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しおりを挟む両親は、とんでもない王子に期待をかけすぎているとアンジェリーカは思ってならなかった。
「俺は、なんと言っても王子だからな。お前の祝福が多かろうとも、魔力が大きかろうとも、俺の方が偉いんだ。それを忘れるなよ」
「……」
(偉いから、何だと言いたいのかしらね。忘れなければ、何もしなくてもいいとかだといいけど、絶対に違うわよね)
初対面で王子はそんなことを言って、アンジェリーカが呆気にとられている間に用は済んだとばかりにすぐに帰って行った。言うだけ言って、アンジェリーカが何か言わずとも、それだけで満足したようだ。それにアンジェリーカは呆気に取られてしまった。両親よりも、自己中な人間が目の前に現れたようだ。
アンジェリーカは、王子を追いかけて出て行こうとする人に話しかけた。アンジェリーカがいつ暴走するかを危惧していたのかも知れない。やたらと護衛が多かったのは、そのせいだろう。
そうでなければ、この王子が何かしでかした時に動くためだろう。魔力の暴走を王子がするのではなく、この調子で周りを暴走させる側になるのなら、アンジェリーカにもよくわかる。きっと気づかないうちに敵を増やしていくのも、大したことないからとなめられるタイプだろうが、それにも我慢の限界があるせいで、これだけの人間がついて回っているのではなかろうか。
護衛だけあって、みんな優秀なのだろう。魔力も強く不安定な者はいないようだ。それをぼんやり見ながらアンジェリーカは……。
(まぁ、優秀ではないのを護衛にはしてないわよね。この王子なら、やらかしまくりそうだし敵も多そう。……あ、そうだ)
ふと、気になったことをアンジェリーカは解決することにした。
「ねぇ、聞きたいことがあるのだけど」
「? 私にですか?」
彼の護衛騎士の1人に声をかけていた。他にもいたが、彼がよかったのだ。
アンジェリーカが、そうだと言うように頷くと上司なのか。先輩なのかをチラッと見てから、彼らは目配せしあってアンジェリーカの側に近づいて来たが、距離を保って立ち止まった。
(こういうタイプは初めてね。みんな、私の側に近づけると思うと遠慮しているようで、全くその気がないつめ方してくるのに)
アンジェリーカは、その騎士に好印象を抱いた。指でもっと近くに寄れとばかりにすると怪訝そうではなく、不思議そうにしながら、近づいて来て内緒話よろしく耳元にアンジェリーカは口元を寄せる仕草をすると傍らで膝まずいていた。
「?」
「さっきの王子って、名前なんて言うの?」
「は?」
「名前よ。結局、名乗っていかなかったでしょ?」
騎士は、間抜けな顔をしたあとで笑いをこらえるように口元を手で覆って、アンジェリーカの耳元でこっそりと答えてくれた。
「カロージェロ様ですよ」
「そう。ありがとう。……呼ぶ気にはなれないけど、一応、婚約者だから。それにしても、初対面で自己紹介すらしないまま、満足して帰って行くなんて初めての経験だわ。あの人、私の名前、ちゃんと知ってるのかしらね。まぁ、呼ばれたいとは思わないけど。自己紹介する気も、させる気もないなんて大丈夫ではないわよね」
ぼそっと呟いたのが、その騎士には聞こえたようで堪えきれずに笑っていた。
(この人は、平気そうね)
その顔をアンジェリーカは、じっと見ていた。妙に彼が気になってならなかったのだ。
「おい。行くぞ」
「はい。もう、よろしいですか?」
「えぇ、ありがとう。これ、あげるわ」
「え?」
「私の疑問に答えてくれたから、あげるわ。お守りよ。……病気。よくなるといいわね」
「っ!?」
護衛騎士は、驚いた顔をしてアンジェリーカを見たが、アンジェリーカはもう興味なさそうに部屋を出て行こうとしているところだった。
アンジェリーカが、彼に声をかけたのは、彼には病気の家族がいるのが、アンジェリーカの祝福の力の一つによって見えたからに他ならなかった。
それだけなら、そのまま何もせずにいたのだが、気になってならなくなってしまったのだ。
(昔の私みたいだったわ。何の病気なのかもわからずに治療法も見つからずに亡くなった時のよう。……あの病気は、一体、何だったのかな。まぁ、今更、そんなこと知っても意味ないかも知れないけど。同じような病気をしている人が、私みたいに苦しみ抜いて死ぬことにならずに済むといいけど)
彼の歳の離れた妹が、重い病なのが見えたのだ。それをアンジェリーカが直接癒しに行くと大変なことになることは目に見えている。
(それもこれも私の都合でしかないけど。元気になってほしいと思うだけで周りに騒がれるのも厄介よね)
そのため、婚約者の名前を教えてくれたお礼にアンジェリーカは別の祝福の力で癒しを与えられるようにお守りに込めたのだ。そんなこと、アンジェリーカには造作もないことだった。
造作もないが、アンジェリーカはそれをしたことがなかった。そんなことができるとわかれば、それを目当てにして群がって来る連中がいるからだ。
(本当は、使える力を有効利用したいのだけど、それをやったら金儲けに利用されそうなのよね。あの両親も、親戚も、本当に厄介な人たちしか身近にいないのよね)
そんなことを思ってげんなりしてしまったが、お守りがきちんと効力を発揮しているかが、ちょっぴり気になったが、そこをあまり気にし過ぎていては駄目だとあの騎士の家族みんなが幸せになることを願って祈るうちに同じように困っている者たちが幸せになることを願うようになっていった。
(やっぱり、みんなが幸せになることを願って祈る方が私には、性にあっているわ。もとより、この力を独り占めしたいわけではなかったし。どうせなら、みんなが幸せになってくれた世界で、私も幸せになりたいものだわ)
そんな風に思うようになっていたが、そんなアンジェリーカの中に消えない不安というか。何かに必要とされ始めている感覚が少しずつ強くなり始めていたが、それが何なのかがさっぱりわからなかった。
名も知らない護衛騎士が、アンジェリーカからもらったということを話すことは家族にもすることはなかった。ただ、妹にだけ特別なお守りだとして渡したようだが、それによって驚くような回復を見せることになったが、それでもその騎士はアンジェリーカがくれたお守りのおかげだと誰かに話すことはなかったようだ。
ただ、ひたすらアンジェリーカに感謝して、彼の家族も特別なお守りをもらった相手が誰なのかに気づいていたようだが、その名前を口にすることなく、感謝し続けることになった。
アンジェリーカは、そんなことがあったことも、すっかり忘れ去ってしまったが、彼らが感謝しない日はなかった。
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