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しおりを挟む栗原美穂には大事な家族がいる。大事な家族の中に人間も含まれてはいるが、父は美穂が幼い頃に亡くなっていて、どんな人だったかを美穂は覚えてはいない。母や親戚や父の仕事仲間の人が話してくれたのを繋ぎ合わせて、刷り込まれたものだ。
父の葬儀であれやこれやと話すのを耳にしたのを覚えているだけだ。つまり、父と実際に触れ合ってスキンシップを取った記憶が美穂にはない。世話をしてくれていたのは、母と母方の祖父母だった。父方の祖父母は、美穂の世話をしてくれる人ではなかった。
美穂の中で他の人が言うのを聞いて、父親はこんな人だったのかと思うくらいで、父方の祖父母を見て色々と思うところがあったため、大事な家族には含まれてはいない。
周りから聞く分にはお世辞にも、美穂が理想とする父親像からは遠くかけ離れているような人だ。きっと、世の人々の多くは、そんな父親ならいなくてよかったと言われるような人物だと思う。少なくとも、美穂はいなくて問題なかった。
それでも、他の人たちは娘の手前もあったのか、美穂にだいぶ抑えて話してくれていたように思えてならなかった。それでも抑えきれない何かがあるような父で、そんな実物に会いたいと美穂が思うことがないのも無理はないと思う。会ったところで、自分のことを優先して娘の美穂と遊んでくれるような人ではなかったのは確かだろう。
それこそ、普通は葬儀とかではいい人だったとか言ってくれるところだろうが、父の場合は破天荒なエピソードが多すぎた。美穂としては、極々普通の父でよかった。大したエピソードがなくても良かった。仕事ができたとか、仕事一筋の人だったとか。家族のために必死で、働いていたなら仕事三昧でも全然良かった。
でも、父の場合は仕事人間ではなかったようだ。ならば、家族の方を大事にしていたとか。奥さんをこよなく愛していたとかなら、まだいい。
それか、母がそんな父でも大事で愛しているとかならまだよかったが、母は突然のことに呆然自失ということはなかった。父方の祖父母が、葬儀でも色々騒いでいて、それどころではなかったからかも知れないが、とにかく母に父の死を悲しむ時間はあまりなかったようだ。
そもそも、母にすら嘆き悲しまれるようなそういう人ではなかったようだ。父は自分の自慢話が止まらなくなる人だったようなのだ。自分が凄くて、周りは凄くはない。更に奥さんは何もできない。上の娘は、自分にそっくりで将来有望だが、下の子はどうにも似ていないから将来は見込みが薄いとか。
そんなようなことを周りに話していたようだ。自分の実の両親は凄いが、妻の両親はいまいちよりも残念。部下は使えないし、上司も頼れない。その分を補うのに自分が奔走している。そんな話を父はしていたようだが、本当のところは残念で頼れない仕事のできない方が、父だったようだ。
もっとも、そんな話を美穂は直にされたのではない。まだ幼かったから、わからないだろうと愚痴愚痴と言うのを耳にして、それを覚えたままになったのだ。
だが、それを聞いていたことで変に父を尊敬することはなかった。父方の祖父母は父のことを亡くなってからも、ずっと何かと未だに凄い優秀な人のように孫たちには語るが、それを真に受けているのは美穂ではない。そっくりだと言われているのは上の娘である美穂の姉の由美だけだ。
そんな姉のことを美穂が好きになるわけがなかった。
ただ、葬儀やらが終わって、姉が疲れたからとさっさと寝てしまった時に母に美穂は、自分だって疲れているだろうに絵本を読んでくれた。
その日から、日課となった寝る前に読んでくれる絵本が美穂はとても好きだった。母が疲れているのをわかっているから、姉のように何度もせがむなんてことはしなかった。
「美穂は、本当にいい子ね。私の自慢は美穂だけだわ」
姉がせがむ割にいつの間にやら寝てしまうが、美穂は絵本の読み聞かせの途中で眠ることはなかった。眠ってしまった母にタオルケットをかけたりもした。
だから、毎日のように母に自慢できるのは、美穂だけと言われながら幼少期を過ごしていた。疲れきった母を見て、わがままを減らすこともなく、以前と同じか。それ以上なことをし続ける姉とは真逆に美穂は母の思う通りの娘になった。
それは母に強制されてやっていたわけではない。母に少しでも休んでほしかっただけだ。でも、そのたび、姉と違って自慢できるのは美穂だけのように言う母に慣れてしまっていたことに気づいてはいなかった。
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