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あの日の出来事をユズカは、今も忘れたことはない。そのことを忘れられずに家族を亡くしてからも生きていた。

あの一瞬の出来事を思い出すと辛いなんて言葉では済まされなかった。あの時間をほんの少しだけずらすことができたら、あんな風に大切な者を亡くすことはなかったと思ったことは、一度や二度ではなかった。

それでも辛い以上に幸せな時間が、その出来事までにたくさんあったことを幸いにも覚えていた。決して、長くはいられなかったが、それでもユズカにとって幸せがぎゅっとつまった家族との時間をユズカはしっかりと覚えていた。

幸せな時間を思い出さずにはいられない時の方が辛い経験をしたあとは圧倒的に多かった。それでも、そんなことがあっても家族みんなが揃っていた幸せな日々をどうして忘れられるというのだろうか。どんなに悲しくて寂しくても、ユズカにとっては忘れたくない思い出が記憶の中にはあった。

そう思って、ふと思い出すたび、ユズカは無性に家族に会いたくなってたまらなくなる時も、昔はよくあった。……完全になくなることはないが、それでも時間と共にユズカも強くなっていっていた。

どうあっても、生きていくために強くならざるおえなかったのもあるが、そう思えるようになるまで支えてくれた人がユズカの周りに居てくれたからが大きかった。

でも、その人たちと出会う前のユズカは、どうしたら強くなれるかがわからなかった。その答えをちゃんと掴むまでが物凄く大変で辛かった。


(パパとママに会いたいな)


最初は、両親のことを思い出すたび泣いていた。泣くことしかできなかった。家族が恋しくて仕方がなかった。泣いたところで会えるわけではないのに泣かずにはいられなかった。会いたくて、会いたくて泣いていた。

でも、それも月日が流れると違っていくことになるとは、最初の頃は思いもしなかった。人間は、日を追うごとに変わっていった。

ユズカも、そうだった。家族を忘れようとしたわけではない。思い出をなかったことにしたこともない。どうやったら、早く両親に会えるかを考えたことは、一度もなかった。それについては、ユズカは考えたこともなかった。早く会おうとせずとも、会えるとわかっていたからかも知れないが、早く会おうとしたら両親を失望させることもよくわかっていたからかも知れない。

せっかく生き残ったのに。両親に会いたいがために早死したりしたら、両親どころか。祖父母にすら会えない気がしていた。それは、ユズカにとって無意識なものだった。

色んな節目の時がユズカに訪れた。そのたび、思い出しては、家族のことを懐かしむようになれたのは、高校を卒業した辺りからだった。

会いたいと思う気持ちに心変わりはないが、それでも思い出を懐かしんで笑えるまでになったのは、ここ数年のことだった。

ユズカがあの日のことを思い返すのは、10歳の時の家族旅行のことだ。あの時の旅行は本当に楽しかった。でも、それが楽しい思い出のままで終わって、いつもの日常に戻ることはなかった。旅行の帰り道で、家にたどり着く前に事故にあってしまったからに他ならない。

家族で旅行したことは、たくさんとは言えないがそれなりにあった。年に数回、一泊、二泊はユズカが物心ついてからあったのを覚えている。どれも長く滞在した旅行ではなかった。話題の観光地巡りをしていて、どこに行っても観光客が多くて、ユズカだけでなくて、両親も疲れ果てて帰ることが多かった。人疲れすることがいつものことで、でも現地では美味しいものがたくさん食べれた。

食べるまでも並んだりして、それに疲れて並ぶのをやめて人があまりいないところに入った方が美味しいものを食べれたこともあったりもした。あれで、並んでいるから絶品が食べれるとは限らないと学習したようなものだった。

そんなことが続いていて、旅行と聞いても最初はユズカもあまりどころか、全く期待していなかった。

あれが最初で最後になる長期の旅行になるとは思ってもみなかった。きっと、そう思っていたのは、ユズカだけでなくて両親も同じだったに違いない。あんな一瞬で、今生の別れが訪れるとは誰も思うまい。

旅行先の詳しい名前が、どこだったかをユズカはなぜか思い出せなかった。詳しい場所について全く覚えていなかったが、車で行ける距離だったのは確かだ。どんなところに行って、どんな人たちに会ったかはしっかりと覚えていた。車に乗ってすぐにユズカは凄い眠気に襲われて、数時間して目が覚めたら車から見える景色が変わって見えたのも覚えている。

