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しおりを挟む姉が大学生となり一人暮らしを始めてから、美穂と母は2人っきりの生活が始まった。
(姉さんがいないだけで、こんなにも違うのね。高校では色々あったけど、家の中がこんなにも快適になるとは思わなかったな)
そう、平穏が訪れたことを喜んでも良かったはずだが、母との暮らしに不思議な感じがしてならなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
母も、以前よりも早く帰って来るようになっていた。美穂の気のせいではないはずだ。
由美が家を出てから、母は以前より美穂の側にいてくれるようにもなっていた。何より、気兼ねなく話しかけてくれるようになった。
「今日のお弁当も、美味しかったわ。それに彩りもよくて、羨ましがられたわ」
「自慢したの?」
「私からはしてないわ。向こうが、勝手に羨むのよ」
美穂は、高校になってから母の分のお弁当と自分のを作っていた。それが続くようになり、職場で羨ましがられ始めたようだ。
(自慢に思ってもらうのが嬉しかったはずなんだけど、なんか変な気分だな)
姉に無理やり作れと言われた時よりも気合が入っているのは、自分の分も作っているからだろう。前は、自分の分は作れなかった。姉の分と母だけを作っていた時に自分が仲間外れなような感覚がしていたのかも知れない。
姉と同じなんて、望んだことはない。母と一緒でいたいかというとそうでもないかも知れない。もしかすると母だけは、無意識のうちに姉に取られたくないと思っていたのかも知れない。
でも、姉を抜きにして自分だけが母を独占しているのも、変な気がし始めていた。
(自慢されて嬉しいはずなのに。娘が私だけみたいなこという母さんは、好きじゃないかも)
なぜか、以前とは違って美穂はそんな風に思うようになっていた。
その張り切っているのが全面に出過ぎていて、母が浮かれきっているのを見ているうちにそんなことを思うようになっていた。職場でやたらと美穂の話題を口にしているようなのだ。
(母さんが楽しそうにしているからいいのかも、知れないけど。……なんか、やってることが姉さんと似てるんだよね。馬鹿にされてる方が嫌だけど、知らない人たちに自慢されるのも、嫌かも)
由美がいないだけで、美穂たちはやっと気兼ねなく親子らしいことができると思っていたが、そうはならなかった。それだけでなくて、美穂は高校でのことも相まって、考えさせられ始めていた。
そんなことを考え始めていた美穂と違って、母は姉がいない今を満喫する気でいた。
「ゴールデンウィークに出かけない?」
「出かけるって、どこに行く気なの?」
「流石に由美は、帰って来ないだろうから、旅行とか」
「それ、姉さんにバレたら、大変なことになりそう。それに今からだと泊まれるとこをおさえられないんじゃない?」
「じゃあ、猫カフェとか?」
「それも、いいけど。私が癒されてる野良猫に会いに行ってみる?」
「それ、いいわね。気になってたのよね。由美が家を出たから猫を飼いたいところだけど、長期休暇に戻って来たらと思うと飼えないのよね」
(やっぱり、行き着くところは、そこよね)
こうして、美穂は母を野良猫と会わせることができた。野良猫と母は、以前からの知り合いのようにすぐに仲良くなったかというとそうはならなかった。
猫好きなはずの母に野良猫が近づいて来なかったのだ。
「この猫は、美穂にしか懐いてないみたいね」
「……そう、みたいだね」
美穂の側にはすり寄って来ても、母の側には寄ろうともしなかった。それどころか、威嚇までしたのだ。それを見て美穂は、驚いたかと言うとそうではなかった。
(威嚇するのは初めて見たな。怒っても、威嚇だけなんだ。引っ掻くことも、噛みつくこともしないのは流石だな)
そんなことを思って、何気に野良さん用の貯金を密かにしていた。バイトも始めて母にもっと楽をしてもらいたいとも考えてもいた。全ては育ててくれている感謝の恩返しのためだ。
(でも、私の母だってわかってるからなのか。私みたいに母には癒しが必要ないってことなのかな。なんか、物凄く怒っている気がする。変な感じだけど、私のために怒ってくれてる気がする)
美穂は、そんなことを思いながら、いつも通りに野良さんと戯れていた。それを母は、何とも言えない顔で見ていた。
「ねぇ、美穂。私も猫に癒されたいから、これから猫カフェ行かない?」
「これから?」
美穂としては、野良猫と戯れているだけで十分だったが、母に連れられて猫カフェに行ったが、そこでも猫にモテたのは美穂だけだった。
母は猫好きなはずだが、引っ掻かれたり噛みつかれたりして散々な目にあい、美穂は何もしていなくともなぜか猫が寄って来て、驚くばかりだった。
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