上 下
22 / 25

22

しおりを挟む

春休みは濃厚だった。

花屋のバイトよりも、写生に明け暮れる日を送ることになるとは思わなかったが、楽しかった。あんなにスケッチブックに描き続けてもいいなんて、贅沢なことはないだろう。

そこから、ジオラマで表現するためにデザインをいくつか考えた。これもまた楽しかった。


「どれも、素晴らしいな」


忙しい合間に琴葉さんのお父さんは時間を作ってくれた。


「これが、いいな。これが、気に入った」


やっと、デザインが決まったな。そこから、プリザーブドフラワーを利用しつつ、ジオラマでどう表現していくかで詰めることになった。


「あそこの庭の草花自体をプリザーブドフラワーにするのか?」
「はい。上手くいったらいいですけど。何分、やったことがないので」
「そうか。悪いな。これだけの大作なら、こんなせせこましく作るのには不向きだろうに」
「いえ、引き受けたからには、間に合わせます。なので、同時に上手くいかなかったとき用にバックアッププランも、並行していきたいと思います。すみません。その、予算の方がまだ目処が立っていなくて……」
「いや、予算の方は妥協しないでくれていい。完成するのが、私も楽しみなんだ。写生も、素晴らしい。特にこの景色だ。あの頃に見た景色そのもので、驚いているよ」
「え? 雨が降っていたんですか?」
「ん? あぁ、見合いの最初は降っていて、晴れてから庭に出たんだ。そこで、足を取られた妻を助けようとして、私が尻もちをついたんだ。あれは、あとにも先にも初めてだったな。彼女は、私の上に倒れて汚れなかったんだ。だが、申し訳ないと謝られて泣きそうにされて、それが何とも言えない気持ちになったのを今でも憶えているよ」


懐かしみながら語られる言葉に僕は耳で聞きながらその世界が見えるような錯覚に陥った。

あぁ。なんて素敵な世界なんだろうか。お互いが一目惚れをして庭に出て、触れ合えたことに喜びよりも、恥ずかしさといたたまれなさを抱いたに違いない。

彼は好きになった人を守れたが、彼女は自分のせいで大変なことになったと申し訳ないと思ったに違いない。

そこから始まって、20年経ったのだ。それでも色褪せることなく、彼の中には残っているのだ。

素敵な世界に閉じ込められたらいいな。

凪は、俄然やる気になった。

それでも、やらなきゃいけないことを疎かにはできない。

3年生となった僕は、時間に追われる日々を送ることになった。

知り合いがあまりいないクラスになったが、受験勉強と学校の試験勉強に依頼に使えそうなのを思いつくままに試行錯誤することになった。

これもまた楽しくて仕方がなかった。時折、父さんに意見を求めたりして、父さんとはよく話したが、母さんは……。


「受験生なのに何遊び呆けてるのよ」
「勉強はしてるよ」
「勉強にだけ集中してればいいのよ!」
「……」


どうにも理解してはもらえなかった。その上、並行線のままとなっていたが、母さんがキレて試作品を叩き壊したのを見て、僕は頭が真っ白になった。

そんな時に父さんが帰宅して、床に散らばったのと呆然自失な僕を見て、母さんを睨んだようだ。


「お前がやったのか?」
「そうよ。あなたからも言ってよ! こんなにかまってないで、ちゃんと勉強しろって!」
「勉強はしてるだろ。現に成績は、落ちてないじゃないか。それより、何で壊す必要があったんだ?」


呆然としている間に父さんが、母さんに謝れと言っても謝らないことで喧嘩となり、ついには家から追い出したのだ。


「父さん」
「もっと早くこうしていれば良かったんだ。悪かった。父さんにできることはあるか?」


僕は、その日、初めて大泣きした。あんなに泣いたのは、初めてだった。

そこから、いっぱいいっぱいになった僕の記憶はあんまりない。

でも、それをきっかけにして両親は離婚することになった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートの威力はすさまじくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...