上 下
1 / 57
第1章

しおりを挟む

公爵家の令嬢としてフェリシア・アルマニャックは、デュドネという国に生まれた。別の国と争っていることも長くなく、実に絵に描いたような平和な時代にフェリシアは、公爵家の長女として生まれた。

公爵家ということもあり、フェリシアが生まれた時から着るものにも食べるものにも不自由を感じたことはなかった。目にするものは一流のもの。袖を通すのも、一流のもの。それ以外が、フェリシアの目に映ることは幼い頃はなかった。


「ちょっと、フェリシア様の視界にそんなものが入ったら、怒られるわよ」
「え? 駄目だった?」


綺麗に咲いていた花をフェリシアの部屋に飾ろうとした者がいたが、止められていた。その花は、庶民が飾るような華やかさに欠けるものだったため、止められていた。

それをフェリシアが止めたわけでも、彼女の両親がそうしてくれと頼んだわけではない。でも、何もかも完璧に整えるように子供が生まれる前から常に言われていたのは、確かだ。

フェリシアが生まれる前の兄も、そうだった。男の子だとわかってから、フェリシアの時よりも生まれてからはお祭り騒ぎのように大忙しだった。

それは、公爵家に奥方が嫁いで来てから始まったことで、神経質なまでに拘りに拘っていた。長男の時が一番酷かったが、今回は跡継ぎは既にいるから大したプレッシャーもなかったようだが、それでもピリピリしたものはあった。

それが女の子が生まれたことで、更に浮足立っているようでもあった。完璧な公爵家の令嬢の部屋に飾るには、似つかわしくないとメイドの古株は思ったようだ。

それで、よく奥方に怒鳴り散らされたことが古いメイドたちの記憶にはあった。それがある者は、それを再び聞くはめになるのは勘弁してほしいと思ったのだ。

息子の時までとはいかないが、それでも妊娠中はピリピリしていた。元より神経質なところがあった奥方だから仕方がないと言えなくもないが、それで当たり散らされるのはいつもメイドたちなのだ。そんなのたまったものではない。

これからも、機嫌の良し悪しで怒鳴り散らされたらたまったものではないと思ってのことに他ならなかった。

それを他の者も見聞きしていて、フェリシアの部屋に飾られる花は、華やかで美しいものばかりになった。少しでも、花に元気がなくなっただけでも下げられ、枯れていく姿をフェリシアが見ることはなかった。

でも、部屋の中では、それが当たり前になっていて、それしか見ていなかったかと言うとそんなことはなかった。

フェリシアは、幼い頃は元気が有り余っていて花がどう変化していくかなんて、大人しくしたまま観察するような女の子ではなかった。

ただ、毎日のように花が変えられていたが、それすらよくは見ていなかった。花瓶に入った花より、普通に咲いているのを見ている方が、フェリシアは好きだった。

世話する方は、元気すぎるフェリシアの部屋に花なんて飾っても仕方がないと思うほどだった。幼い頃は、部屋で大人しくしているのは寝ている時であって、それ以外は外で遊び回っていたため、それを始めたことを嘆いていたが、成長してからはそれがしっくりくる令嬢になっていた。

そうでなければ、そんなことを続けることになったメイドも、その仕事をすることになった新人も公爵家で一番無意味な仕事だと思ったに違いないが、そうはならなかった。

フェリシアは生まれた時からわかるほどの容姿にも恵まれ、、何の不満もないはずの環境で、全てを約束されたような輝かしい、誰もが一度は憧れて羨み妬むような人生を踏み外すこともなく、歩むものと誰もが思っていた。

彼女の身の回りの世話をしていたメイドは、元気すぎる幼少期のフェリシアを目の当たりにしていた分、成長したフェリシアとのギャップに何とも言えない顔をしていた。


「変われば変わるものね」
「何がですか?」
「何でもないわ」


古いメイドは、フェリシアがお淑やかになったのを見て、ついそんなことを言っていたら、新しく入ったメイドが不思議そうに尋ねてきた。それに昔話でもしてやりたくなったが、そんなことをして奥方や旦那様の耳にでも入ったらやめるしかなくなる。そのため、話したいのを我慢するしかなかった。

それこそ、フェリシアがどこかに出かけても最短距離を通るのではなくて、視界にそれ相応のものが映る道を歩むことが多かった。

ただの近道で、よくないものがある場所を避けるように通っていたわけではない。

フェリシアが幼少期の頃にそう案内されていた時もあったが、彼女は……。


「つまんない」


そう言って母親やメイドを驚かせるような場所を通った。その時に旦那様と若いメイドの浮気を何度か目撃することになって、その度、奥方と旦那様ことフェリシアの両親は大喧嘩となっていたが、フェリシアは何で喧嘩しているかもわかっていなかった。


「どうしたの?」


幼いフェリシアは、不思議そうにメイドに聞いた。それにメイドは、何でもないと言うばかりでフェリシアもさして興味もなかったから、深く追求することはなかった。

メイドは、フェリシアに近道となる廊下を歩いてほしかったが、彼女の母親は……。


「あら、フェリシアの好きにさせておいていいわ」
「……」


フェリシアの父親からは真逆なことを言われていたこともあり、メイドはそれには大いに困ってしまったが、フェリシアが幼少期のある時期まで最短ルートを通ることはなかったため、公爵家の当主はおちおち家の中で浮気もできないとわかって、外に愛人を作ることにしたようだ。

だが、家の中で浮気がなくなったことに奥方は満足して、外で愛人を囲っているなんて微塵も考えずに夫婦仲はよくなったのだ。

フェリシアがしたことは良かったのか、悪かったのか。よくわからなかったが、フェリシアは父親が機嫌の良いのを見ているのは好きではなかった。それこそ、機嫌の良いのを見ているくらいなら、家の中で夫婦喧嘩を四六時中聞いている方が良いとすら思っていたが、そんなことを思っていたことすらフェリシアは、そのうち綺麗さっぱりと忘れてしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)

白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」 ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。 少女の名前は篠原 真莉愛(16) 【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。 そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。 何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。 「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」 そうよ! だったら逆ハーをすればいいじゃない! 逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。 その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。 これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。 思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。 いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

処理中です...