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シュリティは、それから次の週には留学先にいた。

姉の友達の話を聞かされることから解放されただけでも、全然違っていた。やはり最大のストレスは、あれだったようだ。

留学先では寮生活なため、部屋はあまり広くないがそんなこと苦にならなかった。あの姉と両親がいないというだけで、気が楽だった。

更には、ここにあっさりと見捨てる弟もいない。今までシュリティをあっさり見捨てていたのだから、その分、姉に捕まって付き合えば、シュリティの苦労もわかるはずだ。一対一の苦労を思い知ればいい。

もっとも、そうなれば、そのせいで成績が落ち込んだと言い訳できるはずだ。だから、弟はそんなにまずいことにはならないとシュリティは思っていた。

あの両親でも勉強の邪魔をしたとなれば、流石に姉を怒るのではないかとシュリティは思っていた。

それでも、姉の白々しい演技に見える本音が勝るのか。その辺が気になるところではあったが、どうしても結果を知りたいわけではない。

むしろ、弟の方は言い訳できるチャンスもちゃんとあるから大丈夫だろうと思っていたのだが、留学してから1ヶ月も経たないくらいで、シュリティは友達からの手紙で、あなたのお姉さんヤバすぎると手紙をもらったのだ。

それをシュリティは手にするなり読んで首を傾げずにはいられなかった。


「あの人、ついに弟だけでなくて、私の友達まで捕まえて語り出したの……?」


何がどうヤバイのかは手紙にはなかった。

ただ、面倒に巻き込まれるから、絶対に戻って来るなとあった。それと知らぬ存ぜぬを貫けみたいにあった。

そんな書き方されたら気になると思うが、詳細を書く時間も惜しかったような、伝える気がないような感じだった。友達の手紙は珍しく殴り書きされていた。

姉の語る相手に弟では役不足だったのだとシュリティは思っていたが、そうではなかったようだ。

よくはわからないが、シュリティは留学の目的を果たすことにした。一番厄介な姉から離れ、姉を押し付けて来る弟から離れ、好き勝手なことしていて理不尽なことを押し付けて来る両親から離れているのだ。そんな家族がいないところで、伸び伸びと勉強三昧しつつ、友達を増やし、優良物件な子息がいないものかと目を光らせ、耳を澄ましに来たのだ。

流石に婚約者を探しに来たとバレバレなことはできない。恥ずかしくて、シュリティはそんなことを前面に出すことはできなかった。

留学中は、あの家から離れていられるが、その先だ。両親が、あの調子なのだ。姉も、あんな感情だ。自分で何とかしないととんでもないのと婚約させられそうだと思っていたことも大きかった。

弟も、どうにもならなくなれば手紙を寄越すだろうと思っていたが、友達からの手紙以外で届くことはなかったため、シュリティは実家のことを気にすることをやめた。

シュリティは、目的があったのに勉強が楽しくなりすぎてしまったのは、すぐだった。この国の図書館の蔵書が良すぎたのがいけない。

家族から解放されたことで、やりたいことをやりつくそうとした結果なだけでもあるが、どうやら偏りすぎてしまったようだ。


「あら、もう、読み終えたの?」
「はい」


図書館の司書とは、顔なじみになった。他の人には笑顔なんて見せる人ではないようだが、シュリティは本の話をしたりするせいか。楽しそうにして、終始和やかなムードのままだ。

これが、本に関することや図書館で非常識なことをするやからには鬼の形相になるのだから、驚きだ。

シュリティは和やかなムードの司書しか知らなかったから、鬼の形相の時は自分が怒られたわけでもないのに謝りたくなってしまった。それこそ、忘れられないほど怖かった。


「あなた、選択授業を全部受けているのによく本を読む時間があるわね」
「本を読むのは速い方なので……。あれ? 私が、全部受けているの言いましたっけ?」


本の話しかしたことないはずだ。それに図書館で、本以外の話をされるのも初めてでシュリティの方が驚いてしまった。


「噂になっているのよ。留学生が、目立ちたいのか。無謀なことしてるって」
「目立ちたい……?」


シュリティにはさっぱりわからない言葉だったため、首を傾げずにはいられなかった。

目立ちたいのも、わからなかったが、無謀というのにもシュリティは引っかかりを覚えた。


「最初の頃の噂よ。今は、無謀だと馬鹿にしていた面々の方が、馬鹿にされているわ」
「……」


そんなことになっていることをシュリティは全く知らなかった。どうやら、目立ちたいから、無謀なことをしている留学生がいると思われていたようだ。

そういえば、シュリティが選択授業に行くたび、ひそひそと話すグループがいた。それは、毎回、違うグループで似たりよったりな人たちばかりだった気がする。あれは、シュリティのことを馬鹿にしていたに違いない。

