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しおりを挟むそんなことが続いていた。ある日、突然、様変わりすることになった。
レアンドルが怒り心頭で家に帰って来たのだ。そんなこと初めてだった。コンスタンスは驚いてしまって、姉の後ろに隠れたのはすぐのことだ。レアンドルが全く知らない人に見えたのだ。
もっとも、ここ最近は、知らない人に近づいていたが、一気に他人にしか見えなかったのだ。
それを見て、不思議そうにアルレットは聞いた。
「お兄様。パーティーに行かれたのでは?」
「取りやめた」
「……」
いつもは、とても優しい兄が、見たことないほど怖い顔をしていて、コンスタンスは何とも言えない顔をして、必死に見ないようにした。そうでなければ、トラウマになりそうだった。
使用人たちもビクついていたが、アルレットは平然としていた。
「お兄様。コンスタンスが怖がっているわ」
「え? あ、いや、すまない。コンスタンス。お前に怒っているわけじゃないんだ」
「……」
兄は、ハッとした顔をして、いつものようにしたが、顔は少し和らいでも目は怒ったままだった。よほど、腹に据えかねたことがあったのだろう。
自分に怒っていなくとも、見慣れぬ兄にアルレットにしがみついたままだった。姉は、兄と同じようにコンスタンスに言ったが、怖いものは怖いままだった。
そんなことをしていると両親が部屋から出てきた。騒がしくしていたわけではないが、何かあったようだと使用人がオクレール侯爵夫妻を呼びに行ったようだ。
「レアンドル、どうした?」
「父上、母上。お話があります」
「わかった。書斎で話そう」
「アルレット、コンスタンスをお願いね」
母がアルレットにそう言ったのはすぐだった。父はコンスタンスの頭を撫でてから書斎に移動した。
家族が移動するのを見送ってから、姉が柔らかな口調で声をかけてきた。
「コンスタンス。部屋に行きましょう」
「……うん」
姉とて、何があったか気になるはずだが、コンスタンスの手を引いて部屋に行った。その後ろからは、心配そうにしている使用人がいた。コンスタンスが、怯えているのを気にしているのとレアンドルが怒っているのを気にしているのだろう。
それか、そわそわしている者もいるようだが、野次馬したいのかもしれない。
姉はコンスタンスに本を読んでくれたりしたが、浮かない顔をしていた。それがわかってしまい、コンスタンスはもういいと言おうとしたところだった。
そんな風に読まれても、コンスタンスはちっとも楽しくなかったのもあったし、申し訳なさもあってのことだ。
そこでレアンドルが、控え目に末っ子の部屋をノックして顔を覗かせた。その顔は、いつもの兄の顔をしていた。顔だけでなくて、目が困ったようなものになっていた。
妹のご機嫌伺いに来たようだ。そんなこと、最近はしていなかったが、今日は違うようだ。
「入ってもいいか?」
「……いいよ」
じっと兄を見てコンスタンスは、そう答えたのはすぐだった。ホッとした顔をして入って来た。それは、らしくないものだった。
「おはなし、おわったの?」
「あぁ、終わった。コンスタンス、怖がらせて悪かった」
「……ごほん、よんでくれる?」
「ん? あぁ、もちろん。いいぞ」
アルレットは、兄が読み聞かせると聞いて、部屋を出て行った。きっと行き先は母のところだろう。
コンスタンスは姉の行動が何となくわかったが、兄に何があったかには興味なかった。
そんなことを思っていると今度は父が、兄の時のようにコンスタンスの部屋をノックして顔を覗かせた。その動きが、よく似ていた。
「今日はレアンドルか?」
「うん。にいさまが、よんでくれる」
「そうか。残念だ」
何気に父は、末っ子に読み聞かせをするのを楽しみにしているようだが、コンスタンスがそう言えば代われとは言わなかった。
兄や姉の時には、父はあまり読み聞かせはしていなかったようだ。末っ子が、忙しくしすぎた父を見て……。
「だぁれ?」
「っ、!?」
誰かわからなかったのがきっかけだ。申し訳ないが、寝ている時にあちらがコンスタンスの顔を見ていても、コンスタンスは寝てるのだ。わかるはずがない。
それを聞いて、父親は崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。それすら、この人、何で家にいるんだろうかと言わんばかりの不思議そうな顔をしていたようだ。
「コンスタンス。お父様よ」
「いたの?」
「っ、!?」
「コンスタンス。いないと思っていたのか?」
「うん」
見たことないから、いないと思っていたとケロッと言うのに息子は、父を励ましていた。
だが、母と姉は……。
「これは、あなたが悪いわ」
「そうね。私も、コンスタンスと同じように小さい頃、知らない人がいると思っていたことあったわ」
「っ、お前もか!?」
「えぇ、コンスタンスみたいに言わなかっただけよ」
「……」
このことがあってから、それまで遅くまで仕事をしていた父は、コンスタンスの就寝時間に間に合うように帰って来るようになった。
だが、何をしていいのかがわからずにいるとコンスタンスが、絵本を読んでくれと頼み、それから日課になっていた。
まぁ、そこから今日は何をして遊んだとか聞いても来ないところが、父だ。
兄が絵本を読むだけでなくて、あれこれ聞いているのに驚いた顔をしていた。これで、仕事はできているのかと思われるところだが、仕事は優秀だった。子育てに対して、ポンコツなだけのようだ。
父が、兄のしているのを真似るようになったのは、その後からだった。わかりやすい人だ。
そんなことがあって、しばらくして兄の婚約が破棄されたとコンスタンスは耳にした。直接、教えられたことではない。
「婚約破棄になったなら、もうここには来ないわね」
「流石に来れないでしょ」
使用人たちが、そんな話をしていたのをコンスタンスは耳にした。
「よかった。あの方が来ると使用人の男性にあれこれすり寄るから、誤解されやしないかってビクついていたのよね」
「本当に困ったものよね。レアンドル様と婚約したのにそんなことをするとは、最初信じられなかったけど」
「でも、今回の破棄の原因も、それがあったから納得よね」
「いつかこうなると思っていたのは、私たちだけじゃないでしょうね」
そんなようなことを話していた。
コンスタンスは、よくわからないが、ドゥニーズがこの家にもう来ないと言うのだけはちゃんとわかった。それだけがわかれば、特に他のことは気にならなかった。
あの時、兄が怒っていたのは、婚約者だったドゥニーズに対してだったようだが、その詳細をコンスタンスが詳しく知ったのは、もう少し大きくなってからだった。
コンスタンスとしては、そんなこと永遠に知らないままでも問題ないと思っていたが、そんなことはなかったことを痛感することになるとは、この時のコンスタンスは知りもしなかった。
ただ、あの人が来なくなれば、元のようになって家族といられると思っていた。でも、ここから元のようになっていくのが難しくなっていくとは思いもしなかった。
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