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しおりを挟む兄は、ドゥニーズと婚約破棄してから数ヶ月して、婚約した。
その令嬢がどんな人かは、自己紹介した時にコンスタンスにも会った。
「初めまして、これから、仲良くしてね」
「……コンスタンスです」
彼女は、しゃがみこんで挨拶することもなく、笑顔のままだったが、名前のみで仲良くする気が全くない様子のコンスタンスにイラッとしているのが、コンスタンスにもわかるくらいの令嬢だった。
そんな彼女の名前をコンスタンスは、覚えていない。そんな態度が気に入らなかったのかはわからないが、元婚約者となったドゥニーズのように侯爵家に気軽に遊びに来ることはなかった。
その令嬢とは、姉ともあまり仲良くしていないのか。自己紹介の時にぎこちないところがあったのをコンスタンスは気づいていた。だからこそ、仲良くする気がない態度を取ったのだが……。
「アルレット様にそっくりみたいね」
「コンスタンスは、私よりもずっといい子よ」
「……」
姉妹揃って嫌な感じとばかりにしていたが、それに気づいているのか。いないのかはわからないが、アルレットはしゃがみこんでコンスタンスの頭を撫でた。
「だから、言いたいことがあるなら、私が聞くわ」
「べ、別に何もないわ」
「そう。なら、よかったわ」
「っ、」
何やら不穏な会話がなされていたが、コンスタンスは姉が兄の新しい婚約者が嫌いなのがよくわかった。コンスタンスも好きではないため、何も言うことはなかった。
そんな不穏な感じになっているというのに側で見ていたレアンドルは、どうしていたかと言うと……。
「レアンドル様」
「ん? どうした?」
「どうしたって……」
婚約した令嬢は、今見聞きしていたはずなのに何もフォローしてくれないレアンドルに困惑した顔をしていた。
「妹たちと仲良くしてくれ」
「……」
この状況で、そう言うのだ。婚約者は、自分の味方をしてくれる気はないとわかったようだ。アルレットは、それを聞いて嬉しそうにすることもなかった。
「アルレット。言いたいことは、はっきり言っていいからな」
「そうしてます」
「他でもだ」
「気が向いたら、そうします」
そんな会話がなされていた。今のことだけではなさそうだ。
幼なじみとの婚約が駄目になったせいもあったのかも知れない。何やら、兄はピリピリしていた。
その後、兄は婚約者ができても、前回のように嬉しそうにすることはなかった。ただ、婚約した令嬢だけが兄の腕にくっついているのをコンスタンスは、不可解そうに見ていた。
もっとも、レアンドルさえいればいいみたいにしていて、オクレール侯爵家に入り浸ることもなく、ちょっかいをかけて来ることもないのは良かった。時折、何かして来ようとしても、アルレットに笑顔で阻止されたりしていた。アルレットだけでなく、使用人も庇ってくれていて、コンスタンスが何か言われることはなかった。
そう言う令嬢の名前をコンスタンスは覚えていなかったが。
「お兄様の婚約者のことを気にしては駄目よ」
「うん」
アルレットは、よくそう言っていたが、コンスタンスはそう言われる前から全く気にしてはいなかった。
そんな風に扱われていたせいか。新しい婚約者とレアンドルは長く続くことはなかった。そんな感じで、兄は婚約しても破棄したり、解消したりすることが続くようになった。
どちらからと言うと兄からより最終的には、婚約者から謂われることが多かったようだ。
そんなことが続いてしまったせいか。オクレール侯爵家では……。
「兄様」
「煩い」
「っ、」
数年後には優しかったはずの兄が、すっかり怖いままになってしまっていた。コンスタンスが声をかけても声を荒げることが増えていた。
余裕が欠片もなくなり、周りからも色々と言われることになっているようだ。それで益々、イライラしてばかりいるようになった。全くもって、兄らしくなかった。
コンスタンスは、あれこれ言ったことはないが、条件反射のようにそう言うようになっていた。そのせいで、普通の挨拶すらできなくなっていた。