でも、今はそんなことをしているグループを見かけていない。いつの間にかやらなくなっていた。おとなしくなって、教室の隅を陣取るようになっていたが、馬鹿にしていたのが特大ブーメランで彼女たちに戻って来たのだろう。

それを言われるまでシュリティは、自分のことではないと思っていたようだ。まぁ、直接あれこれ言われていたら、言い返すくらいしたが、そうではないのに一々目くじら立てていられない。

それに散々、悪く言っていたのが、彼女たちに突き刺さっているなら、追い打ちをかけるまでもないだろう。……向こうが構って来なければ、シュリティが何かをわざわざする気はない。

図書館の司書の方が情報通のようになっている。それも、どうなのかと思ってしまった。いや、そういうのに疎いと勝手に思っていたが、違ったようだ。

シュリティは、きょとんとしていると司書は……。


「この間の試験の結果で、凄いことになっているのに気づいていないのね」
「結果……? あ、そうだ。順位見に行くの忘れてた」


シュリティは、選択授業全部を取ったこともあり、試験前は流石に大変だったが、思っていたよりいい成績だったため、順位を見るのをすっかり忘れていた。

それに司書が、呆れた顔をしていたが……。


「1位だ」
「え?」
「全教科、君が一番だ」


そう言って突然声をかけてくれたのは、見かけたことがある人だった。そう、シュリティはその人物を見かけたことはあるが、誰だったろうか?と首を傾げてしまった。


「シュリティさん、王太子殿下よ」
「っ、!?」


司書に小さな声で言われて、シュリティは慌ててカーテシーをした。物凄く不様だったことだろう。

だが、王太子はそれに気分を害することなく、笑うこともなかった。

これが、弟だったら凄い顔をされていたことだろう。隣で白けた目を向けられ、しばらく一緒にいないでくれと蔑んだ声音をお見舞いされていたことだろう。

何気にそれが一番シュリティは傷ついていたはずだ。


「そんな畏まらなくていい。それと、急に声をかけたのは、君の読み終わった本を借りてもいいかと聞きたかったんだ」
「あ、なら、殿下の読み終えられたの借りても?」
「……これか?」
「新刊ですよね? あ、借り手がいますか?」


横にいる司書に尋ねたすると苦笑いされた。


「いいえ。専門書だから、いないわ」
「……」
「あの?」
「時間があるようなら、別のところで話さないか?」
「え?」
「ふふっ、その専門書を読めるほどですから、王太子殿下の話にも難なくついていけますよ」


なぜか、自信満々に司書のハードルを上げるようなことを言い、シュリティはぎょっとした。


「それは、いいことを聞いた」


そんなこんなで、王太子とシュリティは話すようになった。

驚いたことにシュリティと同じく選択授業を全部取っていたのは、王太子だった。同じ授業を取っているというのに見かけたことがある程度の認識しかシュリティにはなかったのだ。


「やぁ、シュリティ嬢」
「……殿下?」


何食わぬ顔で、選択授業のたびに王太子から声をかけられるようになり、全部が一緒だとわかった時に王太子は、シュリティの反応を楽しそうに見ていた。

司書も、知っていたことらしく、後日、王太子が話したらしく微笑ましそうにされて、シュリティは縮こまってしまった。

その辺、シュリティは穴があったら入って、何なら埋めてほしいと思ってしまったが王太子は、そんなところも気に入ったようだ。

そう、段々と授業のことや本の話をして、意気投合していって、授業の度にシュリティの横に座るのが当たり前となっていった。

そうなっていくと周りも、何も言って来なくなっていた。最初の頃は、根掘り葉掘り聞かれたりしたが、王太子は楽しげに話す令嬢として有名になっていたようだ。

しかも、話す内容がちゃんとわかっているのは、シュリティと一部の者だけだった。そこに先生たちもまじってしまえば、難しい話ばかりだったため、令嬢たちもお手上げとなったようだ。

シュリティは、それに平然とついていき何食わぬ顔で会話し続けることになり、王太子を狙っていた令嬢たちから遠巻きに見られるようになったのも、割とすぐのことだった。

留学を終える頃にはシュリティが、王太子の婚約者になっていて、それ以外にありえないとまで思われていたようだが、シュリティはそんなことを思われていることすら知らなかった。


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