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しおりを挟む婚約者のことを知れば知るほど、エウリュディケは毎回落ち込んで反省することになった。どんなに自分と一緒で腹黒い人だったらいいかと思っていたことか。そこまで至っては本当に嫌な女だなと思ってしまうのは数え切れなかった。
毎回、そう思うのだからちゃんと反省しているかは怪しいものだが、エウリュディケは自分の性格の悪さを完全に直す気にはならなかった。
評判通り、いや、それ以上にエウリュディケは素敵な人と婚約したこともあり、この人のためにもっと頑張って、釣り合うように見えるようにしなくてはと思うようになったのは、すぐのことだった。
隣に並ぶたび、囁かれるのを耳にするのに我慢の限界を迎えそうになっていたのだ。そんなことを耳にするくらいならば、これまで以上に必死になって毎日ひたすら頑張ることにした方がエウリュディケにはマシに思えたのだ。
(誰かの隣に立つのにいまいちのような評価をされたままでなんてしていたくないわ。そんなことを好き勝手ジャッジされるなんて、私のプライドが許せない。あの婚約者の隣に並ぶのに相応しいと思われたいわけではないけれど、劣ると思われることが我慢ならない。あの婚約者より、私の方が上でないと我慢ならないのは、どうしてかしらね)
そんなことを思うようになって、婚約者のために頑張ることにしたというよりも、婚約者に対して負けていないことの証明のためにエウリュディケは努力することにした。
そのため、彼に惚れに惚れたから、そんなことを始めたなんてことは一切なかった。一生を婚約者のために捧げるという覚悟など、エウリュディケには全くなかった。非の打ち所のない人だと思っても、それでも心底好きになることは決してなかった。あるのは、対抗心だけだった。
そもそも、エウリュディケは婚約者の顔が駄目だった。生理的に受け付けない相手がいるとしたら、まさに婚約者がそうだった。必死になって殺意を閉じ込めても、消え去ることがなかったほど、エウリュディケは婚約者が嫌いで嫌いでどうしようもなかった。
ただ、公爵家の令嬢としての務めをまっとうするためだけに頑張っているようで、自分のプライドを守るためにやっていたにすぎなかった。そのためにどんな努力も惜しむことはなかった。そんな努力も休むことなく続けて、数年が過ぎようともやめなかったのは、全て婚約者に引けを取っていると周りに思われたくなかったからに他ならなかった。
その間も、婚約者のことを欠片も、ほんの一欠片も好きになることはなかった。素敵な男性だと言われて悪い気はしないかと言うとそれを聞くだけでも、殺意が沸き起こるほどなのに変わることはなかった。
それこそ、婚約者のことを他人に全力ですすめられるほどの男性だが、素敵で良い男性だからすすめられるわけではない。エウリュディケの好みではなくて、押し付けたくて仕方がないがために、全力でおすすめできるだけに過ぎなかった。ずっと、彼の側でも周りにも演技はできても、心から好きになれる相手ではなかった。
そんなエウリュディケは、ついこの間まで周りには相思相愛の婚約者と同じ未来を思い描き、身をこにして頑張って精一杯尽くしている令嬢を熱演していた。幸せいっぱいの未来が待っていると信じて疑っていない令嬢をずっと演じていた。
婚約者を見て、殺意が完全になくなることはただの一度もなかったが、彼にも周りにも全くバレていなかったが、そんな演技を続けていたせいか。ついに天罰が下ったようだ。
(どうして、こんなことになってしまったのかしらね)
たった数週間の間で、誰もが羨むような生活が一変することになってしまったのだ。羨んでいたのは、周りのみでエウリュディケは全く羨ましさの欠片もなかった。天罰を受けているのも、自分には過ぎた婚約者に散々なことをしてきたせいだと思えば、自業自得でしかないのかも知れない。
数年の努力が、数週間でガラガラと崩れ落ちて跡形もなくなるとは、エウリュディケは思ってもいなかった。エウリュディケの演技がバレたのなら仕方がない。でも、バレて終わることはなかったのだ。別の終わり方になるとは夢にも思っていなかった。
(どうして、こんなことになったのかしらね。みんなも、この状況をおかしいとすら思わないのも変よね。こんなことなら、さっさとバレた方が良かったわ。まだ、私は演じ続けないといけないじゃない)
心の内を叫んでネタばらしを自らしたくなってしまったが、そんなこと叫んだところで誰もエウリュディケの望むような反応はしてくれない状況になっていた。
この時にはエウリュディケの周りには誰一人として、きちんと正しく彼女のことを記憶している人がいなくなっていたのだ。
(どうして、こんなことになってしまったんだか)
エウリュディケは、ここ数週間のことをあれこれと考えて、久々に殺意を抑え込むことなく、怒りを爆発させようとすらしていた。
(今なら、気に入らない人たちみんなを瞬時に終わらせられそうだわ)
何とも物騒なことをエウリュディケは思っていた。冗談ではなく、本気でエウリュディケが思っていることを実行できる自信が彼女にはあった。
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