17 / 70
17
しおりを挟むエウリュディケが婚約した時も、幼なじみのバシレイオスは変わらずにこにことしていた。
その時ばかりは、にこにこしていてほしくなかったが、彼はそんなエウリュディケの気持ちがわからなかったようだ。
「おめでとう。エウリュディケ」
「ありがとう」
エウリュディケが、婚約したことを嬉しそうにして祝福してくれたのを見てバシレイオスは少しだけ、いや、かなり複雑なものを持ったが、すぐに気のせいだと思った。彼とは、ただの幼なじみなのだ。友達以上ではない。そう割り切ることが正解なはずだ。
だが、その後で色々あっても、それでもエウリュディケは彼のところに通い続けることをやめることは決してなかった。どんなにやることが多くなろうとも、自分の休む時間が減ろうとも、エウリュディケは幼なじみに会う時間だけは確保し続けた。
その間に動きがあった。彼の病弱ぶりが以前よりもかなり良くなったとはいえ、普通の子息のようにまで元気にはなれていないこともあり、これ以上の改善がなされないことを理由に跡継ぎを彼の弟にすることにしたらしく、バシレイオスのことを隣国の叔父夫妻のところの養子にするとなったのだ。
それをエウリュディケは、両親から聞かされることになり、彼女は言いしれぬ不安を覚えることになった。
(養子になる日が来るとは思わなかったわ)
自分が誰と婚約しても、バシレイオスとは幼なじみのままで、会いたければ会いに行ける距離に彼が居続けてくれることが当たり前となっていたエウリュディケは、急にそれが叶わない距離に行ってしまうことに気がおかしくなりかけた。
「エウリュディケ。僕にもう二度と会えなくなるわけではないよ」
「でも、バシレイオス」
「ごめんね。ずっと側にいてあげたかったけど、僕にはこの国にずっと居続けるのは、これ以上は難しいんだ」
「バシレイオス……?」
(それって、どういう意味なの?)
幼なじみが、何を言いたいのかがエウリュディケにはわからなかった。でも、バシレイオスはその答えを教えてくれる気はないようだ。
「エウリュディケ。君なら、大丈夫だよ。幼なじみの僕より、頼り甲斐のある婚約者がいるじゃないか。彼を頼るといい。相思相愛で、仲睦まじくしているって、僕の耳にも届いているよ」
「っ、」
エウリュディケは、その言葉にハッとした。
(どうして、気づかなかったのかしら。バシレイオスは、ただの幼なじみだけど異性なのに変わりはなかったのに)
いくら病弱で幼なじみとはいえ、頻繁に見舞いに来ていることにバシレイオスが、いや彼ではなくて彼の家が、彼の家族が迷惑していたことに欠片も気づかなかったのだ。
それを回避するために彼は、この家のお荷物にこれ以上なりたくなくて、隣国の叔父夫妻の養子になることにしたことに気づいてしまったのだ。
「バシレイオス」
エウリュディケは色々と気づいてしまい、謝ろうとしていたが、それを言わせなかったのも、バシレイオスだった。
「前から決めていたことなんだ。この国で、跡継ぎになるのは、僕には難しいんだ。この身体が、受け付けない」
(受け付けない……?)
聞き慣れない言葉に首を傾げたくなった。
「……隣国なら、元気になれるってこと?」
「今の僕よりは元気になれるよ。この家を継ぐ気には、どうしてもなれないから、これ以上元気になる気がもてないだけだし」
「……」
(そこまで、この家が嫌いってことよね)
エウリュディケは、バシレイオスが元気になるのならと笑って送り出すことにした。
バシレイオスは、元気にこれ以上ならないようにしながら、中途半端にずっと苦しい思いをしてでも側に居続けてくれようとしたのではなかろうか。その理由がエウリュディケのためなのだとしたら、嬉しくて仕方がなかったのと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったが、それを幼なじみに聞くことはなかった。否、できなかった。
49
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう
楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。
きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。
傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。
「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」
令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など…
周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる