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私の名前は、ラウラ。アデル国のヴェルニエ子爵家に生まれた私は、この度、イネス国のオージェ侯爵家の養女となった。

生まれ育った国に全く馴染めなかった。馴染めなかった理由は、私が家族の誰にも似ていなかったからだった。その外見のせいで、生まれた時から色んな人たちに嫌われていくことになった。

ただ、あとから先祖返りしただけだと言われても、両親も、兄も、妹も、周りも気味の悪い存在にしか見えなかったことで、私の世界はそんな人たちに言われ続けたことが全てになってしまっていた。

生まれた国が偏見だらけだったせいだとあとから知ることになっても、ずっと自分が悪いと思う日々から、急には逃れられなかった。頭というか。気持ちが追いつかなかった。ただ、外見だけが異質に見えただけで、嫌われたり、好かれたりするのだ。私にここでは、これが当たり前だから受け入れろと言われても、その通りにできるわけがない。

そんな私のことをどこで聞きつけてくれたのかはわからないが気にかけてくれる人が現れて、私の世界が一変するとは思いもしなかった。

それは、主に養女にしてくれたオージェ侯爵夫妻と……。


「ラウラ。大丈夫よ」
「そうですよ。どっかの国みたいに義姉上の髪や瞳で、どうこう言う奴なんて、この国にいませんから」


養子先の義姉となったヴィルジニーと義弟となったエドゥアールが側にいてくれるから、それが当たり前になろうとしていた。実の兄妹とはまるで違っていた。そう、これまでと真逆なことを言われる日々が始まったのだ。

まるで、長い夢を見たかのようにここではそんなこと起きはしないとオージェ侯爵家の人たちは励ましてくれた。

それでも、私は新しく通うことになる学園に向かう馬車の中で緊張せずにはいられなかった。私が何かしたせいで、オージェ侯爵家に恥をかかせることになると思うと緊張せずにはいられなかった。

もっとも、養子のやることなすことで、色々言われるのなら、もう既にされているだろうが。とにかく緊張していて、周りの言うことをきちんと聞いていなかった。


「エドゥアール。やめなさい」
「でも」
「ラウラの生まれた国よ」
「……はい。姉上」


ヴィルジニーも、そうだが、何かを悪く言うのを好まないのはオージェ侯爵夫妻も、そうだった。それでも、悪く言いたくなるような酷い人たちだとばかりにしていた。

それこそ、私の実の両親や兄妹なら、そんなことに気を遣うなんてところを見たことはなかったから、イネス国に来てから不思議でならなかった。こんなにも違う世界があるのかと思ってしまった。

私が代わっていなくとも、周りが一変するのだ。わけがわからない。

そう、あそこでの日常は……。


「あー、嫌だわ。朝から嫌なもの見ちゃった」
「……」
「気分が悪いわ。姿を見せないようにしてくれればいいのに。本当に気の利かないわね」
「っ、」


学園に行く支度を終えて部屋から出たタイミングで私が妹に会うなり、そんなことを言われてから必死に会わないようにした。それこそ姉に対しての物言いとして、どうなんだと言えたことはない。そんなことを言ったら他の家族に何を言われることになるかわかったものではない。

どんなに具合が悪かろうとも、自分で用意した食事を自室で取って、学園でも誰とも話すことがないのが当たり前となっていた。私が耳にするのは、大概が私の悪口だ。アデル国の人々の視界に入るだけでも、嫌味や気分を悪くしたと言われるのだ。そう、両親や兄妹が周りに言っていたのが、そのまま学園にも広まったかのようになっていた。

ろくに話したこともないのに。見た目だけで、みんなしあれこれ好き勝手なことを言われていた。それが、私の日常だ。


「本当に誰にも似てないわね」
「ヴェルニエ子爵家どころか。この国では見たことないわ。気味が悪すぎよ」
「……」


ただ、アデル国では右を見ても、左を見ても私のような髪色をした人はいない。ましてや、その髪と同じ瞳をした者はいない。そのため、髪をひっつめつつ、目が合うと色々言われるため、視線は下を向くのが癖になっていた。

血の繋がった家族はみんな輝くような金色をしていた。学園でも、街でもみんな金色とか茶色とか明るめの色ばかりをしていて暗い色をしている者は、私しかいない。

それが、先祖返りしたからだと知ったのも、養子にしたがっていると聞くまで私は知らなかった。


「はぁ? こんなのを養子にしたがるところがあるんですか?」
「っ、」


兄の言葉に私は胸に見えない何かが突き刺さった。久しぶりに聞いた声は、それだった。まぁ、久しぶりでなかろうとも、私が関係していることは悪口だけだ。それ以外、あり得ないのに私は、まだどこかで期待していたようだ。


「あら、お兄様。こんなのでも、養子にしたがっているなら願ったり叶ったりじゃない。この家からいなくなるってことなんだもの」
「そうだぞ。こんなののために養子先の心配なんて必要ない」
「ですが、やはりやめたと言われて戻されても困るじゃないですか」
「っ、」


私の心配なんて誰もしてくれないのはわかりきっていた。それでも、いらないと言われるのはわかっていても、養子なんて何かの間違いだと私だって思っていたとしても、この会話はあんまりだ。

どうせ、私がいようといまいと同じことを話すなら、いない時にしてほしかった。


「それなら、大丈夫だ。養子にした後で、やはり白紙にしたいと言われても、この家とは無関係だという旨を書き加えても構わないと向こうに言われている」
「まぁ、それなら、よかったですわ」
「そんなのを加えていいとなるとあちらも、こんなのを本気で欲しているとは思えませんね」
「遠縁に当たるから、心配してくれているのだろう。隣国の王太子の婚約者に選ばれるかもしれないから、それを心配したのだろう」
「っ、本当なの!?」
「あぁ、その噂でも聞いたのだろう」
「それならわかる。こんなのがいなくならないと選ばれようがないものな」


隣国の王太子との婚約が上手くいくためにも、必要なことだと言われて、両親も兄妹も、それが上手くいった後のことで頭がいっぱいになったのは、すぐのことだった。

それを聞いて私も、納得してしまっていた。そうでなければ、養子の話があるわけないのだ。

そこから、私は迎えに来たという夫妻を初めて見た。私のことを養子にしたいと言っていた人たちだ。この人たちも、この家族と同じような考え方をしているのかと思うと胃がキリキリと痛んだ。

そんな私にこれまでの誰よりも柔らかな声音で名前を呼んでくれた。家族ですら、名前なんて呼んでくれないのに当たり前のように名前を呼ばれて驚いてしまった。


「ラウラ。荷物は?」
「えっと、これです」
「……他には? 部屋にあるなら、手伝わせるわ」
「いえ、あの」


オージェ侯爵夫人は、あまりにも少ない荷物が部屋にまだあると思ったようだが、それに父が面倒くさそうな声音で言った。それは、いつも聞いている声で、私の聞き慣れたものだった。


「そんなのに買い与えるだけ無駄ですよ」
「無駄?」


夫人は、眉をこれでもかと顰めていた。


「必要最低限なものしか与えていませんわ。他は、仕方なく使わせていたにすぎません」
「仕方なく使わせていた……? あなた、自分たちの娘に何を言っているの?」
「何とは?」


ヴェルニエ子爵夫妻は何が言いたいのかわからない顔をしていた。それを見ていた侯爵夫妻は、益々嫌なものを見ているような顔をした。

オージェ侯爵は、妻にすぐにこう言った。


「ラウラを連れて先に馬車に乗っていろ」
「……そうします。ラウラ、行きましょう」


私は、最後になるだろうからときちんと挨拶をしようとしたが、それすら嫌そうにされた。視界に長くいるのも嫌なことはわかっていた。それでも、これまで育ててもらった礼やらを言えた思う。育てられた記憶より、家に置いておいてもらえたことへの感謝の方が大きかったが。追い出されていたら、きっととっくに死んでいただろう。

でも、それもこれもヴェルニエ子爵家の人たちにとって世間体が悪いとかいう理由だけで、私のことを心配して家に置いておいたわけではないのだ。今回のことでもよくわかっていた。私は、この家の誰にも必要とされていなかった。痛いほどわかってしまった。どうして、そこまで嫌われなければならないのかが私には身に覚えもなくて、やるせない気持ちしかなかった。

すると夫人は、馬車に乗るなり抱きしめてくれた。それは、私が知らない母の温もりだった。それに安心したのと血の繋がった家族との最後となっても、何も変わらない人たちに自分が期待しているものがまだあったことに色々といっぱいいっぱいになって大泣きしてしまい、気づいたら養子先にいた。

そこは、これまで与えられていた部屋と全然違っていた。目が覚めると心配そうについていた夫人……もとい、養母がいた。


「ラウラ。目が覚めたのね」
「えっと」
「お母様、そろそろ……。あら、目が覚めたの?」


そこに兄くらいの年齢の令嬢が現れた。アデル国でも見たことないほど綺麗な人だが、暗い髪色をしていた。

ふと養母を見ると彼女の髪も暗い色をしていた。


「あ、この髪と? イネス国では、色々と面倒になるから魔法で変えていたのよ」
「魔法……?」
「それは、追々話すわ。お腹空いてない?」
「えっと」


そこから、普段から部屋で1人で食事しているのが当たり前だったり、前日の残り物だったりを食べていたことを知ったオージェ侯爵家の面々が鬼の形相をしたりしたが、私には普通のことになりすぎていて何を怒っているのかがわからなかった。

でも、次の日から部屋で1人で食事をすることはしなくていいと言われた。その他にも、これまで生きてきた中で、誕生日も、お祝いの時でも兄妹が溢れんばかりにプレゼントを貰っても、私には一つもなかったのが当たり前だったのに。何の記念日でもないのに色々なものを買ってくれた。

ただですら、必要最低限以上のものが部屋にあったのに私は申し訳なくなってしまったが……。


「ラウラ。お前は、私たちの娘になったんだ」
「そうよ。何の遠慮も必要ないわ」
「……」


養父母は、そう言うが私に遠慮しているつもりは欠片もなかった。でも、どうやら私のやることなすことで迷惑をかけていることは何となくわかった。


「まぁ、見て」
「っ、」


街に買い物に行くと言うので目立たないようにしようとすると養母も義姉も、使用人たちもそうだ。そもそも、連れて歩くとろくなことがないと思っていたが、やはりそうだと身体を強張らせた。


「なんて綺麗な方かしらね」
「?」
「本当ね。あんな綺麗な方がいたなんて知らなかったわ」


そんな人がいるのかと私は俯いていたのをそろそろと顔を上げると……。


「っ!?」


自分の方を見ている気がして慌てたが、多分気のせいだ。養母と義姉だろう。横の2人を見れば、嬉しそうにしている。きっと、そうだ。初めて見ると言ったのも、きっと他所から来たからだろう。

そんなことを思って、私は一生懸命にオージェ侯爵家の恥にならないように気をつけることに必死になっていた。


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