両親を亡くしたから思い出せないのか。それとも、あまりにも不思議なところすぎて、感覚がおかしくなってしまっていたから思い出せないのかがわからなかった。

日本からは出ていないはずなのに何やら外国のようなところだったのははっきりと覚えている。出会う人たちも、みんな日本人離れしていた。

外国に行ったことは一度もない。でも、ユズカには物凄く居心地がよかったことだけはしっかりと覚えている。

できることなら、そこに居続けたいと思う気持ちを持つくらいにユズカはそこが肌にあっていたことも覚えている。

日本人離れした場所に居続けたい理由にユズカがクォーターだったことも関係していたのかも知れない。母がイギリス人と日本人のハーフだったこともあり、母親よりも母の母。つまり、ユズカにとって祖母であるイギリス人の血の方が母親よりも強く出ていて、日本の小学校では髪を染めているのだと誤解されたこともあったが、そのたび祖母の話をしたりした。

それに瞳の色も青いこともあり、カラコンをつけているとこれまた色々と言われてしまっていて、面倒になって伊達メガネをかけるようになっていた。それでも、面倒なことが全部なくなったわけではなかったが、とにかく日本に住むのにユズカの容姿は何かと大変だったのは確かだった。

だからといって、自分の容姿を嫌いになることもなかった。髪の色も、日本人離れした瞳の色も、ユズカは好きだった。それを隠すように生きることが嫌だと思うことはあったが、ありのままで生きられるところに住みたいと思うことはあったが、それを両親に言ったことはなかった。

だが、あの旅行中は摩訶不思議な体験ばかりをしていた。両親も一緒になってありのままでいられたのだ。きっと、両親もユズカのように言葉にしていなくとも、ありのままで生きられるところを求めていたのかも知れない。

ユズカの父親は、転勤をよくしていた。1年以上同じところにいたことがなかった。

そのせいで、1から同じことを説明するのをユズカは面倒に思っていた。それは、母も同じだったようで、小学校に挨拶に行くたび、ユズカの髪の色や瞳の色など、子供の頃の写真から祖母の写真まで見せて、染めてもいないし、カラコンでもないと説明していた。

一度、そんな説明を毎回しているのを見て、ユズカはこんなことを言ったことがあった。


「ママ。髪の毛を真っ黒にして、瞳もカラコンにして目立たなくしてもいいよ」
「そんなことしなくていいのよ。あなたは、そのままで綺麗なんだもの。そのままでいるだけでいいのよ。先生たちにも、周りにも、何か言われたら、あなたのルーツを話してあげればいい。隠して生きる必要なんてないのよ」


そうは言われていたが、上級生になるにつれて色鮮やかな美しい青い瞳となったユズカは、その瞳を隠すことを選んだ。

視力は良かったが、太陽の光が眩しく感じてならなかったのもあって、伊達メガネを眼科ですすめられたのも大きかったが。


「紫外線に弱いのは、パパの方に似たのかもな」
「そうなの? あ、だから、パパも眼鏡なの?」
「いや、パパは目も悪いんだよ」
「パパの目の悪さが似たら大変よ。眼鏡はずしたら、この距離でも誰だかわからないんだから」
「そ、そんなに?」
「そこまでじゃないよ」
「あら、あなた、眼鏡を壊した時にマネキンに話しかけてたことがあったじゃない」
「へ? あれ、君じゃなかったのか?!」
「……」


どうやら、そこまでらしい。そんな話を聞いたのは、ユズカがあの旅行に出る少し前だった。


(パパに似たら、私もマネキンとか、置物にはなしかけてたかも。目が悪いからって言うより天然も強い気がするけど……。しかも、その時に言わないで、その話を何でもないみたいに覚えていてママがサラッとするのが凄いわ)


そんなことを思っていると父が、そうならそうと言ってくれてたらいいのにと凹んでいるのを見て、ユズカは苦笑せずにはいられなかった。母は、過ぎたことで、目が悪い父にその時伝えたところで、やらかす時はやらかすのだから変わりないと言うのに更に落ちこんでいた。。

ユズカにとっては、それすら懐かしい思い出になっていた。

旅行の前のことも、ユズカの記憶の中に残っているのを思い出すたび、笑えるようになっていくのも時間が経てば経つほど増えていった。

前ならば、思い出すたびに会いたくてたまらなくなって泣いてばかりいただろうが、成長したユズカは泣くこともめっきり少なくなって、思い出すたび元気になることも増えた。

それもこれも、両親と共に事故にあった車にユズカも同乗していたが、奇跡的に助かったからこそだった。


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