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しおりを挟むそんなユズカのところに昔、祖父母に世話になったという老女が現れたのは、事故から目が覚めて数日後のことだった。
無傷とはいえ、検査に数日かかっていてユズカは退院せずにいた。もしかすると引き取り手が見つからなくて検査待ちとして入院したままだったのかも知れないが、その辺のことをよく知らずにいた。誰も詳しい話をユズカにしてくれなかったのだが、それを知りたいと思わなかった。知ってしまえば、早く退院することになってしまいそうで怖かったのもあった。
そんな中で現れた老婆は、ユズカの両親のこともよく知っているようだった。
(なんか、とっても、不思議)
彼女は、とんがり帽子の先っぽが曲がっていて、真っ黒い古びたドレスを着ていた。なのに靴は真っ赤なものを履いていた。靴だけが、ピカピカで新品のようにユズカには見えた。綺麗に磨き上げられた靴と古めかしい魔女っぽいドレスのミスマッチ差にユズカは、目をパチクリとさせた。
(全力でハロウィンの仮装をしている人みたい)
ドレスは古く見えるが綻びがあるわけでも、繕われているわけでもないように見えた。ただ、何年、何十年、いや、もっと古いもののようにユズカの目には見えたが、それを一生もののように大事に着こなす老女にこんなことを思った。
(まるで、昔話に出てくる魔女の仮装をしているみたい。旅行中にあった魔女の人たちよりも、何だか、とっても本物みたい。この人こそ、本物の魔女って感じがする)
ユズカは、彼女を見た時にそんなことを思った。不躾にも、上から下までしげしげと見ていたが、それで何か言われて咎められることはなかった。
それこそ、ユズカでなければ、その出で立ちを見て悪い魔女だと言うところだったかも知れないが、ユズカは魔女の区別なんて見ただけでは、絶対にわかりっこないと思っていた。
(人間だって、見た目で判別つかないのに。着ているものだけで、魔女を判断できるわけないもの。それで、判別できるようにしていたら、魔女ってわかり易すぎて生き残れてない気がするし)
なぜか、そんなことを思ってしまった。
それこそ、会ったばかりで、格好だけを取り上げて判別は無理だと思わない方が、ユズカにはどうかと思えてならなかった。
ユズカは小学生でも、他の子供と比べるとどこか変わっていた。転勤ばかりで、同じことばかりを繰り返すような偏見の目を毎回向けられようとも、同じような偏見を他人に向けることをしなかった。見た目だけで、その人の全てがわかるわけではない。
でも、面倒だと思って距離を置いて過ごしていたのは、諦めていたといえなくもないのかも知れないが、両親との最後の旅行先のようなところなら、そんな距離を推し量ることもないのにと思ってもいた。
(ママが読んでくれてた絵本からでてきたみたい。懐かしいな。幼稚園の頃によく読んでもらってたっけ)
その絵本がお気に入りすぎて、他の絵本とは傷み具合が違っていた。それほどまでにユズカが幼稚園に通っていた頃に毎日飽きもせずに読んでもらっていた絵本のことを思い出して、それだけでも泣きそうになっていた。
ユズカが入院している病院のお医者さんも看護師さんも、その老女には何も言わなかった。他の人が季節通りの格好をしているのになぜか、“おかしな格好だ”と言っているのが、ユズカには不思議だった。
事故にあったのは、夏休みだった。だから、半袖でいるのはおかしくないはずだ。ユズカはパジャマを着ていた。長袖長ズボンでいたが、冷房が効いているわけでもないのに丁度よかった。
(今年の夏はもう過ぎたみたい。建物の中にいるとわからないわ。もしかして、事故にあってすぐに起きたと思っていたけど、眠っていたとか?)
そんなことを思っていると老女がユズカにこんなことを言った。
「ユズカ。私と来るかい?」
「っ、!?」
ユズカにとって、両親の兄弟姉妹がいると聞いたことはなかった。父方も、母方の祖父母も、もう亡くなっているのも聞いていた。
他に兄弟もいないし、従兄弟もいないユズカにとって、それはありがたい申し出でしかなかった。10歳にして、このチャンスを逃したら後悔すると思った。
母が身をていして守ってくれたからこそ、無傷で助かったのだ。生き残ったからには、精一杯生きることこそ、自分にできる残された親孝行ではないかとその時のユズカには思えた。
「はい。えっと、これから、お世話になります。よろしくお願いします」
母に教えられたことを思い出して、ユズカはベッドの中で姿勢を正して頭を下げた。
「ひひっ、礼儀正しい子だね。そういう子は好きだよ。特別に“おばあちゃん”と呼んでいいよ」
「おばあちゃん……?」
「なんだい?」
「おばあちゃんは、いつからおばあちゃんなの?」
「ひひっ、面白いこと聞くね」
何だか、ずっとおばあちゃんな感じがしたのだ。だから、孫がたくさんいるのかと思ったのだが、違うのだろうか。
「ん~、他におばあちゃんって呼ぶ、孫はいるの?」
「いないよ。ユズカだけさ。特別だって言ったろ?」
「そっか。特別なんだ。……嬉しい」
こうして、ユズカは新しくできたおばあちゃんと暮らすことになった。
この時、ユズカは気づいていなかったことがあった。
ユズカも両親と一緒に生まれ育った世界で死んでしまっていて、両親と旅行と称して来ていた異世界に自分だけでふた旅戻って来てしまっていたことに気づかないまま、成長していくことになったのだ。
その異世界が、あの外国のような年中ハロウィンのようなところのせいで、ユズカは成長するにつれてすっかり普通が薄らいでいってしまい、生まれ育った世界との違いがわからなくなっていくことになるとは思ってもみなかった。
あの旅行先とユズカが住むことになった世界が、隣合わせのパラレルワールドのような世界となっていて、老女は若い頃にそこにユズカの祖父母が新婚旅行で迷い込んで来た時に出会い、何かにつけて迷い込んで来るうちにユズカの両親とも知り合いになって、行き来のコツを知ることになり、孫であり娘のユズカにも会わせようとして、珍しく会えなかった。
それが、とんでもないことになってしまい、ユズカは天涯孤独の身の上になっただけでなくて、本来老女が住んでいる世界に迷い込んだままとなってしまち戻れなくなったことを知ったことで、面倒を全面的に見ようとしてくれていたとは思ってもみなかったのだ。
そもそも、その話をこの時にされていてもユズカは信じたりはしなかっただろう。そして、成長していくにつれて不思議なことがたくさんあったが、わずか10歳の栗栖ユズカにとって、そこが異世界だからではなくて、そういうものなのだと認識されたまま、それが常識となっていくのも時間の問題でしかなかった。
栗栖ユズカと名乗っていたのが、ユズカ・クリスと名乗ることになっても、周りが名前から名乗っている者たちばかりで気にもとめることはなかった。
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