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ナーラの母親は、トゥリベティ伯爵と話し合いの末、離婚をしてトゥリベティ伯爵家をナーラと一緒に出て、すぐに再婚をした。

浮気をしていたのは、父親の方ではなくて、こっちの方だった。ナーラは、浮気をするのは男がするものと勝手に思い込んでいたようだ。そういうことは、男がするもので、母親は捨てられたと思いこんでいたため、浮気という単語だけで家族の話し合いもろくに聞いていなかった。

もっとも、大事な話しあいをする前にこの国のほとんどの人が、トゥリベティ伯爵夫人が浮気しているのを知っていて、知らない人間がいるとしたらナーラくらいしかいないのではないかというくらい、かなり有名だったことをナーラは知らなかった。

まぁ、知らなかったからこそトゥリベティ伯爵家に残る兄と妹は喜んでいるのすら、気づいていなかった。特にレーシュミは、必死になって姉がトゥリベティ伯爵家に残らないようにして頑張っていた。それに気づいていたトゥリベティ伯爵は、止めることは決してしなかった。

ラムチャンドラの方は、レーシュミのやることに何とも言えない顔をしていた。その姿を見ていたトゥリベティ伯爵は、跡継ぎの情けない姿に厄介者と離婚して、似たりよったりなナーラが家を出ても、まだ問題が残っていそうだと思って苦笑するしかなかった。


「レーシュミ。疲れただろう? ゆっくり休め」
「お父様。まだ、油断なりませんわ」
「ん?」
「お姉様ったら、あの人と母方の祖父母のところに行くとシュリティお姉様たちに言っていたみたいなんです」
「……は?」


学園で、そんなことをふれ回っているとは知らなかった父は間抜けな顔をした。


「どういうことだ?」
「浮気していたのをあの人ではなくて、お父様だと思っているようです」
「何で、そうなるんだ。みんな集めて話をしたのに」
「偏見でしょうね。あの人、浮気するのは男性がすると思っているみたいです。でも、その相手に女性がいなきゃ、成り立たないってことが頭になかったみたいです」
「……」


父親は、レーシュミの言葉に絶句してしまった。

そうなのだ。男が浮気するものと思っているナーラは、相手の女のことを失念していた。そのお相手がいなければ、浮気にはならないのに。我が家の浮気は、父がしていて全面的に悪いのは、父親が母を蔑ろにしたからだと思っているのだ。


「……通りで、あちらについていくと言うだけあるな」
「そうですね。なので、まだゆっくりできません。また、シュリティお姉様に迷惑かけるかもしれませんから」
「そうか。そんな誤解をしているなら、あり得そうだな。レーシュミ、何かあれば、すぐに教えてくれ。あちらの家にも、シュリティ嬢にも、また迷惑をかけることになっては大変だ」


レーシュミは、父の言葉に頷いた。

そんな風にレーシュミが、シュリティのことを気にかけていることすら、ラムチャンドラは気づいていなかった。ナーラのせいで、シュリティの婚約が解消となったのだ。

ナーラは自分のせいだと欠片も思っていないが、トゥリベティ伯爵家としては全面的にナーラのせいで、解消に追い込んだと思っていた。

それは、少し置いといて、この国では離婚すると男女関係なく、どちらもすぐに別の人と結婚してもよかった。

そのため、ナーラは隣国に行くことはなかった。彼女の母親が、この国のヤダブ男爵と結婚したことで、男爵令嬢となったのだ。

そして、お別れうんねんと言っていたのに同じ学園に通うことになった。そのことでナーラは何事もなかった顔をするのかと思いきや……。


「何で言ってくれなかったのよ!」
「……」


実の兄妹に自分は聞いていないみたいに学園で喚き散らしていた。

シュリティは、それを見て他の令嬢たちと顔を見合わせた。やっぱり勘違いしていたんだなと思いつつ、何で兄妹を怒鳴り散らしているのかと首を傾げずにはいられなかった。


「言うって何の話だ?」


ラムチャンドラの方は、何を言いたいのかが本当にわからない顔をしていた。

レーシュミの方は、面倒な人に捕まったと言わんばかりの顔をしていた。


「2人は、知ってたでしょ?! だから、残ったんでしょ!」
「知るも何も、集まった時に全部説明してくれていたじゃない」
「え……?」
「お父様が説明して、どうしたいかって聞いたら、そっちが浮気してる方を選んだんじゃない。もう、忘れたの?」
「は? そんな話、聞いてないわ!」


