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「婚約者になったからって、図に乗らないことね!」
「……何で、あなたの方が偉そうなの?」
「本当にそれよね。候補にすらなってもいないのに」
「っ、!?」


トリシュナは、他の令嬢の言葉が耳に入ったらしく、それで周りも笑うのに腹を立てて、暴言を吐き散らかして居なくなってしまった。

そう、もういい!と言っていなくなってしまったが、いいわけがない。残されたヴィディヤは、頭を抱えたくなってしまった。


「あれは、何をしてほしかったんだ?」


王太子は、初めて見る新種の生き物のようにトリシュナを見ていた。わけがわからずにラジェンドラにこっそりと聞いていた。

そこは、ヴィディヤではなく、側近であり、頼りにしているのもあるのだろう。もっとも、こっそりとしてはいるが、聞こえている。


「さて、あれの思考なんて理解できたことがありませんので。考えるだけ時間の無駄かと」
「そ、そうか。それこそ、私に挨拶もしないから、興味ないものと思ったが、あれで候補に残っていると思っていたのも、凄いな」


ラジェンドラは、それを聞いて固まった。ヴィディヤは、逆に驚きすぎて王太子に声をかけてしまった。


「え? 挨拶もしていなかったのですか?」
「あぁ、普通に突っ立っていた。あんな令嬢がいるのだな。初めて見た。彼女は、貴族になったばかりなのか?」


王太子は、それならわかるとばかりに聞いてきた。

確かにそれなら、わかるが……。


「いえ、生まれた時から公爵家の令嬢です」
「は? 公爵? ……あー、そうか。パーティーで呼んではならないあの公爵家か。そうか、あれが……」


王太子の言葉を聞いていた者たちは、みんな何とも言えない顔をした。それこそ、無礼だと怒鳴りつけてもいいところだが、この方はしなかったようだ。無理もない。会ったことないはずだ。


「あまりに普通にしているから、怒るタイミングを逃してしまった。それに貴族に成りたてなのかと思ったが、そうか。貴族だったのか」
「……」


しみじみと王太子は、貴族には全く見えなかったと言いたいのが、ヴィディヤはよくわかった。

それなのに王太子の婚約者候補に自分がいることに何の疑問も持たないのだ。何でも許されると本気で思っているような気がしてならないが、そんなのが、この国の公爵令嬢だと隣国の者に知られたくない。

だが、公爵家はトリシュナをそのままにしていた。母親はわからなくはないが、公爵は何をしているのだろうかと思う者も多かった。妻と娘があんな調子のため、何を言っても無駄なのかもしれないが、それにしては放置というか。野放しにしすぎている。そろそろ、放し飼いをやめてほしいところだが、学園にいる間はする気がないにしろ。随分前から限界を振り切っているのだ。

どうにかしないと家ごと潰れそうなのだが、どうするつもりなのやら。


「王太子殿下。それより婚約者と出かける時間を気にされては?」
「あ、そ、そうだな」


ラジェンドラのことを王太子は、もう1人の兄のように慕っていた。王太子の従兄とラジェンドラが悪友で、王太子の従兄が留学中なことから、ラジェンドラのことを何かと頼りにしていた。王太子の頼もしい側近なのもあるが、こうして、少し抜けている王太子を何かとフォローしていた。

ちなみに王太子の従兄はサントス・パドゥコーネというのだが、慕っている王太子をからかって遊んでいることがよくあった。世間知らずすぎる王太子が面白いらしいが、ヴィディヤはそんな王太子の従兄に全く負けていなかった。

王太子が、ほんわかしているのをいいことに玩具にしているのが、ヴィディヤにはどうにも我慢ならなかった。

ラジェンドラが、ヴィディヤを怒らせると怖いと言っていたのを体感したのはサントスだった。だが、王太子はそのことを知らない。

王太子の従兄いわく、王太子の婚約者になっていなければ、自分の婚約者にしたかったと本気で悔やんでいたようだが、そんなことで気に入られたくはない。

それを耳にしたヴィディヤは……。


「あら、そのように選ばれる自信は、どこからくるのですか?」


冷めた表情でサントスに言えば、彼は眉を顰めた。


「……俺は、好みではないと?」
「はっきり言っても?」
「やめておけ。お前でも立ち直れなくなるぞ」
「そこまでなのか? それは、興味をそそるな」
「……知らないからな」


何やらはっきり聞きたいと言うのでヴィディヤは、はっきりと伝えたところ、彼はヴィディヤにだけは茶化すことはなくなった。

王太子に礼儀正しくしてくれればそれでよいのだが、彼はヴィディヤにのみ礼を尽くすようになった。

まぁ、それは余談でしかないが、その後、ふらっと留学しに行ってしまった。

ヴィディヤとしては、そのまま帰って来なくともいいと思っていたりする。


「ヴィディヤ。大丈夫か?」
「え?」
「あんなのに捕まっていたんだ。今日は、無理せず、別の日に出かけてもいいんだ」


そう言いながらも、王太子は出かけたそうにしていた。そのために忙しいはずの執務をこなしたのだ。


「いえ、出かけましよう」
「そ、そうか」


王太子は、ヴィディヤの言葉に嬉しそうに微笑んだ。ヴィディヤは、騒がせてしまったとして集まっている面々に謝罪しつつ、その場から移動することになった。

いつも、トリシュナがしたことでヴィディヤが謝罪していた。おかしな話、そのせいでトリシュナのことでヴィディヤが怒られることもよくあった。ヴィディヤは、彼女の姉妹でもなければ、身内でもないのだが。ただの幼なじみなのにおかしな位置づけにおさまってしまったものだ。

ラジェンドラは、やれやれと言わんばかりにしていた。一番苦労をかけているのは、従兄にしている気がしてならない。

これは、疲れているなんて言い訳にできないなとヴィディヤが思い始めるきっかけになった。

本気で、どうにかしなければならない。サントスにしたようにできたらいいが、そんなことでどこかに行ってくれているなら、とっくに成功している。ヴィディヤは、途方に暮れるしかなかった。


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