上 下
22 / 112
第1章

22

しおりを挟む

ソレムは、彼だけはそんな風にウィスタリアを見てはいなかった。自棄を起こして婚約したと周りに思われていることにも気づいていなかった。尽くしに尽くしていることにも、見張られていたことにも、気づくような子息ではなかった。

ただ、自分のしたいことをして、したくないことをしないだけで、悪気もなければ、迷惑をかけている自覚もない。


(この人は、何を考えているの? 全くわからない。わかりたいと思っていないせいだとしても、ここまで来ると……私でも、お手上げだわ。あの方でも、面白いなんて言葉だけで笑っていられはしないはず。……どう対処なさるか参考までに見せてほしいわ)


ウィスタリアは頭を抱えたくなって、そんなことを思ってしまった。それでも、珍しく婚約者は色々と考えたようだ。余計なことでしかなくとも、彼にしては頭を使った方だろう。

ソレムは、こんなことを考えたようだ。ウィスタリアのような女でも、彼の家をあれこれ指図できるのだから、自分が跡を継げばもっと凄いことを次々に思いついて指図できると。そんな風なことを思ったようだ。


(……確かに彼が跡を継げば凄いことにはなるだろうけど。指図ってところから、そもそもとんでもない勘違いをしているのは、わかったわ。あれは、盛り返すために指示していただけで、指図とは違うのだけど……。そういう言い間違いのようなことをするから、酷いことになったというのに。全く自覚がないのも問題ね)


彼は思わぬ方向に勘違いをしたようだ。冗談かと思ったが、彼は本気だ。だからこそ、質が悪いとしか言えない。

だが、これこそ、あの日あの人なら……。


(面白い。この世の中は、まだまだ驚きに満ちているって、言うところね。私は、思えないけど)


ウィスタリアは、なぜか、やたらと第1王子のことを思い出していた。婚約者になれなかった時よりも、破棄となったことで、混乱しているようだ。


「君のような令嬢でも、簡単にしてるんだ。私が後を継げば家の事業なんて、私の代でいくらでも拡大できる」
「……」
「なんて言ったって、先生方からも期待されているんだ」


ペラペラと話すソレムにウィスタリアは、いつの間にか、物凄く残念なものを見る目をしていた。そんな目を誰かに向けることはウィスタリアには珍しかった。

あれだけのことをしたのだ。普通は、とんでもないことをしたと狼狽えるなり、そんなつもりじゃなかったと言い訳をしたりするものだが、そこにも至ってはいない。

自分がどういう立ち位置で、どんなことに向いていて、向いていないかをわかる機会だったはずだが、彼にはそれがない。

だからこそ、ウィスタリアは尽くしてきた。恥をかかないようにして来た。それはすなわち彼だけでなく、自分自身が恥をかかないためであり、彼の両親がこれ以上、恥をかくことがないように尽くしに尽くしていたにすぎない。彼のためだけにしていたのなら、とっくに見限っていた。付き合いきれない。

一番好いている人に認められなかったとしても、あの夢を叶える力が自分にもあることを知りたかった。


(馬鹿よね。色んなパターンを考えていたはずなのに。これは、あり得ないと思っていた。あの時と同じだわ。婚約者に選ばれなかった時と同じことになってるだけなのに)


傷物になったら、ウィスタリアと婚約させるなんてことになるはずがない。今ですら、婚約を王太子はしたままでいるほど、あの令嬢を気に入っているのだ。今の時期に動くなら、とっくに動いていたはずだ。

それなのに淡い期待を持たずにいられない自分がいることにウィスタリアは気づいてしまった。


(あぁ、なんてことなの。単純明快だったのに私としたことが、今更、そこに気づくなんて……)


ウィスタリアは破棄を言われてようやく行き着いた答えに笑いたくなった。

だが、ソレムはそれに気づくことはなかった。それも、欠片もわかっていなかったが、この時ウィスタリアは初めて彼に感謝した。


(誰であろうとも、人の役に立つことがある。ただ、この人のような人だらけになったら、家どころか。国自体も危うくなると思っていたのに。人にやる気をなくさせたり、怒らせるのは得意でも、やることなすことが支離滅裂で破天荒すぎる。それが、私には考えて答えを出すのに丁度よかったなんて、何事も経験してみなければわからないものね)


そんな風にウィスタリアが思っていた。いい勉強になった。ソレムは、ウィスタリアが密かにこの短時間で感謝していることも知らずに更にとんでもないことまで言い始めたのは、すぐだった。


「大体、君のような令嬢を妻にするのは、あり得ない。私のような子息の隣にいるのには、色々と不足している。大体、そんな見た目で、高望みし過ぎだ」
「……は?」


ソレムはウィスタリアの容姿を見て、上から下までをある程度のところで視線を止めつつ見てから、馬鹿にしたように笑った。それにウィスタリアは、拳を握りしめずにはいられなかった。


(この方、今どこを見た? 顔に胸元、腰、それに足……? わざわざ、視線をそこに止めて動かすこともないでしょうに)


つまりは、ウィスタリアのような見た目がいまいちな令嬢を妻にするのはあり得ないとまぁそんなことをグダグダと言われた。グダグダ、ネチネチと言われた。

それにウィスタリアは腹が立ち始めた。これまで怒ることはあったが、全て他人のことで怒りをおさえられなかった。ここまでの怒りを感じたことがない。体型をわざと隠す格好を学生の時はするものだが、彼はそれも知らないようだ。見た通りだと思っているようで、その態度と言葉にイラッとしてしまった。

婚約破棄を突然、何の前触れもなく言われ、事業が失敗して大変な時に何もしようとしなかったどころか。

自分のせいでとんでもないことになっていることすら全くわからないまま、それをどうにかした婚約者のことを大したことないと言ってのけたのだ。

まぁ、それはいい。それはいいとして、見た目の話をされたことが、ウィスタリアは一番我慢ならなかった。

こんな男のために彼の両親に息子を見放すのは、まだ早いと止めていたのだ。それすら、気づいていないのだ。恥を存分にかかせておけば、勘当するのも仕方がないとなったはずなのに。そうならないようにもみ消し続けたのが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。


(そんなことをするより、友達と心ゆくまでお茶をしたり、買い物をしたり、話がしたかった。好きなケーキを焼いて、喜んでもらっていた方が、何百倍もマシだった。何より妹と一緒にいたかった)


自棄など起こしてはいない。ただ、彼の父親がウィスタリアのことを最初に認めてくれた人だったから、この子息と婚約したにすぎない。

他にいい子息なんてたくさんいた。一番、誰も選ばない子息を選んでしまった自分が馬鹿だったと後悔しかけたが、そのおかげでやりたいことには関われた。

その分、ソレムと他の令嬢が婚約することになっていたら、大変なんて言葉では済まされないことになっていて、気を変にしているか。数ヶ月も保たずに婚約を解消していただろう。

それより先に家がなくなっていたかも知れない。


(あの家がなくなっていたら、夢のままで終わっていた。……そうよ。意味はあった)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

やられっぱなし令嬢は、婚約者に捨てられにいきます!!

三上 悠希
恋愛
「お前との婚約を破棄させていただく!!そして私は、聖女マリアンヌとの婚約をここに宣言する!!」 イルローゼは、そんな言葉は耳に入らなかった。なぜなら、謎の記憶によって好みのタイプが変わったからである。 そして返事は決まっている。 「はい!喜んで!!」 そして私は、別の人と人生を共にさせていただきます! 設定緩め。 誤字脱字あり。 脳死で書いているので矛盾あり。 それが許せる方のみ、お読みください!

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

処理中です...