最愛の亡き母に父そっくりな子息と婚約させられ、実は嫌われていたのかも知れないと思うだけで気が変になりそうです

珠宮さくら

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ガイエ国に住む侯爵家の当主のクロード・フェルギエールは、妻のヴァランティーヌの若い頃によく似ている彼女の従姉妹の娘の隣国のアルカン国に住む子爵家のヨランダ・アポリネールが、ここに来るのを今か、今かと待っていた。

あちらから、留学生となるのはとても珍しいことだった。数年振りに留学生が来るとガイエ国では、その話題でもちきりだった。婚約者のいない子息たちや年頃の子息がいる家は、そわそわしてその令嬢が学園に通うのを待ちわびていた。

学園に通ってから、あれこれ調べるのはいいが、その前から調べるのは駄目という暗黙のルールが出来上がっていた。もっとも、調べたところで、子息を気に入らなければ、婚約者になんてなれはしない。強引なことをすれば、その家はずっと色々言われることになるのだ。

ヨランダくらいの時にクロードは、妻に一目惚れした。彼女もまた留学生として、この国に来た。もっとあの頃は、今のように滅多に来ないなんてことはなかったが。どうやら、アルカン国では、失礼にも男漁りや逆に子息の場合、婚約者がいないと女漁りに行くために留学したがっていると考える者もいて、留学にいいイメージがないようだ。

ガイエ国の授業が、他の国をよりも優れていることを認めたくないのもあるのかもしれないが、そんな風に思われているらしく、留学して来る者が少なくなっているのも、あちらが基準を驚くほど上げたからだ。

それこそ、この国の者たちは、頭の良い者を好むため、選ばれて留学して来るヨランダを大歓迎する雰囲気になっていた。

フェルギエール侯爵家では、別の意味で歓迎していた。特にクロードには感慨深いものがあった。妻に出会った頃を思い出してばかりいた。

その頃の彼女にそっくりなのと妻に聞いて、彼女が来るのを楽しみにしていた。クロードは、妻にそっくりな娘が元々ほしかったのも大きかった。そっくりとはいかずとも、娘がほしかったが、残念なところが似た息子しかいない。

自分にそっくりすぎても嫌だが、残念なところが似ても嫌でしかなかったが、だからといって蔑ろにする気はない。

でも、やはり娘がほしかった。

思い返しても、今も鮮明に覚えている。留学して来た頃のヴァランティーヌは、輝かんばかりの笑顔ときらきらと光り輝く瞳をしていた。

今も、見惚れるほどの笑顔と興味あるものに向ける瞳は、クロードに輝いて見えて眩しく思えたが、ヨランダはそっくりだと聞いて、期待せずにはいられなかった。

もはや娘のように思っていた。もっとも、知らないだろうが、ヨランダは婚約者がいる。それを知ったら、今浮かれている連中は、無駄骨だったと嘆くか。

そこまでの令嬢ではないなと見た目で思う失礼なのもいるだろう。そういう連中との今後は考えていく気でクロードはいた。

そのため、学園でも目を光らせておくように息子には言っていて、再従妹となるヨランダを既に妹のように思っているところがあるようで、やる気に満ちていた。

それが、殺気立ちすぎると似ていなくてもいいと思うところが、顔を出すことになるから、そちらの方が心配ではあるが、流石にヨランダに嫌われるようなことにはならないだろう。……そう思いたい。

なのに到着した彼女は、疲れた顔をしていて、顔色も悪く、やつれて、何やらボロ雑巾のようにすら見えた。

指先はあかぎれを起こしていて、髪はすっかり艶をなくしていた。更には、子爵令嬢とは思えない服を着ていた。

まるで、使用人の娘のような格好をしていることに首を傾げるどころか。怒りよりも、どうしたんだと尋ねたかったが、それすら躊躇わせるほどに疲れ切っている姿にいたたまれなくなってしまった。

何より、ずっと歩いて来たのではないかと思わせるほど、靴が酷かった。アポリネール子爵家の令嬢が、隣国から歩いて来るなど早々ない。

貴族以外も、乗り合わせた馬車で行き来しているほどだ。今どき歩いて行き来している者の話など、聞いたこともなかった。

それも、最近は曰く付きなところが増えて、行き来するのも控える者が増えているから歩こうなんてする者はいない。できれば、早く通り過ぎてしまいたい者たちばかりとなっていた。

どうも、ヨランダはそこを歩いて来たように見える。歩いて来たからこそ、何かに巻き込まれたのか?

