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公爵家の令嬢としてエウリュディケ・グリーヒェンライトは、テネリアという国に生まれた。公爵家ということもあり、生まれた時から着るものにも食べるものにも、容姿にすら恵まれた彼女は何不自由もない未来すら約束されているようだった


何の不満もないはずの環境で、全てを約束されながら輝かしくて誰もが一度は憧れて羨むような人生を踏み外すこともなく、歩むものと誰もが思っていた。

そんなところに生まれたエウリュディケだが、誰もが羨ましがる人生というものには、生まれて物心つく前から、彼女はなぜかあまり興味はなかった。あまりどころか、全くなかった。そんなものに囲まれていなくとも、幸せな人生を送れると思っていた。いや、むしろ囲まれていない方が幸せになれる気すらしていた。

なぜ、そんな風に思ってしまうのかが、エウリュディケにはわからなかったが、とにかく何も持っていないことに変な憧れのようなものがあった。上手く説明できないが、そんな気持ちがいつもエウリュディケの中にあった。

更には、エウリュディケは自分の顔がとにかく嫌いだった。


(どうして、こうも自分の顔に過剰反応してしまうのかな。将来有望な顔で見覚えなんてないはずなのに。まるで、他人の顔を取って付けたみたいな感覚すらしてる。この顔を見つめていると悲しくなる。どうしてなの?)


そんなことをエウリュディケが思っていることを誰にも知られることもないまま、エウリュディケは誰もが羨むような相手と婚約することになった。

エウリュディケは最初、婚約が決まった時にこんなことを思ってしまった。


(誰もが憧れ羨むような相手だろうとも、期待しすぎたら絶対に駄目よね。見た目がよくても、中身が残念だったり、その逆だってあり得るもの。それか、浮気性だったりするかも知れないし。とにかく、何もかも完璧で地位も名声も、全部を持ち合わせた素敵な男性なんて、この世にいるわけがないもの)


エウリュディケは、内心でそんなことを思っていた。若い令嬢だというのに夢も希望もなかった。

見た目がどんなによくても、欠点や残念なところがあるに決まっていると婚約した相手のことまで色眼鏡で見ていた。自分が、そんなことを考えていることもあり、残念なのはお互い様になるとエウリュディケは思っていた。

彼の顔を見た瞬間、エウリュディケは固まってしまった。かっこよすぎて見惚れたわけではない。他の令嬢みんなが見惚れようとも、エウリュディケが彼を見てそんなことを思うことは決してなかった。

それどころか。それまで、彼を見てそんなことを思った令嬢はいないであろうことを思ったのだ。


(殺してやりたい。……っ、何で?? 駄目よ。駄目。落ち着かなきゃ)


なぜか、その婚約者を見た瞬間にエウリュディケは内側から殺意が沸き起こるのを抑えるのが大変になってしまったのだ。


「エウリュディケ嬢……?」
「っ、初めまして、エウリュディケです」


何とか絞り出すように彼に自己紹介して、カーテシーをした。それこそ、これまでの中でもお世辞にもいまいちなカーテシーだったに違いないが、エウリュディケは、それどころではなかった。


(駄目よ。殺したりしたら、彼は私の婚約者なんだもの。顔が、どんなに気に入らずとも、顔だけが気に入らないからって殺したりしたら駄目。自分の顔も、ぐちゃぐちゃにしてやりたい時があるけど、それもしないように抑え込んだのだもの。今度だって、抑え込めるはずよ)


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