「お兄様。コンスタンスに八つ当たりしないで」
「お前も、煩いぞ」
「そうですか。いくら、お兄様に睨まれても、私はちっとも怖くありませんけど」
アルレットは、その頃になるとわざと兄を怒らせるようなことをしているように見えた。コンスタンスには、そんな風に見えて仕方がなかった。
「大体、お前が何も言わないからだろ!」
「それは、こちらの問題です。お兄様が言いたいのなら、その相手にだけしてください」
「そんなこと言って、面倒に関わりたくなくて、私に丸投げしているだけだろ」
そんな風な兄妹喧嘩をしていると両親がやって来て、またかと言う顔をしていた。それがオクレール侯爵家では当たり前になり始めていた。
嫌すぎる当たり前だった。コンスタンスは、そうなると兄と姉を止められなくなるため、使用人が危なくないように引き離していた。
「2人共、やめないか」
父は疲れた顔をして現れた。母も現れたが、ため息が増えていた。家族が揃っているというのに雰囲気は最悪だった。
数年前まで、こんな感じではなかったのが、嘘のように穏やかな着心地のよい雰囲気は消えていた。
そんなもの前からなかったかのようになっていて、コンスタンスは泣きそうになっていた。
「コンスタンス。部屋に行きましょう」
「……」
オクレール侯爵家の中は、いつしかぎくしゃくするようになっていた。
それでも、アルレットは妹のことを気にかけ続けてくれていた。両親は、疲れた顔ばかりしてコンスタンスのことも、アルレットが見ているから大丈夫だろうという風になっていた。
それそこ、仕事が忙しくて寝ている時にしか顔を合わせずに父親がいたのを初めて知ったこともあったが、今はもう覚えたからいいだろうと言う感じになっていて、母もコンスタンスのことをアルレットと使用人に任せっきりで、自分の好きなことを始めて家にいることが少なくなっていた。父は前より仕事が忙しいのか。家に帰って来ない日も増え始めていた。
そんな中で、アルレットが婚約することになった。相手は、この国の王太子だった。
しかも、兄の一番最初の婚約者だった姉の幼なじみのドゥニーズと争って、アルレットが王太子の婚約者になったらしく、兄との婚約が破棄されて以来、オクレール侯爵家にドゥニーズは来なくなって、どうしているのかと思っていたところで、そんな噂が街に出かけたコンスタンスにも届いた。
コンスタンスは、2人が争ったと聞いて首を傾げる人々が多いのには気づいていなかった。ただ、自慢の姉が王太子の婚約者になったことが嬉しかった。
「お姉様、おめでとうございます」
「ありがとう」
「お姉様……?」
「何?」
「……嬉しくないのですか?」
「え?」
「浮かない顔をしてるわ」
コンスタンスは、複雑そうな顔をする姉に首を傾げた。
「コンスタンスと遊べなくなってしまうわ」
「お姉様。私なら大丈夫よ」
どうやら、姉はこの家で一人ぼっちになるのを気にしていたようだ。
でも、この頃には家庭教師もついていて、コンスタンスはそれなりに忙しくしていて、アルレットがわざわざ時間を作って構ってくれようとしたのを安心させるのに躍起になっていた。
アルレットは、王太子妃となるために勉強が忙しくなってしまい、妹を気に掛けていても構う余裕はすぐになくなった。
そんな姉と違い、婚約してもなぜか毎回、破棄や解消になって、どんどんとやさぐれていっている兄は、そんな妹たちに気を遣うこともなかった。
更にはそんなレアンドルに頭を悩ますこともしなくなって、自分たちの楽しみを優先する両親にコンスタンスは、白けた目を向けていた。もはや、両親や兄に変な期待はしなくなっていた。特に両親には。
コンスタンスは、オクレール子爵家で使用人と家庭教師が相手をしてくれることが増えて、家族と会話することが一層減っていったが、両親も兄も気づいていなかったようだ。
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