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しおりを挟むアナスタシアは、リュドミラと授業に行く前にヴィクトリアを退場させなければと思っていた。どうしたものかと頭を悩ませていたら、ヴィクトリアの方が言葉を発した。
「初めまして、私、アナスタシアの従姉のヴィクトリアです」
「っ、」
流石にやらないと思っていたことをヴィクトリアはした。わざわざ従姉を協調して、名乗ったことにアナスタシアは頬が引きつった。しかも、元公爵令嬢とは思えない挨拶に頭痛がした。
名も無い留学生に満たない隣国の令嬢。
そのまま帰れば、よかったのに名乗ってしまったのだ。アナスタシアは頭を抱えたくなったが、できなかった。そんなことを今したら、台無しになる。必死にアナスタシアは考え続けた。
リュドミラが、信じられない顔をしていた。ここまでの令嬢を相手にしたことがないのだろう。こんな令嬢ばかりを相手にしていたら、流石のリュドミラも気を変にしそうだ。……いや、この方なら、二度と立ち向かって来ないようにするのもそんなに難しくない気がするが、これはアナスタシアの問題だ。頼るわけにはいかない。
王太子だけが、この場で不思議そうな顔をしていた。不思議というか。奇妙なものを見る目をしていた。それは、王太子にしては珍しいものだった。
何で、そんな顔をしているのかが、アナスタシアはわからなかった。ヴァシーリーを思わず見ても、彼にもわからないようだ。
兄弟にわからないとなるとお手上げである。
「アナスタシア嬢の……?」
「はい。昨日、こちらに来たばかりで……」
王太子が、アナスタシアの従姉と聞いて食いついたと思って、ヴィクトリアは目を輝かせた。まだ、自分にはここに残るチャンスがあるかのようにしていた。
でも、その期待はすぐに壊されるとは思っていなかった。
「従姉なんて、アナスタシア嬢にいたのか?」
「へ?」
王太子は、そんなことを言った。素だ。物凄く素で、本当に不思議そうにしているから、演技ではないのは明らかだ。
ヴィクトリアは、王太子の言葉に間抜けな顔をしていた。物凄く間抜けすぎて、そんなこと言われるとは思わなかったようだ。
それこそ、いつもの彼女なら、そんな嘘をついたのかとアナスタシアを責めるところだが、それもなかった。ありえないことの連続で、ヴィクトリアの頭の中がぐちゃぐちゃになりすぎたようだ。
チラッとヴァシーリーを見ると彼も、あれ?という顔をしている。リュドミラも首を傾げていた。王太子がそんな演技ができるとは思っていない。
嫌味なことをわざと言うこともできない人だ。つまり、本気でそう言っているように見えることにヴァシーリーとリュドミラとアナスタシアが、ついていけずにいた。
この3人をこんな気持ちにさせられるのは、王太子だけだろう。
「従兄がいるとは聞いたことがあるが……。兄上? そう、おっしゃっていましたよね?」
聞き間違えていたかと確認したかったようだ。ヴァシーリーは、そんな弟に思案してすぐに答えた。
「あー、いたにはいた。でも、親が離婚して、彼女は母方に引き取られている」
「あぁ、それで。……あれ? それなら、従姉と協調するのは変なのでは?」
「そうだな。そもそも、その前から絶縁しているから、他人のはずなんだ」
ヴァシーリーが、元より他人だと告げたのが聞こえた者は、みんな凄い顔をした。リュドミラも、その1人だが表情ではなくて、目だけで物語っていた。
そんな中で王太子だけが、不思議そうにヴィクトリアを見ていた。
「っ、そんな、私は……」
ヴィクトリアは、取り繕おうとしたが、うまくできなかった。こういう時は、彼女の兄のティモフェイ・カーメネフが助っ人したり、母親が色々言うのだ。甘やかされていて、何をしても周りが誤魔化してなかったことに揉み消してきた。
でも、もう、兄は頼りにできないし、母も離婚したとなれば、前のように綺麗に揉み消すなんてできないだろう。そんなことをアナスタシアが考えているとヴィクトリアはあまり大したことない気がしてきた。
すると王太子は、こう言った。
「それと君には、この学園にいるのに許可が必要のようだ。ちゃんと届けているのか?」
「「「「……」」」」
今、それを言うのかと誰もが思ったが言葉を発する者はいなかった。発する代わりに笑いそうになっているのがいた。
王太子は、こういう人物だ。堅物と言われることがよくある。真面目すぎるということもよく言われる方だ。
リュドミラは、それを持ち出す王太子に口元を笑わせた。鬱陶しいと思うことが、この方にはない。だから、婚約者でいられるのだ。
嘘の欠片もつけない方。だから、リュドミラは彼を心から愛している。彼女は、嘘を見抜くことを息をするようにできる方だ。
最初は、第1王子の婚約者にと周りがくっつけようとしていたが、リュドミラはヴァシーリーのことを選ぶ気はそもそもなかった。
第2王子こそ、自分の伴侶だとして誰が何を言おうと第2王子の婚約となった。彼女の両親は、そんな娘に色々言っていたようだが、王太子の婚約者となった途端、手のひらを返した。
そんな両親すら、さっさと見限ったのは、リュドミラだった。チャンスを無駄にしたと言っていた時に養子となった。
まぁ、リュドミラの身内のゴタゴタはこの辺にして、ヴィクトリアのことだ。こちらの方も、ゴタゴタしている。
「は? 届け??」
ヴィクトリアは相手が王太子だというのにそんなことを言ったのにアナスタシアは、眉を顰めずにはいられなかった。ずっとそうだが、失礼すぎるのだ。
でも、それを咎めると話が脱線してしまう。だから、黙っていたが、アナスタシアはそれに腹が立って仕方がなかった。
王太子は、無礼が過ぎることより気になる事がありすぎているようだ。
「……その感じだと昨日もしてないんだな」
「王太子。授業に遅刻します。警備に連絡して……。あぁ、丁度いい。おい、不法侵入者だ」
ヴァシーリーは、タイミングよく現れた警備員にヴィクトリアを連れ出させるようにした。
「兄上。でも……」
「殿下。留学しに来たのに帰らなければならないのです。これ以上、恥をかかせても可哀想ですわ」
「そ、そうだな。……次はない。すぐに連れ出せ」
「「はっ」」
「それと今後は、きちんとチェックしろ」
「はっ、申し訳ありません」
王太子の言葉に警備員は頷き、ヴィクトリアを連れて行った。
その間も、ギャーギャーと騒がしかったが、昨日のような怒鳴り散らすなんて許されることはなかった。
ヴァシーリーが護衛に合図したのは、その時だ。ヴィクトリアがまたアナスタシアの前に姿を見せないようにさせることを忘れなかった。
でも、アナスタシアは何とかなったことにホッとしていて、見ていなかった。
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