それを言われてもナーラの兄と妹は、呆れた顔をするだけだった。


「聞いてなかったのは、そっちだ。それと今後は、節度を守ってくれ」
「は……? 節度??」
「お前は、今は男爵令嬢。私たちは、伯爵家の子息と令嬢だ。そんなこともわからないのか?」


血の繋がっているとは言え、もう身分が違うのだと言うのは無理ないが、ナーラはその辺のことを全く理解していなかった。

そう言われて腹が立った顔をしていた。


「っ、私は」
「トゥリベティ伯爵家にナーラの籍はもうない。あれだけ言っていたから、ヤダブ男爵が養子縁組をしている。そう説明されたはずだ。お前も納得しているだろ? それすら、覚えていないのか? 同意書にもサインしていただろ?」
「っ、」


どうやら、それも聞いていなかったようだ。それなのにサインをしたのは、覚えていた。ナーラはサインと聞いて顔色を悪くさせていた。

ナーラは、昔から思い込みが激しいところがあった。兄と妹が、自分たちだけが知っていて残ったと思い込んで怒鳴り散らしていたが、そうではなかったことがわかると怒りの矛先をすぐに変えた。

この後で家に帰ってから、浮気していた母親に何があっても味方でいると言っていたのをもうなかったことにして、怒鳴り散らした。


「信じられないわ!」
「ナーラ? いきなり、何?」


どんなことがあっても味方になると言っていた娘が、学園から帰って来るなり怒鳴り散らすのに母親は、怪訝な顔をした。

ナーラの方は、そんな母に嘘をつかれていたかのようにしてボロクソに言った。


「浮気をするなんて、最低だわ!」
「っ、浮気じゃないわ! 運命の人と出会ったのが遅かっただけよ!!」
「はぁ?! 浮気は、浮気でしょ! 綺麗にまとめたって、既婚者がやったら浮気って言うのよ!! 信じられない。そんなのに騙されるなんて」
「騙してないわ! 何で、そんな酷いこと言うのよ」


周りからも色々言われていたが、それでもナーラだけがわかってくれたと思っていたヤダブ男爵夫人は全然わかっていなかったこととボロクソに責め立てられることになって、やっと幸せになれたと思っていたとのろにあれこれ言われて泣くことになった。ヤダブ男爵は、ナーラに責め立てられて泣いているところに帰宅して激怒した。


「何をしているんだ!」
「騙されたから、怒っているだけよ!」


浮気していたのは事実だというのにヤダブ男爵夫妻は、2対1でナーラを責め立てるようになったのは、この時からだった。

元より、ヤダブ男爵は血の繋がった子供が欲しかったが、ナーラが母親の味方に即座になったと聞いて養子縁組までしたのを早まったと思って物凄く後悔していたのと責め立てて泣かせているのを見たこともあり、養子縁組してもヤダブ男爵夫人となった女性の娘でも、自分の欲しかった娘ではない。それもあって、憎らしくなって仕方がなかったようだ。

そんな風に責め立てられることになったナーラは、あれだけとんでもない勘違いをして家を出ても、また元のように暮らせると思っていた。ちょっとした勘違いで彼女の中では間違いなんて誰にでもあると思っている程度だったようだ。浮気した方を勘違いしたとは言え、すぐさま味方するような娘が戻って来たいと言われても、父親は取り消す気はなかった。そうなった時のために縁を切る書類にサインまでしたのすら、ナーラは都合よく捉えていた。

ましてや男爵も、こんなことで養子縁組を取り消すことになったら、これまた色々言われると思って、そのままにすることにしたのも勘違いを増長する要因になっているとは、誰も思わなかった。

そこでまたナーラは勘違いをすることになった。何だかんだ言ってもヤダブ男爵家に必要とされている存在だと思い込んでいたのだ。何とも都合のよい頭をしている。

そうであろうとも、父親のところに戻りたいナーラは母親を責め立て続けることをやめなかったせいで、母と養父に怒鳴り散らされる日々を送ることになったが、そんな毎日で気を変にするような繊細な部分はナーラには全くなかった。


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