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第1章
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しおりを挟む成長するにつれて、いつの間にかフェリシアはお淑やかな完璧な令嬢として当たり前となってしまっていた。そのトップが、ぶっちぎりでフェリシアだと思われていた。
洗練されていて、無駄な動きがまるでない完璧な令嬢が、やんちゃでお転婆な時代があったようには全く見えなかった。
昔を全く知らない新しく入って来たメイドたちは、流石だとフェリシアを見ていて羨んでいた。
「昔はいないものみたいにされていたみたいだけど、きっと周りに嫉妬されていたのね」
「今でこそ、あんなに美人なんだもの。幼い頃は、可愛らしかったに違いないわ」
「社交界にある程度の年齢になるまで出席させなかったのも無理ないわよね」
若いメイドや同年代の令嬢たちは、そんなようなことを言っていた。
でも、昔をよく知る者は、何とも言えない顔をして公爵家の古くから仕えているメイドたちは、それを否定も肯定もしなかった。
令嬢には、フェリシアのことをよく知る者はいなかったので、下手な噂が流れることはなかった。
そんな風に羨まれていたフェリシアは、何もかも恵まれている状況に不満を持っていた。幸せな人生を歩むために地位や名誉は不要に思えてすらいた。恵まれすぎていることに怖いとすら感じていた。
(わたしは、きぞくなんかに生まれたくなかったわ。何も持たないしょみんでよかった)
なぜ、そんな風に思うのかが、フェリシアにはわからなかったが、とにかく何も持っていないことに変な憧れのようなものが、フェリシアの中には常にあった。
上手く説明できないが、そんな気持ちがいつもフェリシアの中にあった。それを誰かに教えられたことはなかった。
幼なじみにすら、そんなことを話したことはなかった。周りからしたら何とも贅沢な悩みだったろうが、フェリシアは本気で悩んでいた時期があった。
(なんでもそろってるここにいるのは、きがへんになりそう)
そんなことを思っていたからこそ、ありあまる元気を爆発させるようにしていたが、幼なじみとなる子息と出会ってからは少しずつ落ち着いていって、そんなことを思っていたことすら忘れるのも、すぐだった。
公爵家の中で、じっとしていると何もかもぶち壊したくなる時があった。父が機嫌の良さそうな顔をしているのを見るとイライラしてならない時もあった。
だから、父の機嫌が良くない時の方がずっと良かったが、他はフェリシアのようには思っていなかったようだが、フェリシアには父が嬉しそうにしているのすら見ているのが嫌で仕方がなかった。
(なんで、とうさまが、にこにこしたいるのをみるとはらがたつんだろ?)
幼い頃のフェリシアは、そんなことを思う自分がよくわからなかった。ふとそんなことを思ったことがあったが、その理由がわかるまでだいぶかかった。
理由がわかる頃には、幼い頃にそんなことを思っていたことも、綺麗さっぱりと忘れていて理由がわかったことに喜ぶこともなかった。
まぁ、それなりに成長するまで、そんなことは数えるのも馬鹿らしいほどフェリシアは、よく思っていた。
特に成長して父に似始めた兄を見ても、同じようににこにことしたり、楽しげにするのを見ると腹が立って仕方がなかった時期もあった。
そのうちフェリシアは、そんな2人のことを無視することで、自分を落ち着ける術を身に着けた。そうできない時もあったが、父や兄に何かする気はなかった。
(いつか、痛み目にあえばいい)
そう思うことをやめることはなかったが、そんなことを思っていることに気づく者はいなかった。
フェリシアの幼なじみだから、知りもしなかったはずだ。フェリシアが家族と一緒にいるのを幼なじみが見たことなかったことも大きかったはずだ。
一緒のところを見ていれば、幼なじみだけは気づいたかも知れないが、そうはならなかったこととそのうち本人も父親と兄に対して、いないもののようにしていることでやり過ごせていることに違和感を覚えることもなかった。
(血の繋がりがあるから駄目なのよ。赤の他人だと思えばいい)
そのうち、フェリシアは誰もが羨むような相手と婚約することになったことも大きく影響していた。婚約の時もフェリシアは最初、こんなことを思った。
(誰もが憧れ羨むような相手だろうとも、期待しすぎたら絶対に駄目よね。見た目がよくても、中身が残念だったり、その逆だってあり得るもの。それか、浮気性だったりするかも知れない。とにかく、何もかも完璧で地位も名声も、全てを持ち合わせた素敵な男性なんて、この世にいるわけがない。いいところとわかった残念なところを天秤にかけて、いつかは残念だと思うところに傾くに決まってる)
