それほどまでにフェリシアは、短期間で考え直すことが起こっていた。

そうしたことだ、婚約者が物凄くいい人に見えてならなかったのだ。


(……こんなに素敵な男性が世の中にはいるのね。前まで、どうして、あんな風に見た目がいいと中身がいまいちに違いないなんて思ってしまっていたのかしらね。酷い偏見を持っていたものだわ。そもそも、そんなことを思っている時点で、私の方も、見た目がよくても中身が最低最悪だったことを物語っていたのよね。でも、こんな酷い性格が周りに知れ渡る前で良かったわ。特に婚約者にバレる前に気づけて良かった。あとは、性格を直すか。駄目な時は、ひた隠しにするだけね)


フェリシアは婚約者の良さに感化されて、大反省することになった。

それほどまでに素敵な人と婚約したこともあり、この人のためにもっと頑張らなくてはと思うようにもなった。

これまで以上に必死になって毎日ひたすら頑張ることにしたのは、特に性格を直せるものなら、直そうとした。

それほどまで婚約者にフェリシアは惚れに惚れたのだ。一生を婚約者のために捧げると覚悟までした。そのためにどんな努力も惜しむことはないとすら思っていた。そんな努力を休むことはなかった。

性格は頑張ったが、どうやら手遅れだったようだ。


(これは、直しようがないから、諦めよう。その分、もっと努力して、隣に立ち続けるに相応しい者になろう)


性格についての諦めは、フェリシアらしく物凄く早かった。どんなに頑張っても、そこだけができる自信が持てなかったのも大きかった。

そのため、フェリシアは別の努力を惜しむことは決してしなかった。

それから、ついこの間まで最低最悪だったフェリシアは、回心して相思相愛の婚約者と同じ未来を思い描いていた。性格の修正を諦めて早くも数年が過ぎていた。

身をこらして頑張っていた。その先には幸せいっぱいの未来が待っていると信じて欠片も疑ってはいなかった。

それなのにたった数週間の間に誰もが羨むような生活が一変することになるとはフェリシア本人も思いもしなかった。

彼女が寝る間も惜しんで数年。その間、弛まぬ努力をしてきたというのに数週間で、それがガラガラと崩れ落ちて跡形もなくなって、意味をなさないものへと変わるとは思ってもいなかった。


(どうして、こんなことになったの? よりにもよって、私がこれまでもっとも嫌う存在をやっと認められるまでになれたのに。その全てが、間違いだったの? こんな仕打ちをされなきゃならないの? どうして、みんなはこの状況をおかしいとすら思わないの!? たった数週間しか経っていないのに)


大声で、心の内を叫んで問いただしたかったが、そんなこと叫んだところでフェリシアの問いに答えてくれる人など、この時にはフェリシアの周りには誰一人としていなくなっていた。

いや、もとからいたかも怪しいが。何か言われる前に気を利かせて視界に映る者まで気を配られていたのだ。

それが、全くなされなくなっていたのにも気づく余裕が、この時のフェリシアにはなかった。


(どうして、こんなことになってしまったの? 私の何がいけなかったの? あんなに頑張ってきたのに)


泣き出しそうになるフェリシアは、ここ数週間のことをあれこれと考えていた。

フェリシアは、これまでの人生で泣き出しそうになったことなど一度もなかった。性格の悪さで、大反省をしても涙なんて流れはしなかった。

手に入らずに泣いたこともなければ、誰かに取られて悔しいと思った経験もなかった。

そうはならなかったはずだった。初めて抱く感情のはずなのにフェリシアは、どこかで“またか”と思う部分もあったが、そのことに余裕がなさすぎて気づくことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」 学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。 そこに聖女であるアメリアがやってくる。 フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。 彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。 短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。

【完結】私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...