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しおりを挟むユルシュルは、本の世界の方がリアルだと思っていたが、今見たものもリアルすぎた。それを着たら、物凄く似合いすぎる弟がおかしいのか。それを贈って来た者の感性が素晴らしいのか。何だか珍しくわけがわからなくなった。
やはり、弟は性別を間違えたのだ。もっと上手く使いこなせるようになればいいのに。それはしない。
どこぞで、魅力を振りまいた可能性はあるが、自覚はなさそうだ。
「姉さん、リアクションしてくれないかな」
シャルルは、そんなことを言った。ここでの正しいリアクションを逆に聞きたい。
笑えばいいのか。怒ればいいのか。
ユルシュルとしては、そんなものをわざわざ見せなくてもいいのではないかと思ってしまった。自分で、どうにかするのが正しいと思うのだが、シャルルの答えは違うのだろう。
「……間違えられたんじゃない? 宛名は確認した?」
「確認したから、困ってるんだ」
「誰が贈ってきたの?」
欠片の興味もなさそうにしていたユルシュルは、弟に聞いた。その間も、開いた本の続きを目で追っていた。続きが気になっていたはずが、別のことに夢中になっていた。
そんなわけがない。あれは、どう見ても、弟宛だ。送りつけてきた人物のことをユルシュルは、それなりに気になった。珍しいことに興味を持ってしまった。
相手に似合うものを贈るセンスはある。絶対に似合うものではあるが、シャルルがそれを着ることはないだろう。その辺に自覚があったり、面白がる器量などあればいいが、この通り。姉に頼る選択を速攻でする弟だ。その辺、期待できはしない。
「それが、わからないんだ」
「……誰が受け取ったの?」
「え?」
「受け取ったのは、誰かって聞いているのよ」
「えっと、」
「あの、私が受け取りました」
使用人が名乗り出たのを見てユルシュルは、その使用人のことをチラッと見た。
紹介者もしっかりした使用人で、名前はブリュエット・コルベール。年老いた祖母と暮らしていて、両親は幼い頃に他界。祖母が引き取った。その祖母のことも、ユルシュルは覚えていた。ここで、長年働いていたメイド長にまでなった女性だ。
でも、ユルシュルはその老婆がメイド長になっている時から油断したことはないし、何ならその孫娘が来てからも油断しているつもりはない。油断していないが、同時に本気にもなったことがないだけだ。
ブリュエットに届けてきた者のことを聞き、弟に届けられたものを見るために本を閉じてテーブルに置いた。とてもいいところだったのに残念だ。仕方がなさそうに立ち上がった。
そんな風に見せながら、内心はドレスが気になっていた。
そう、弟に物凄く似合うドレスを贈ってきた人物がいる。シャルルが、情けなくも半泣きになるのも無理はない。無理もないが、情けない姿を晒さないでほしい。物凄く似合いそうだと追い討ちをかける気はないが、口から飛び出しそうになるではないか。
それを着こなせるのは、学園でもシャルルだけだろう。彼のために誂えたものだ。
この家の跡継ぎが、姉に泣きつくなんて残念すぎる。このくらい、自分でどうにかしろと言いたいが、気が動転しているようにも見えつつ、こうすれば必ずどうにかしてもらえるという打算が消しきれていない。
他の男性なら、ほとんどがそれで釣れるだろうが、ユルシュルは姉で女性だ。それに釣られることはない。そもそも、学園の女性のほとんどが、シャルルのことを自分たちより可愛らしいことに嫉妬やら、妬んでいたりする。ユルシュルは、そんな感情を持っていないが、シャルルの可愛らしさに見惚れたりしている者も多い。
何なら、男性のシャルルの方が自分の婚約者より可愛らしく見えてしまい、婚約を解消したり、破棄したりする者も現れているが、本人はそれを知らない。
そう何気にシャルルは、学園の女性たちに目の敵にされ始めているが、それに気づいていない。
逆にユルシュルのようなのが、男性だったらと一時期、そんなことを言われ熱のこもった目を向けられていたが、それを回避するために更に目立たないようにしている。
ユルシュルが男装を知っていることを友達の令嬢は、誰も知らない。たまに街で、美青年がいると噂になっているようだが、誰もその正体までは知らない。
ユルシュルは、ドレスに触れた。ちょっと触れただけでも、色々とわかる。
弟は、それすらわからないようだが、そんなに難しいことではないはずだ。やはり、姉に面倒くさいから押し付けたいだけかもしれない。
「これ、オーダーメイドだわ。これ一着で、結構するわよ」
ユルシュルはタグを見つけて、側にいた使用人が左右から、それを確認した。片方はユルシュルの側付きのメイドでデボラ・クラメールという。彼女は元々メイドが本業ではない。今は、本業としてメイドをしている。この家の中で、ユルシュルが信用しているのは彼女ともう1人くらいしかいない。その1人とは、執事だ。こちらも、中々の切れ者だが、今は説明を省く。
本にハマらせるような執事だが、中身はこの家どころか。この世界でも、油断できないかもしれない。でも、ユルシュルはその正体を突き止める気にはなれない。
「ね、姉さん」
「……受け取ってしまったのなら、仕方がないわ。今後は、こういったものを受け取らないように徹底させて」
「ですが、ユルシュル様」
そんなこと難しいと言わんばかりにしたのは、メイド長だ。前のメイド長が歳で辞めてから年功序列でなっただけのメイドだ。いつも、ユルシュルのやることなすことに説明を加えさせるのも、彼女だ。
他も、詳しい話を聞かないとわからない連中が多い。それにため息をつきたくなったが、仕方がないとばかりに説明をした。
「届けたものの内容と送り主を必ず聞いて。それができないものは、追い返していい」
「よろしいのですか?」
「ここに送って来る人たちに両親への贈り物をする者なんていないでしょ。まして、誰からなのかもわからない。こんなのを贈って来るのが現れているのなら、警戒したっていいでしょ。次は、もっと際どいのになるかもしれないし」
流石にバレることは、あの両親とて、そんなことしないはずだ。……そうであってほしい。両親の修羅場になんて巻き込まれたくない。
更に弟の修羅場にも巻き込まれたくない。そっちは当人が、どうにかするはずだ。首を突っ込むつもりはない。
「次に同じことをする者は、ここに必要ないわ」
「「「「「っ、」」」」」
ユルシュルのその言葉に使用人たちのほとんどが、息をつまらせた。なぜか、弟まで息を呑んでいたが、そんなに殺気を込めたつもりはない。
「そんなこと聞いていないなんて、言わせないわ。徹底して」
「かしこまりました」
執事はすぐに答えて、頭を下げた。
デボラが、それについて再三確認することはない。彼女はただ、ユルシュルの言葉に瞑目しただけだ。彼女と執事なら、こんなこと話さなくともわかってくれる。
「店に問い合わせて、これをオーダーした人にそれとなく聞いて来てくれる? ついでにデザイン画も見て来て」
「かしこまりました」
デボラは、それだけで理解してくれた。その言葉に頷いて、すぐに行動した。慣れたものだ。
ブリュエットは、自分が受け取ったことで大変なことになだたかのようにして恐縮して泣きそうになっていた。
ここに来て、そんなに経っていないから仕方がないかのように他のメイドたちに思わせるようなことをしている。届けた人間の特徴をわざと隠すようなのを慰めているのだから、使えるメイドがいなさすぎる。
ユルシュルは、そんなブリュエットより、弟を見た。何で、もう終わったかのようにホッとしているのかがわからない。何も解決していないのに。安心しきった顔をするシャルルにこれが、侯爵家の跡継ぎなのかとユルシュルは遠い目をしそうになった。
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