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第1章
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しおりを挟む公爵家の令嬢としてフェリシア・アルマニャックは、デュドネという国に生まれた。別の国と争っていることも長くなく、実に絵に描いたような平和な時代にフェリシアは、公爵家の長女として生まれた。
公爵家ということもあり、フェリシアが生まれた時から着るものにも食べるものにも不自由を感じたことはなかった。目にするものは一流のもの。袖を通すのも、一流のもの。それ以外が、フェリシアの目に映ることは幼い頃はなかった。
「ちょっと、フェリシア様の視界にそんなものが入ったら、怒られるわよ」
「え? 駄目だった?」
綺麗に咲いていた花をフェリシアの部屋に飾ろうとした者がいたが、止められていた。その花は、庶民が飾るような華やかさに欠けるものだったため、止められていた。
それをフェリシアが止めたわけでも、彼女の両親がそうしてくれと頼んだわけではない。でも、何もかも完璧に整えるように子供が生まれる前から常に言われていたのは、確かだ。
フェリシアが生まれる前の兄も、そうだった。男の子だとわかってから、フェリシアの時よりも生まれてからはお祭り騒ぎのように大忙しだった。
それは、公爵家に奥方が嫁いで来てから始まったことで、神経質なまでに拘りに拘っていた。長男の時が一番酷かったが、今回は跡継ぎは既にいるから大したプレッシャーもなかったようだが、それでもピリピリしたものはあった。
それが女の子が生まれたことで、更に浮足立っているようでもあった。完璧な公爵家の令嬢の部屋に飾るには、似つかわしくないとメイドの古株は思ったようだ。
それで、よく奥方に怒鳴り散らされたことが古いメイドたちの記憶にはあった。それがある者は、それを再び聞くはめになるのは勘弁してほしいと思ったのだ。
息子の時までとはいかないが、それでも妊娠中はピリピリしていた。元より神経質なところがあった奥方だから仕方がないと言えなくもないが、それで当たり散らされるのはいつもメイドたちなのだ。そんなのたまったものではない。
これからも、機嫌の良し悪しで怒鳴り散らされたらたまったものではないと思ってのことに他ならなかった。
それを他の者も見聞きしていて、フェリシアの部屋に飾られる花は、華やかで美しいものばかりになった。少しでも、花に元気がなくなっただけでも下げられ、枯れていく姿をフェリシアが見ることはなかった。
でも、部屋の中では、それが当たり前になっていて、それしか見ていなかったかと言うとそんなことはなかった。
フェリシアは、幼い頃は元気が有り余っていて花がどう変化していくかなんて、大人しくしたまま観察するような女の子ではなかった。
ただ、毎日のように花が変えられていたが、それすらよくは見ていなかった。花瓶に入った花より、普通に咲いているのを見ている方が、フェリシアは好きだった。
世話する方は、元気すぎるフェリシアの部屋に花なんて飾っても仕方がないと思うほどだった。幼い頃は、部屋で大人しくしているのは寝ている時であって、それ以外は外で遊び回っていたため、それを始めたことを嘆いていたが、成長してからはそれがしっくりくる令嬢になっていた。
そうでなければ、そんなことを続けることになったメイドも、その仕事をすることになった新人も公爵家で一番無意味な仕事だと思ったに違いないが、そうはならなかった。
フェリシアは生まれた時からわかるほどの容姿にも恵まれ、、何の不満もないはずの環境で、全てを約束されたような輝かしい、誰もが一度は憧れて羨み妬むような人生を踏み外すこともなく、歩むものと誰もが思っていた。
彼女の身の回りの世話をしていたメイドは、元気すぎる幼少期のフェリシアを目の当たりにしていた分、成長したフェリシアとのギャップに何とも言えない顔をしていた。
「変われば変わるものね」
「何がですか?」
「何でもないわ」
古いメイドは、フェリシアがお淑やかになったのを見て、ついそんなことを言っていたら、新しく入ったメイドが不思議そうに尋ねてきた。それに昔話でもしてやりたくなったが、そんなことをして奥方や旦那様の耳にでも入ったらやめるしかなくなる。そのため、話したいのを我慢するしかなかった。
それこそ、フェリシアがどこかに出かけても最短距離を通るのではなくて、視界にそれ相応のものが映る道を歩むことが多かった。
ただの近道で、よくないものがある場所を避けるように通っていたわけではない。
フェリシアが幼少期の頃にそう案内されていた時もあったが、彼女は……。
「つまんない」
そう言って母親やメイドを驚かせるような場所を通った。その時に旦那様と若いメイドの浮気を何度か目撃することになって、その度、奥方と旦那様ことフェリシアの両親は大喧嘩となっていたが、フェリシアは何で喧嘩しているかもわかっていなかった。
「どうしたの?」
幼いフェリシアは、不思議そうにメイドに聞いた。それにメイドは、何でもないと言うばかりでフェリシアもさして興味もなかったから、深く追求することはなかった。
メイドは、フェリシアに近道となる廊下を歩いてほしかったが、彼女の母親は……。
「あら、フェリシアの好きにさせておいていいわ」
「……」
フェリシアの父親からは真逆なことを言われていたこともあり、メイドはそれには大いに困ってしまったが、フェリシアが幼少期のある時期まで最短ルートを通ることはなかったため、公爵家の当主はおちおち家の中で浮気もできないとわかって、外に愛人を作ることにしたようだ。
だが、家の中で浮気がなくなったことに奥方は満足して、外で愛人を囲っているなんて微塵も考えずに夫婦仲はよくなったのだ。
フェリシアがしたことは良かったのか、悪かったのか。よくわからなかったが、フェリシアは父親が機嫌の良いのを見ているのは好きではなかった。それこそ、機嫌の良いのを見ているくらいなら、家の中で夫婦喧嘩を四六時中聞いている方が良いとすら思っていたが、そんなことを思っていたことすらフェリシアは、そのうち綺麗さっぱりと忘れてしまった。
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