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第1章

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来年からケーキは我慢するとマルグリットが言い出した年にウィスタリアは、婚約をした。

それは彼女なりにウィスタリアのことを気にかけてのことだったようで、本気が8割ほどだったかも知れないが。

ウェールズで一番、不人気な方で、どの令嬢もその子息とだけは婚約したくないと言って、婚約の話を断られ続けていた方だった。

婚約することになるなら、修道院に入った方がマシだと思うような子息とウィスタリアは婚約をすることにしたのだ。両親にそうしろと言われたわけでなく、己の意志で決めたことだった。

婚約者の名前は、ソレム・リッベントロップといい、彼の婚約者を探していたのは両親だった。本人は、そこまでの厄介な人物だと周りにも、両親にすらそう思われていることに欠片も気づいていないような子息だ。


「頼む。ウィスタリア嬢しかいないんだ」
「お願いよ。どうか、我が家に嫁いで来てちょうだい。悪いようにはしないわ」
「……」


彼の両親は、ウィスタリアに土下座しそうな勢いで息子と婚約してほしいと頼み込んで来た。そこにその息子はいなかった。来たらややこしいことになると思ってのことだろうということは、後からわかった。

ウィスタリアの両親は、何度来られても断る気でいた。そんなところに国一番と言われる娘をやれるかとウィスタリアに会わせる前に再三断っていたようだが、彼らはウィスタリアに直接頼んで断られたら諦めると言ったことで、直接会うことになったのだ。

だが、そんなことで断っていることも、何度も頼みに来ていることもウィスタリアは知らなかった。


(この方、あの時に見た方だわ)


父親の方を見て、ウィスタリアは見覚えがあることに気づいた。


「いい加減にしてくれ。娘も困っている」
「そうですよ。何度も断っているのに」
「なぜ、そこまでして嫁いでほしいとおっしやるのですか?」
「ウィスタリア」
「お父様、知りたいのです」
「君が前に話していたことだ。それを聞いて、感心したんだ。妻にも話したが、妻も素晴らしいと絶賛していた」


(あぁ、やっぱり、この方だわ)


「前に話した……?」


父は、何の話だと怪訝そうにしたため、ウィスタリアではなくて、ソレムの父親が嬉々として話した。

だが、それを聞いて父は……。


「あぁ、そんなこともあったな。くだらない。子供の名戯言だ」
「まさか、それを聞いて婚約者になれと? そちらの息子さんに事業を引き継ぐ能力がないからって、この子が何でもできるからって、流石にそこまでは……」


両親は、ウィスタリアができると言ったことをあざ笑った。子供らしい夢物語を頭の中で考えているだけで、現実を知らない子供の言葉だと馬鹿にしたのだ。

娘のみならず、それを絶賛した2人を。


(あぁ、こんなにも違うのね。かたや血の繋がっているだけの両親と血の繋がりもないのに私を認めてくれている。こんなの答えなんて決まっているわ)


「お父様、お母様。私、こちらのご子息と婚約します」
「なっ、何を言うんだ!」
「そうよ! 早まることないわ。お父様が、もっといい婚約者を探してくれるわ」
「いいえ。この方々の家以上に私のやり甲斐のある嫁ぎ先などありません」
「そ、そうだ。婿を取ろう。そうすればいい」
「あら、それはいいわね。そうなさい」


跡継ぎは女は役不足だとして、継がせる気はないと散々言っていたのに父はそんなことを言い出し、母もそれがいいと言ったがウィスタリアの意志は変わらなかった。

それで揉めに揉めてしまい、両親は親の言うことを聞かない娘などいらないとばかりに言われ、ウィスタリアは婚約者の家で花嫁修業をすることになった。


「ウィスタリア嬢、こんなことになって申し訳ない」
「いいえ。私が選んだことですから謝らないでください。ただ、この家で手掛けている事業に私も携わらせてください」
「もちろんだ。そのために我が家に嫁いでほしかったんだ」
「あなたの考えていたことは、この家の先々代が考えてきたものとそっくりなのよ」
「え?」
「私が、幼い頃に聞いていたものだったんだ。懐かしいと思った。あの頃から、私はそれを実現するために頑張ってきたんだ」
「えぇ、私も旦那様にその話を耳にタコができるほど聞かされてきたわ。素晴らしいと思ったのよ。その話を思いついた先々代も、それを聞かせてくれた旦那様も、いつも童心に帰ったように目を輝かせて聞かせてくれるんですもの。そして、あなたも。何度聞いても、私は飽きることはなかった。でも、同じことのようで、あなたの話したことを旦那様に聞いた時ほど感激したことはなかったわ。あなたなら、実現できる。力を貸してちょうだい」


こうして、ウィスタリアは嫁ぎ先になる義両親の方と打ち解けたまま、この家の手掛ける事業に加わることになった。

でも、周りも両親も王太子の婚約者になれなかったせいで、自棄を起こしたと思ったようだ。

両親だけでなく、祖父母もウィスタリアのことを頭がどうかしている連中に騙されたかのように触れ回っていた。


「気にすることないわ」
「マルグリット」
「私にできることがあったら、何でも言って。どんなことでもするわ」
「ねぇ、マルグリット」
「何?」
「私が、何かすると思ってる?」
「あら、何もしないのにあんなのと婚約しないでしょ? あなたは、私の上を行く令嬢ですもの」
「上って、買いが振りすぎじゃない?」
「いいえ。そんなことないわ。それと何か、いい話があるなら、その時も教えてね。我が家は、私以外、疎い人たちばかりだけど、嫁ぎ先は話も聞かずに門前払いはしない人たちですから。ケーキを人質にしてくださってもいいですよ」
「人質……? 物質では?」
「……ウィスタリア様、言葉のあやですからね」


そう言ってくれただけで、マルグリットは百人力どころか。頼もしい友達がいることが嬉しくて仕方がなかった。


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