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「ヴィディヤ、あなたも大変ね」
「え?」


侯爵家の娘であるヴィディヤ・カムダールは、幼なじみの公爵令嬢トリシュナ・バルドゥワジにそんなことを突然、言われた。あまりのことにきょとんとしてしまった。

そう言われる前から何とも言えない視線を向けられてはいた。ちらちらと見られていた気はしていたが、自分ではないと思いたかった。

それが何を意味しているかがわからりたくなかったため、ヴィディヤはスルーしていたのだが、多分、大変というのにかかっているのだろう。

そう、声をかけられたのだから、普通なら何のことだと聞いた方がよいところなのだろうが、ヴィディヤは何のことかとわざわざ聞きたくなかった。この幼なじみに深く関わりたくないのだ。

誰だってそうだ。会話すらしたくない。


「やだ。あなた、もしかして知らないの?」
「……」


幼なじみの話し方にイラッとすることはあった。こういうところだ。人を小馬鹿にした話し方を彼女はよくする。自分の方が何事もよく知っている。そんなことも知らないほどの無知なのかとあざ笑うかのような口振りだ。イラッとこないわけがない。

特にトリシュナから、そんなことを言われたくないと思わせる者が、彼女にはあった。ありまくるほどにある令嬢だ。

その自覚が全くないことで、周りは迷惑しかしていない。幼なじみと広められたヴィディヤは迷惑以外、かけられていない。

そんな性格をしているせいで、トリシュナに親しい友達どころか。友達なんて呼べる者は1人もいない。トリシュナは、友達になってあげているかのようにしているが、相手ははた迷惑としか思っていない。

ヴィディヤは幼なじみなだけで、彼女のことを友達とは思っていない。一度も、そう思ったことはない。

幼なじみだと言うのも、向こうがよく言っているだけだ。幼なじみで、仲良しなんだと。どうして、幼なじみ=仲良しでなければならないのかが、ヴィディヤにはわからないが。彼女の頭の中では、そうなっている。

トリシュナは、とにかくヴィディヤと自分のことを周りにペラペラと話すのが好きな令嬢だ。相手は聞きたいとも思っていないというのに止まらなくなるのは、前からだ。

でも、ヴィディヤは仲良しだとは決して思っていない。ただの幼なじみだ。それ以上では決してない。それ以下なら、他人でいい。知り合いだとなるとそれだけで面倒に巻き込まれるから、幼なじみでなければよかったと最近ではよく思ってしまう。

その幼なじみとなるきっかけも、ヴィディヤが幼い頃にやたらと隣にトリシュナがいただけなのだが。あちらは、とにかくヴィディヤのことをよく知っているかのようにしていて、気味の悪さと怖さが半端なかった。

幼い頃、トリシュナがヴィディヤの隣に陣取ったせいで、まともな友達を作るのにどれだけ苦労したことか。トリシュナを遠ざけようとすればするほど、益々ヴィディヤの側にいた気がする。あの頃から苦労ばかりしてきた。

それでも、成長して学園に入ってからは、授業がバラバラで向こうが、ヴィディヤを頑張って探さない限り会うことはなくなったのだが、時折こうして頑張って会いに来るのだから勘弁してほしい。

他の令嬢たちも、トリシュナの話を話半分どころか。運悪く話を聞くことになっても、そのまま信じる者はあまりいないどころか。全くいなくなっていた。みんな、適当にスルーしている。掘り下げたら面倒なことを知っているからに他ならない。

だが、他の令嬢たちと違ってヴィディヤに対しては、適当にスルーするのが難しいことばかりだった。面倒くさくなって興味ないと言っても、トリシュナはヴィディヤがそれを聞くまで、しつこかった。

今回は、しつこいなんてものではなかった。いつも以上だった。ここまで来るとろくでもないことだとわかったが、流石のヴィディヤでも付き合いきれなくなっていた。


「いい加減にしてよ。私が何を知らないって?」
「あら、やっぱり聞きたいのね」


ニヤニヤとされてヴィディヤは、いつも以上にイラッとした。聞くまでしつこくしていたのは、他でもない目の前のトリシュナなのだが、それなのに聞きたがっているかのように言うのだ。やってられない。

ヴィディヤは、急いでいるというのに目の前を塞いでいるトリシュナ。これ以上になると腕を掴まえられたりする。掴まえられるのも、ヴィディヤは嫌だった。馬鹿力で、爪を食い込ませて来るため、とにかく痛いのだ。

トリシュナと1日会わない時が、どれだけいい日になることか。目の前の彼女には、全くわからないだろう。


「どうでもいいけど、早くしてくれる?」
「何よ。せっかちね。あなたのお母様のことよ」
「は?」


そこで、ヴィディヤは予想もしてない母のことが出て来て間抜けな声と顔をしてしまった。

トリシュナと関わっているとどうにも令嬢らしくいるのが難しい。慣れているはずのヴィディヤでも、予想の範囲が違いすぎる。


「学生時代、自己中で有名だったそうじゃない」
「……」


ヴィディヤは、トリシュナの言葉に怪訝な顔をして眉を顰めずにはいられなかった。母から自己中だった人の話を聞いたことがある。他でも、そうだ。それはヴィディヤの母のことではない。目の前のトリシュナの母親のこととして聞いた。

だが、トリシュナは実母からヴィディヤの母親が酷かったと聞いたようだ。それで、ニヤニヤとされていたのかと思うと腹が立ってならなかった。母を侮辱しているのだ。腹が立たないわけがない。

誰もが知っていることを今更、別の人にすり替えて伝えて何をしたいのかが、ヴィディヤにはわからなかった。

そう、そんなこと、この国の人たちはとっくに知っていることだ。トリシュナが、そんな風に別人のことだと言ったところで、誰も信じはしない。


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