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第1章
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しおりを挟むウィスタリアだけではなくて、両親も、きっと祖父母も、そこまでのことを平然とやるとは思ってもいなかったはずだ。それこそ、誰も予想してはいなかったことだ。……そうでなければ、世の中、おかしい。
それが起こることをわかっていたら、この家に卒業までいようなんて思わなかった。さっさと修道院に行っていた。
でも、いざとなると無邪気な願いに今まで放置してしまった償いのようにそれを望まれるまま与えてしまおうとしたのは、きっと思いの外疲れてしまっていたからだろう。そうでなければ、ウィスタリアとて受け入れなかった。
ウィスタリアとて、プリムローズとは1つ違いなのだ。どんなに姉だからと頑張っても、これまで寝る間も惜しんで頑張っていた。本人は何でもないと思っていても、疲弊していたのだ。そのことにウィスタリア自身も気づいていなかった。
(私のやりたいことは、私が関わらなくとも、思い描いた未来に向かうこと。破棄になった誤解がこじれなきゃ、支障はない。変な誤解をされないためなら、努力を惜しむことはしない。まだ、やれることはある。それをやりきったら、妹のことを考えよう。そして、私のことを)
ウィスタリアがどんなに頑張っても、プリムローズが義妹になるのがついて回って汚点だと言うのを聞くのは耐えられない。
そのせいで、一番婚約したい人に選ばれなかった令嬢であり、そのせいで自棄をおこしたとウィスタリアのことを知らない人たちからは思われたりもした。そんな誤解を与えるようなことを言いふらしたのは、ジュニパーだ。
でも、その誤解も、形になり始めた事業によって、自棄ではなかったとなったところだった。
(……あの時みたいにまた笑いものにするのでしょうね。今回のは、本当に婚約破棄されるのだもの。わざわざしなくとも、笑われても仕方がないわ)
そう思うとげんなりしてしまった。でも、同時に友達の顔も浮かんだ。
(友達とゆっくりできる。卒業まで、それを満喫するのもやらなきゃ。それとお詫びも兼ねてケーキを焼こう。マルグリットのウェディングケーキも、考えなきゃ)
まだまだやることがあるのではないかとウィスタリアは、気合をいれることにした。事業のことをあれこれ考えるのは楽しかったが、学生らしいことをしようとするのはもっと楽しかった。ずっと我慢していたのもあったようだ。
それもこれも、破棄になったからだと思うとウィスタリアはおかしくて笑いたくなってしまった。
だが、そんなウィスタリアと裏腹に両親は、国王が認めた事業をあそこまでにしたのは、娘だと色んなところに言って回っているようだ。
両親は、あの家に嫁いでも安泰だと思って仕方なく、嫁がせることにしたように話していたようだ。それがこんな風に破棄を言われたら、娘の方に問題があるようだとそれを気にして憤慨していた。
(自慢して回っていたのは、知っていたけど最初だけだと思っていたのに。違うみたいね。しかも、怒っている理由がそんなこととは思わないわよね)
ウィスタリアが奮闘したのは確かだ。それに今後はウィスタリアが嫁ぐのだと知って、援助する気になったところがあったのも知っていた。
それは、この家もそうだ。見栄をはった金額だったのを知っている。だからこそ、激怒しているのもあるのだ。両親は、娘の嫁ぎ先になるからと色々していると話したかったのもあったのだ。
(なんか、見たくなかったな。こんな残念なところ、知りたくなかった。……ここまでなことなど、見たくなかった。見なくとも実の両親でなければ、わかっていたはずなのに。見ないようにしすぎていたみたいね)
ウィスタリアも、まさかあっさり婚約破棄されるとは思いもしなかったが、そんな打算まみれな親を見て恥ずかしくもなっていた。
他の貴族は、こんなことを考えて援助してくれたのではない。……いや、中には腹黒くてウィスタリアの両親のように見返りあっての人たちもいたかも知れない。
でも、その中でも今目の前で繰り広げられているようなことを思っていた貴族はいなかった気がする。
(……破棄だけに怒っているなら、いい両親に見えたのに。私は、また期待していたのね。この人たちにとって、娘は利用価値があるか、ないかだけなのに)
そんなことは前から知っていたことだ。今更、落ち込んでいられない。
それよりも、雇われている人たちと家族、それに今回のことで手を貸してくれると約束した人たちの思いを沈ませるわけにはいかない。
彼らに嘘をついたように思われたくはない。ウィスタリアが破棄されたからと言って、ソレムの父である当主を攻め立てて、あの事業を任せるに相応しくないと思われて引きずり降ろされることになるかもしれない。
(そんなことさせない。あれは、あの方の、あの家が成す偉業よ。それを取り上げさせたりしない。あの家の本願を誰にも、邪魔させたりしない)
両親を見ていて、ウィスタリアはそこに行き着いて、そういう輩もいることを考えたくないが、あらゆることを想定しなくてはと思った。その中で、両親のような考え方をする者は、どう動くかを考えて行き着いた考えが、それだった。
それよりも最悪なことをもっと考えつつ、それに対抗する処置を取るために動くことにした。
ウィスタリアという令嬢のことを第1王子は、こんな風に思っていた。
「誰か1人のためだけでなく、多くの人のために強くなる。その姿が輝いて見えて、そこに心惹かれる。きっと、成長したら、私のみならず、多くの人を魅了するだろう」
それを本人が聞いていたら、喜んでいるよりも、褒めすぎだと言っていただろうが、その姿すら愛おしいそうに見ていたはずだ。
だが、それを言う機会も、見ることも叶わなかった。本人とて、死ぬとは思っていなかったのだ。
共に寄り添い支え合う人は、ウィスタリアを置いては他にはいないと彼は思っていたが、王太子と名乗ることなく、この世を去ったのだ。
今のウィスタリアを見ていたら、惚れ直していただろうが、それも彼にはできなかった。
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