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しおりを挟むエウリュディケは、婚約者のことを最愛の人と周りに何の疑いも持たれずに思っていたはずだった。その人から、想われていたのは間違いないとエウリュディケは思っていた。
少なくとも、エウリュディケが好きにはなれない相手であろうとも、あちらからは自分はとても好かれているものと思って疑ってもいなかった。
そしたら、手痛いしっぺ返しをくらうはめになったのだ。あっさりと心変わりするような気持ちしか、彼は持ち合わせていなかったのだ。もしかするとエウリュディケのように嫌っていたのかも知れない。それか、見目麗しくて完璧な自分の横にいるのに申し分ない令嬢は、エウリュディケしかいないと思っていただけかも知れない。
そう、都合のよくてつり合いのいいだけの存在として、エウリュディケのように自分を良く見せようとして何かとしてくれていたのかも知れない。
いや、あっさりとエウリュディケをお役御免にした辺りを考えると彼女と同じく、プライドを守るためにパフォーマンスをしていたに過ぎなかったのかも知れない。
エウリュディケは、混乱した思考の中で味方があちら側にたくさんいて、自分にはただの1人もいなかったことに自分の努力は何だったんだろうかと思い始めた。
(私は、あんなにも努力したのに。数年がかりで、地道に頑張ったのに。確かによく見せるためにしていて、みんなのことを騙していたけど、努力していたのは本当だった。それを何もしてない奴に掻っ攫われるなんて、許せない)
頑張り方を間違えているとか、色々言われるようなことをしていたのは事実だ。それでも変な力を使ってズルをしたわけではない。地道に頑張っていたのに罵詈雑言を浴びせかけられることになって、怒りがこみ上げてきて仕方がなかった。
エウリュディケが、こんな風に怒り狂うことになったのは、たった1人の女性が忽然と現れて、色々と好き勝手なことをして、それを周りが受け入れて許したことにあった。
本当に突然、何の前触れもなく現れた“聖女”という存在が、降って湧いたかのように人々の記憶に忽然と存在するようになったのだ。
だが、エウリュディケだけは周りのように記憶が都合よく変わることがなかったせいで、おかしなことになり始めた最初の頃から、ずっと首を傾げることになった。
なのに周りは、日を追うごとに聖女の存在を受け入れていってしまい、全幅の信頼を寄せるようになるまであっという間のことだった。
エウリュディケは聖女だと現れた存在に居場所を数週間という短い間に奪われることになってしまった。その間に彼女がしたことは、媚びへつらい愛嬌を振りまくこととされてもいない嫌がらせをされたと涙ながらに吹聴したことだった。
それだけではない。すっかり様変わりした人たちの中に見た目だけでなく、性格までが完璧でいい人とまで言われていたエウリュディケの婚約者だった彼も含まれたのだ。
そのことで、彼女のショックは計り知れないものがあった。エウリュディケは、婚約者は本当にいい人なのだと思って、自分とは違うのだとすら思いかけていた人が、実際は自分よりも上手く隠しているだけの最低男だったと思い知ることになったのだ。
(婚約を解消されるために尽くしていたのに。こんなことになるとは思わないわよね。こんなことなら、殺意を覚える顔をしているからってはっきり言って婚約を解消してもらえば良かったわ)
並々ならぬ努力をして、嫌われようとしたエウリュディケは、あっさりと日常が覆ることになりながら、そんなことを思っていた。
(どうして、あんなポッとでの聖女なんかに私は全否定されなければならないのよ。みんな聖女のことなど、ほんの少し前までの心から信じていないどころか。馬鹿にしていたはずなのに。私ほどではなくとも、聖女を都合いいものと思っていたはずなのに。信じていると口にしただけで、馬鹿にされるような国だったはずなのに。どうして、こんなにあっさりと信じて疑わなくなってしまうのよ。あの女が、本物の聖女のはずがないのに!)
色々と思うのは婚約者に未練があってのことではない。彼のことが好きではなかった。顔は今も好きになれないどころか。殺意が消えることなくあるほど、嫌いだ。機嫌が悪い時に見ると引っ叩きたくなるのは変わりはなかったが、それでもそれを悟られることなく、仲睦まじくしているように見せる努力をエウリュディケは必死にしていた。
そんな人との婚約が破棄になったのだ。むしろ、喜んでもいいところのように思うが、エウリュディケは破棄ではなくて、穏便な解消を望んでいた。そんな形で破棄されることなど望んではいなかった。
(ただ、婚約が解消されただけならまだしも。こんな形で破棄され、罵詈雑言を浴びせかけられるなんて許せない)
どんなに考えても、みんながおかしくなった原因は聖女なのだ。なのにおかしくなったのは、みんなではなくて、エウリュディケの方になってしまっている状況に何とも言えない顔をしていた。
エウリュディケは自分が悪かったのではないかと思うことはあまりなかった。ただ言いしれぬ怒りが沸き起こって暴れようとするのを必死に我慢する必要を感じなくなっていたが、喚き散らすことはなかった。
(どうして、こんなにあっさりと私は捨てられることになったんだか。……それもこれも、私の見る目がなかったからだよね。反省までして、努力までしたのに。彼も、みんなと同じく、聖女を嫌っているのだと思っていたのに。こんなにあっさりと信じてしまうほどだったのね。召喚された聖女に縋るような世界なんて滅んでしまえばいいと思わずにはいられない。あんな女を信じるなら、道連れになればいいのよ)
エウリュディケは、そんなことを思うまでになっていた。テネリアは敵に回してはならない者を怒り狂わせたことを思い知ることになるまで、大した時間はかからなかった。
エウリュディケを嘲笑って追い出した面々も自分たちが、このあとどうなるかなんて誰も知りもしなかった。
エウリュディケを追い出すことに成功した聖女が1番そんなことになるとは思っていなかっただろう。彼女がエウリュディケの恐ろしさを身をもって知るまで、思い描いたような幸せを満喫していた。
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