クロードは、ヨランダを見ただけで、すぐにそんなことを思うまで、僅かだった。

ヨランダは、母を亡くして数年経っている。亡くしたばかりで、意気消沈しているのとはわけが違うように見えた。どう見ても歩いて来た感が凄くあった。

ヴァランティーヌも、ヨランダの姿は想像以上だったようだ。笑顔で出迎えようとして、表情が固まったままになって全く動かない。そんな風に固まるのも珍しい。

だが、感極まったヨランダは、ヴァランティーヌの顔を見てポロポロと涙を流し始めた。


「ヨランダちゃん」


そこで、やっとヴァランティーヌはヨランダの名前を口にした。すると益々泣いた。まるで、押さない子供のように母親を恋しがって泣くように見えるクロードと息子であり、ヨランダの再従兄にあたるエミリアンは、そっと部屋に入った。

ヴァランティーヌたちは、玄関のところで泣いていたが、それを止められる雰囲気ではなかった。ヨランダにつられてヴァランティーヌも号泣していて、エミリアンもつられて泣いていたし、何ならフェルギエール侯爵家の使用人たちも、あまりにヨランダが悲しげに堪えきれずに泣く姿にもらい泣きしていた。

どうしたと誰も聞けるような雰囲気ではなかった。ただ事ではないことが起こっているが、その知らせをここにしなかったのだ。いや、あの感じではできなかったという方が正しいのかも知れない。

そんなことを考え、すぐにでも調べさせようとしていると執事が、こそっと知らせて来た。


「旦那様」
「どうした?」
「ヨランダ様のことですが、アポリネール子爵家から勘当されたようです」
「何だと?!」


調べさせようとした矢先にそんな情報を持って来たのだ。どうやって知ったかなんてことよりも、その先が気になってしまった。

近くにいた息子が何事かと心配そうにしたが、部屋の隅にいて割って入って来ることはなかったのは、父親であるクロードが側に来るように言わないからだ。

エミリアンは、廊下を伺い玄関のところの母親たちを気にしていた。あまり行儀よくはないが、泣いている2人をほっとけないのもわかって責められはしない。

執事は、更に小声で続けた


「お可哀想に婚約破棄されて、そのご子息を再婚相手の連れ子に取られた挙げ句、邪魔で役立たずだと勘当されたとか」
「そんな知らせ、こちらには来ていなかったぞ」
「はい。あちらは、勘当した娘だから、どこでどうなろうとも気にしないとなったようですが、ヨランダ様は、お約束に間に合うようにと必要にここまで来られたようです」
「……」
「そもそも、留学のことが決まったのも、聞かずに勘当したことが知れ渡って揉めているようです」
「……」


そう言いながら、馬車にたまたま乗せてやって来た方が、外に来られると聞いてクロードは執事と共に外に出た。

玄関には、あの2人がいるため、別のところから出た。庭を眺めるのに他にも出入りするところがあるため、こういう時に便利だ。

こういう時なんて、そうなくても良いのだろうが。

外に出て見れば、馬車が止まっていた。その紋章を見て、クロードはぎょっとした。そこから、青年が降りてきた。


「っ、」
「あの令嬢は無事についたか?」


クロードは、その人物を見て礼をした。こんなところにいるとは思わなかったが、そこは年の功だ。無様なことにはならなかった。


「はい。殿下」
「たまたま、歩いている彼女に出会ったのだが、私の行く先を気にして、途中で降りたんだ。だが、やはり気になってな。路銀があまりないようで、隣国から馬車に乗せてもらって、あとは歩いていたようだ。……ゆっくり寝ていないようだ。約束に遅れるわけにいかないと無理をしていたようだが、あまりに気になって調べさせた」