フェリシアは、内心でそんなことを思っていた。きっと、見た目がどんなによくてもこんな風に周りを常に見ていて、婚約した相手のことまで色眼鏡で見ていたのだ。
こんなことを思っていたのだ。残念な人間と婚約したとしても。それはお互い様でしかないことにフェリシアは、全く気づいていなかったが、期待をするなんてことをフェリシアはそもそもするのを諦めているところがあった。
でも、それが誤解だとわかったのは、結構すぐのことだった。婚約者が、物凄くいい人だったのだ。そんな婚約者にフェリシアが絆されることになったのも、すぐのことでお互いが思いあうようになって、仲睦まじい姿を色んなところで良く目撃されるまでに大した時間は必要なかった。
そう、何度も言うが、とんでもなく冷めた目で世の中を見ていたフェリシアが、短期間でそう思うような人だったかというと彼がではなくて、フェリシアの見る目が劇的に変わったことが大きかった。それほどまでにフェリシアは、短期間で考え直すことが起こっていた。
そうしたことだ、婚約者が物凄くいい人に見えてならなかったのだ。
(……こんなに素敵な男性が世の中にはいるのね。前まで、どうして、あんな風に見た目がいいと中身がいまいちに違いないなんて思ってしまっていたのかしらね。酷い偏見を持っていたものだわ。そもそも、そんなことを思っている時点で、私の方も、見た目がよくても中身が最低最悪だったことを物語っていたのよね。でも、こんな酷い性格が周りに知れ渡る前で良かったわ。特に婚約者にバレる前に気づけて良かった。あとは、性格を直すか。駄目な時は、ひた隠しにするだけね)
フェリシアは婚約者の良さに感化されて、大反省することになった。
それほどまでに素敵な人と婚約したこともあり、この人のためにもっと頑張らなくてはと思うようにもなった。
これまで以上に必死になって毎日ひたすら頑張ることにしたのは、特に性格を直せるものなら、直そうとした。
それほどまで婚約者にフェリシアは惚れに惚れたのだ。一生を婚約者のために捧げると覚悟までした。そのためにどんな努力も惜しむことはないとすら思っていた。そんな努力を休むことはなかった。
性格は頑張ったが、どうやら手遅れだったようだ。
(これは、直しようがないから、諦めよう。その分、もっと努力して、隣に立ち続けるに相応しい者になろう)
性格についての諦めは、フェリシアらしく物凄く早かった。どんなに頑張っても、そこだけができる自信が持てなかったのも大きかった。
そのため、フェリシアは別の努力を惜しむことは決してしなかった。
それから、ついこの間まで最低最悪だったフェリシアは、回心して相思相愛の婚約者と同じ未来を思い描いていた。性格の修正を諦めて早くも数年が過ぎていた。
身をこらして頑張っていた。その先には幸せいっぱいの未来が待っていると信じて欠片も疑ってはいなかった。
それなのにたった数週間の間に誰もが羨むような生活が一変することになるとはフェリシア本人も思いもしなかった。
彼女が寝る間も惜しんで数年。その間、弛まぬ努力をしてきたというのに数週間で、それがガラガラと崩れ落ちて跡形もなくなって、意味をなさないものへと変わるとは思ってもいなかった。
(どうして、こんなことになったの? よりにもよって、私がこれまでもっとも嫌う存在をやっと認められるまでになれたのに。その全てが、間違いだったの? こんな仕打ちをされなきゃならないの? どうして、みんなはこの状況をおかしいとすら思わないの!? たった数週間しか経っていないのに)
大声で、心の内を叫んで問いただしたかったが、そんなこと叫んだところでフェリシアの問いに答えてくれる人など、この時にはフェリシアの周りには誰一人としていなくなっていた。
いや、もとからいたかも怪しいが。何か言われる前に気を利かせて視界に映る者まで気を配られていたのだ。
それが、全くなされなくなっていたのにも気づく余裕が、この時のフェリシアにはなかった。
(どうして、こんなことになってしまったの? 私の何がいけなかったの? あんなに頑張ってきたのに)
泣き出しそうになるフェリシアは、ここ数週間のことをあれこれと考えていた。
フェリシアは、これまでの人生で泣き出しそうになったことなど一度もなかった。性格の悪さで、大反省をしても涙なんて流れはしなかった。
手に入らずに泣いたこともなければ、誰かに取られて悔しいと思った経験もなかった。
そうはならなかったはずだった。初めて抱く感情のはずなのにフェリシアは、どこかで“またか”と思う部分もあったが、そのことに余裕がなさすぎて気づくことはなかった。
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