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「エウリュディケ! お前が、そんな娘だとは思わなかったぞ」
「さっさと素直に謝れば良かったのよ!」
「……」


両親までも、毎日のようにエウリュディケを責め立てるようになっていた。

学園であろうとも、家であろうとも、気が休まるところがなくなっていた。みんな、同じことばかりを言ってエウリュディケを責めるのをやめないのだ。


「お前のようなのが妹で、これほどまでに恥ずかしいと思ったことはないぞ。なんてことをしてくれたんだ」
「……」


(私は、ずっと前から恥ずかしかったわ。こんな家族しかいないことが、こんな人たちと同じ血が通っていることが。聖女と血が繋がっていることだけが、今の私には唯一の希望だわ。おかしな話よね。あんなにも嫌っていたのに。今は、真逆なことを思っているなんて)


兄までもが、エウリュディケにそんなことを言ったのだ。だが、エウリュディケも心の中で負けてはいなかったが、彼らを怒鳴り散らす気力はとうに消えていた。言ったところで覚えていないのだ。ならば、腹の中でボロクソに言ってやろうと思うようになっていた。

そして、家族だけでなく婚約者の王太子までも、ついにはエウリュディケにこんなことを言った。


「君との婚約を破棄する。理由はわざわざ言う必要はないと思うが、ラトニケに謝罪する気は?」


親の敵のようにフォルミオンに睨まれたのが初めてだったのは、いつのことだったか。もう、同じ日が続くかと思っていたら、ようやく王太子から、聞きたかった言葉を聞くことになったのだ。その顔にエウリュディケは虫唾が走って仕方がなかった。これまで以上の殺意がエウリュディケにはくすぶっていた。それを抑え込むのが、大変でならなかった。


「してもいないことを謝罪する気はありません」
「まだ、認めないのか」
「認めるも何も、私は嫌がらせなどしてはおりませんから」


(あなたたちがおかしくなってから、まともに話したこともないわ。覚えてないでしょうけど)


その物言いが気に食わなかったのは間違いない。聞いていたラトニケが泣き崩れてしまい、それを悲痛な顔をして慰めていた王太子は、エウリュディケを親の敵のように睨みつけたのだ。そんな顔を見慣れたようで、鬼の形相のような恐ろしい顔をしていて、それを見たのは初めてのはずが、遠い昔に見た気がした。


(っ、)


ゾクリとエウリュディケは背筋が凍る思いがした。気を抜けば倒れていただろうが、エウリュディケはか弱く倒れるなんてことはしたくなくて、踏ん張っていた。

生まれ変わる前にこの世界を救った聖女を追いかけて来た時に己を殺した男とその時の王太子の顔が重なって見えたのだ。

夢を何度となく見ていても、目が覚めると覚えていなかった顔をエウリュディケは、ようやく現実で起きている時に思い出した。


「っ!?」


(この顔だったわ。なんてことなの。やっと思い出したわ。ついに私にそんな顔をするのね。……私の殺意がわくのも無理はないわ。この顔と声が、そうだった。存在も、私は虫唾が走って仕方がない。あの夢では、顔だけが良く見えなかったけど、今なら殿下の顔が気に入らない理由がよくわかるわ。この顔の男に私は、前世で殺された。あの男も、完璧だと周りに思わせるのが上手かった)


エウリュディケは、前世で自分を殺した男のことを思い出したくもないのに次々と思い出すことになった。


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