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でも、姉がいない時に美穂が母を独占するということは長く続かなかった。父方の祖父母が相次いで転んだとかで、骨折してしまったのだ。

先に祖母が骨折して治りかけたところで、今度は祖父が骨折したのだ。祖父は、祖母のことを笑って周りに歳を取ったもんだと話していたようだが、同じように歳を取っていた自分が骨折した時は、違うことを言ったようだ。

それは祖母も同じようで、自分が骨折した時と伴侶が骨折した時の反応は違っていたらしく、それを聞いた美穂は、あの人たちだと思うばかりだった。


(ある意味、凄く仲がいいわ。夫婦でも心配より先に笑ったり、自分は違うって思うんだ)


そんなことを思っていたら、姉の方も彼女らしいことを口にしたのは。すぐだった。


「入院しているなら、どこにも行けないじゃん。何か買ってくれるわけでもないし、美味しいものが食べれるわけでもないし、会いに行く意味ないから出かけない」


由美は、そんなことを言ったのだ。散々世話になっていた人に対して、心配する演技すらせずにそんなことをケロッとした顔で言うのだから、美穂と母は呆れるしかない。


(色々よくしてもらっていたのにこれだもの。自分に正直すぎるのよね。私でも、色々言う元気はあると思ったけど、そいうことも思わないのが姉さんよね)


祖父母の方は2人とも、わがままを爆発させてリハビリをあまり頑張らなかったことで、骨折が治ってからは車椅子生活となったようだ。2人とも施設に入ることになって、由美が用はないかのように祖父母の話をしなくなったのも、すぐのことだった。

それこそ、散々世話になっていたのだから由美は何かしらの恩返しをすれば、まだ美穂としてはきちんとしていると思うところだったが、そんなことをするような姉ではなかった。それどころか、由美はこんなことを言ったのだ。


「老人の話って、同じことばっかりなんだもの。付き合ってられないわ」
「……」


(何かをもらったりしない限りは、会いに行くことすらしたくないってことじゃない。あの人たちの言う優秀な方の孫は、人の心がわからないみたいだけど。それが、優秀ってことなのかな)


もちろん、美穂と母も、これまでの散々なことをされてきたことを忘れてはいなかった。美穂としては根に持っているわけではないが、こういう時だからと会いに行ったら、都合のいい介護要員だと思われて好き勝手にこき使われるだけになるのは目に見えている。


(お見舞いのカードを出すだけでも、勘違いされそうでできなかったのよね。散々なことされてたのに私もお人好しよね)


そんなことを美穂は思っていたが、母ははっきりとしていた。


「専門家に任せた方がいいですよ。出来損ないな嫁や将来見込みのない下の孫なんて頼らないでください。怪我を悪化させるかも知れませんから」


何かと連絡が来て、先に骨折した祖母の面倒を見に来いと祖父から電話が来ていたようだ。母がそんなことを言っているのを美穂は聞いていた。


(やっぱり、お見舞いのカードはなしね)


その電話を聞いて美穂は、そんなことを思っていた。それか、姉がしたかのように連名にでもしようとしたが、それも面倒なことにしかならないからとやめることにした。大丈夫なのかと気軽に連絡取れない関係なのも、変な感じに思うかも知れないが、美穂にはそういう祖父母しかいないせいで普通がよくわからなかった。

デジャブのように次に祖父が骨折した時に祖母からも電話があったようで、母が同じことを言っているのを聞いて、再び美穂はどっかで最近聞いたなと苦笑してしまった。

同じような思考回路を祖父母はしているようだとわかったのも、この時だった。


(こんな時に頼ろうとするところは、そっくりみたいね。姉さんをあてにしないところが、わかってる気がする。それか、連絡しても姉さんがスルーしてるのかも知れないけど)


散々将来は有望だと触れ回っている方を頼らない祖父母に美穂は、自分たちに似ているから可愛くて仕方がないが、いざという時には全く使えないことも理解していることを知ることになったのも、その時だった。

母も、都合よく使われるような人ではなかった。滅多に見ないいい笑顔で祖父母に話をしていて、その顔は笑っているはずなのに怖かった。目が全く笑っていなかったからかも知れない。それか、いつも美穂が見ている母と違って見えたからかも知れない。どこがとは言えないが。


(残念なのは、月1で母さんと美味しいものを食べに行く日がなくなってしまったことね。美味しいものはともかく、母さんと出かけるの楽しかったのに)


美穂が残念がったのは、母を独占して美味しいものを食べに出かけることができなくなったことについてだった。もっとも、美味しいものと言っても、由美のように高いものを飲み食いしたことはなかったが、それでも唯一の楽しみがなくなってしまって、それが母には良い息抜きになっていたようだ。仕事で疲れていても、次にどこに行くかを探してくれていて、ウキウキしているのを美穂はよく見ていた。


(せっかく、母さんの息抜きになってたのに)


そんなことをしていたことを由美に知られることはなかった。


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