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エウリュディケが婚約した時も、幼なじみのバシレイオスは変わらずにこにことしていた。

その時ばかりは、にこにこしていてほしくなかったが、彼はそんなエウリュディケの気持ちがわからなかったようだ。


「おめでとう。エウリュディケ」
「ありがとう」


エウリュディケが、婚約したことを嬉しそうにして祝福してくれたのを見てバシレイオスは少しだけ、いや、かなり複雑なものを持ったが、すぐに気のせいだと思った。彼とは、ただの幼なじみなのだ。友達以上ではない。そう割り切ることが正解なはずだ。

だが、その後で色々あっても、それでもエウリュディケは彼のところに通い続けることをやめることは決してなかった。どんなにやることが多くなろうとも、自分の休む時間が減ろうとも、エウリュディケは幼なじみに会う時間だけは確保し続けた。

その間に動きがあった。彼の病弱ぶりが以前よりもかなり良くなったとはいえ、普通の子息のようにまで元気にはなれていないこともあり、これ以上の改善がなされないことを理由に跡継ぎを彼の弟にすることにしたらしく、バシレイオスのことを隣国の叔父夫妻のところの養子にするとなったのだ。

それをエウリュディケは、両親から聞かされることになり、彼女は言いしれぬ不安を覚えることになった。


(養子になる日が来るとは思わなかったわ)


自分が誰と婚約しても、バシレイオスとは幼なじみのままで、会いたければ会いに行ける距離に彼が居続けてくれることが当たり前となっていたエウリュディケは、急にそれが叶わない距離に行ってしまうことに気がおかしくなりかけた。


「エウリュディケ。僕にもう二度と会えなくなるわけではないよ」
「でも、バシレイオス」
「ごめんね。ずっと側にいてあげたかったけど、僕にはこの国にずっと居続けるのは、これ以上は難しいんだ」
「バシレイオス……?」


(それって、どういう意味なの?)


幼なじみが、何を言いたいのかがエウリュディケにはわからなかった。でも、バシレイオスはその答えを教えてくれる気はないようだ。


「エウリュディケ。君なら、大丈夫だよ。幼なじみの僕より、頼り甲斐のある婚約者がいるじゃないか。彼を頼るといい。相思相愛で、仲睦まじくしているって、僕の耳にも届いているよ」
「っ、」


エウリュディケは、その言葉にハッとした。


(どうして、気づかなかったのかしら。バシレイオスは、ただの幼なじみだけど異性なのに変わりはなかったのに)


いくら病弱で幼なじみとはいえ、頻繁に見舞いに来ていることにバシレイオスが、いや彼ではなくて彼の家が、彼の家族が迷惑していたことに欠片も気づかなかったのだ。

それを回避するために彼は、この家のお荷物にこれ以上なりたくなくて、隣国の叔父夫妻の養子になることにしたことに気づいてしまったのだ。


「バシレイオス」


エウリュディケは色々と気づいてしまい、謝ろうとしていたが、それを言わせなかったのも、バシレイオスだった。


「前から決めていたことなんだ。この国で、跡継ぎになるのは、僕には難しいんだ。この身体が、受け付けない」


(受け付けない……?)


聞き慣れない言葉に首を傾げたくなった。


「……隣国なら、元気になれるってこと?」
「今の僕よりは元気になれるよ。この家を継ぐ気には、どうしてもなれないから、これ以上元気になる気がもてないだけだし」
「……」


(そこまで、この家が嫌いってことよね)


エウリュディケは、バシレイオスが元気になるのならと笑って送り出すことにした。

バシレイオスは、元気にこれ以上ならないようにしながら、中途半端にずっと苦しい思いをしてでも側に居続けてくれようとしたのではなかろうか。その理由がエウリュディケのためなのだとしたら、嬉しくて仕方がなかったのと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったが、それを幼なじみに聞くことはなかった。否、できなかった。


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