先程の情報は、目の前の青年の影からのものだったようだ。

厳密にいえば、留学生が学園に来るまでは何もしないという暗黙のルールがあるが、この場合は仕方がない。目の前の彼は、留学生とは知らなかったのだ。

だが、その辺を気をつけないと暗黙のルールを破ったと取られ兼ねないところになっているが、目の前の青年もその辺を知っているのだから問題はないだろう。


「殿下にご心配とご迷惑をおかけいたしました。妻の従姉妹の娘なのですが、こちらに留学するというので、この家から学園に通えばいいと思っていたのです。まさか、勘当されて、こちらに来るとは思いもしませんでした」
「留学生か。いや、それも、変わるのか。まぁ、何にせよ。隣国から、才女が来るとは聞いていたが、彼女がそうか。まずは休ませてやった方がいい」
「はい。そういたします」
「何か、手伝うことがあれば、言ってくれ。彼女には、馬車の中で世話になった」
「?」
「彼女が元気になれば、学園で会えそうだな」
「……」


クロードは、珍しく楽しそうにしているこの国の王太子に驚いていた。そんな顔をクロードは、滅多に見たことがなかった。

いや、趣味に没頭していると楽しそうにしているが、クロードには理解できないことを趣味にしていた。

多分、そのおかげで、ヨランダは馬車に乗せてもらえたのだろうが、クロードは何とも複雑なものを持ってしまった。ある意味、とんでもないのに目をつけられたのだ。趣味のことさえなければ、素晴らしい王太子なのだが。

馬車の中で何があったのかと王太子を見送りながら、クロードは気になってならなかったが、知りたいような、知りたくないような気持ちが、せめぎ合っていた。

あの王太子のことだ。知らない方が面倒がないかとクロードが、そこを追求するのをやめた途端のことだった。


「父上!!」
「っ、どうした?!」
「旦那様!」


息子と妻たちが声を荒げ、使用人たちが悲鳴を上げたのを聞きつけて、屋敷に舞い戻った。

そこには、倒れたヨランダを抱きかかえる妻とおろおろする息子がいた。


「すぐに医者を呼べ!」
「はい」
「ヨランダ、ヨランダ。しっかりして」
「気を失っているようだ。部屋に運ぼう」


ヴァランティーヌは、泣き腫らした顔をしながら頷き、クロードはヨランダを抱き上げた。その身体の軽いことといったら、驚かずにはいられなかった。それにクロードは眉を顰めずにはいられなかった。

ざっくり聞いたことよりも、もっと前から何かあったに違いない。そうでなければ、ヴァランティーヌが留学して来るのをここで心待ちにしているはずがない。

異変を察知していれば、アポリネール子爵家に乗り込んで行って大暴れしているはずだ。暴走する前に話をしてくれるようになったのは、結婚してからだ。その前は、言葉にするより行動する方が本当に早かった。

まぁ、それはさておき、留学しに来るという知らせが来る前から、ヴァランティーヌが用意した部屋にヨランダを寝かせた。若い娘が好きそうなのを調べて、何年もかけて準備していた。

医者に診察される間にヨランダのことを調べた王太子のことやら、ヨランダに何があったかを妻と息子に話すと……。


「あの男。お従姉様の娘になんてことを」


今にも隣国のアポリネール子爵家に乗り込みに行きそうなヴァランティーヌをクロードは、思わず捕まえた。


「母上。私も行きます」


殺そうとするエミリアンをもう一方の手で取り押さえた。この親子は、こういうところが似ている。一番に乗り込んで行きそうなクロードが、毎回止める役割を担っていた。似なくていいところが、似ているのだ。息子の手綱を掴まえてくれる令嬢がいたらいいが、今のところはいない。

似た性格の令嬢と婚約したら、この家が心配でならないが、そちらも今のところいなくて、ホッとしている。

話が脱線しすぎた。今はヨランダのことだ。


「血祭りにあげに行くのはやめろ。それより、ヨランダの側にいろ。私は、ヨランダを養子にする。目が覚めたら、本人に確認するが異論は?」
「「ありません」」


クロードは、ヨランダが目が覚めてから養子にするのに必要なものを全部揃えて説得して、ずっと我が家にいてもらうべく、必要な書類やら、子爵家で何があったかを事細かに調べさせた。

それは、クロードたちが想像していたよりも、酷いものだった。


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