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しおりを挟むそんな日々が続いていたところにバスティアンの婚約が決まった。
「初めまして、アンリエット・セスブロンよ」
「ルイーザ・マンディアルグです。隣にいるのが……」
アンリエットは、ルイーザがマンディアルグ侯爵家の養子となっているクレールを紹介しようとしたのをわざと遮った。そう、完全にわざとだ。
「私、ずっと妹が欲しかったのよね」
「……」
「ルイーザと呼んでもいいかしら?」
「……えぇ」
ルイーザは、兄の婚約者の言葉に眉を顰めそうになったが、それをしなかったのは意地だ。これまで、ルイーザのやることなすことの邪魔をした者は、視界から居なくなるのも早かったが、アンリエットが視界から消えることはなかった。
「ちょっと、ルイーザお義姉様は、私のよ!」
「気安く話しかけないでくれる? あなたのことなんて、義妹だと思いたくないのよ」
「っ、」
アンリエットは、冷ややかな目をクレールに向けていた。そんな目をマンディアルグ侯爵家にいる者は向けたことがなかった。
他ではあからさまに向けることはなかったが、ルイーザがいるとそんな目を向ける者はいなかった。クレールがルイーザのお気に入りだとわかっているからだ。
ルイーザは、アンリエットが公爵令嬢でなければ、言い返していたところだが、彼女は王弟の娘なこともあり、そんなのが兄の婚約者になったことに面倒くさいなと思い始めていた。
何より、ルイーザは同じことを言われて眉を顰めていた。
(私のことをクレールと同じ程度に思って見ているってことよね? なんか、モヤモヤする)
自分がやるのはいいが、同じような扱いをされるのは嫌というか。変な気分がしてならなかった。
何より兄のバスティアンの婚約者が、この人に決まったことに何か言いたくなってしまった
「お兄様!」
「っ、どうした?」
バスティアンは、久しぶりに妹が何か言いたげに現れたことに目を丸くしつつ、すぐに嬉しそうな顔をした。
ルイーザは、それどころではなかった。でも、それを直接兄に伝えるのも癪だった。いや、癪というか。何を言いたいのかが、ルイーザ自身がよくわからなかった。
(駄目だわ。何を言いたいのかが、よくわからない。相手は、公爵令嬢だもの。お兄様にとっても、良縁なのよ。私が、クレールにしていることと同じように妹が欲しかったと私に言うのに妙な感じがするけど、これが何なのかが全然わからない)
「ルイーザ?」
「……いえ、何でもありません」
「そ、そうか?」
兄は怪訝な顔をしたが、根ほり葉ほり聞いて来ることはなかった。
(よく考えて行動しなきゃ。……私は、侯爵家の娘なんだもの)
ルイーザは婚約したことに何の不満もない兄に幻滅することはなかった。ただ、ここに来てクレールの存在が今後のマンディアルグ侯爵家にどう影響していくかが気になり始めていた。
妙な感覚が何なのかを知りたくてルイーザは、クレールに構う時間を少しずつ周りに向けるようになった。
「バスティアン様」
「アンリエット、どうした?」
婚約している2人を何気に観察していたルイーザは、仲良さげにしている姿を何かと目撃していた。
(仲良さそう)
ルイーザと目が合えばアンリエットは陽だまりのような微笑みを向けてくれた。それにぎゅっと胸が締め付けられた。そんな柔らかな微笑みをルイーザは同性から向けられたことがなかった。
「お義姉様」
「……何?」
「これ、欲しい」
「……」
いつもと変わることなく、義妹が無邪気にルイーザのものを欲しいと言うのに初めて、イラッとしたのはその時だった。
「お義姉様? 聞いてるの?」
「……えぇ、聞いてるわ」
(私、こんなののどこが可愛く見えていたのかしら?)
クレールはマンディアルグ侯爵家の養子には見えないチグハグな格好をして、勉強もしたくないと言うのを好きにさせていたせいか。礼儀も何もわきまえない令嬢となっていた。挨拶もろくにできず、自分の要求しか口にしていない。
それこそ、ルイーザはまじまじと上から下までクレールをじっくり見てみると酷いなんてものではなかった。こんなのを可愛いと連れ回していたのかと思うとルイーザは、途端にゾッとし始めた。
その姿形や態度は、マンディアルグ侯爵家の養子と言って見過ごせるレベルをとっくに逸脱していた。
(これじゃ、お兄様の婚約者に色々言われるはずだわ)
今更になって、そんなことを思ってしまって、ルイーザは頭痛がした。
だが、そんなルイーザの心境の変化なんて全く気づくことはなかった。クレールが、いつもより反応の鈍いルイーザにすぐに痺れを切らした。
「聞いてるなら、さっさと頂戴!」
「……ねぇ、あなた、これが何なのか知っていて言っているの?」
「へ? いきなり、何??」
「答えて。これが、何か知ってるの?」
「知らないけど」
ルイーザは、クレールがよく知りもしないのに欲しい、欲しいと騒ぐのにイラッとした。
「欲しいなら自分で努力すればいいわ」
「な、何でよ!? いつもなら、すぐにくれるのに!」
クレールは、ルイーザが初めて欲しいと言ってもくれないものに喚き散らした。
「何の騒ぎなの?」
そこに兄と一緒にマンディアルグ侯爵家に来ていたアンリエットがやって来た。
それに今更、どんな顔をしたらいいかわからないルイーザと違い、クレールはアンリエットを見るなり……。
「あんたには関係ないわ! 何で、この家にいるのよ。さっさと出て行きなさいよ!」
「おい、私の婚約者にそんな口の聞き方するな。出て行くなら、お前の方だろ!」
バスティアンは、クレールにそんなことを言って怒鳴っていた。
だが、アンリエットはクレールなんてどうでも良さそうにして、ルイーザに声をかけた。
「ルイーザ? どうしたの?」
「ルイーザ。何があった?」
アンリエットとバスティアンは、ぼんやりしているのを見かねて声をかけたようだ。
だが、クレールはルイーザがいつも何でもかんでもくれるのに。それだけをくれなかったことに怒っていて、ルイーザの手からそれを奪うなり何を思ったのか。それを床に落として、思いっきり踏みつけた。
「っ!?」
「貴様、何をするんだ!!」
バスティアンは、クレールがルイーザが何を奪ったのかがわかって、激高した。
「お義姉様が、欲しいと言ってるのにくれなかったのが、悪いのよ!」
「それは、母上がルイーザにやった形見だぞ!」
「え、形見……?」
クレールは、バスティアンの言葉に視線を彷徨わせた。
「ルイーザ」
「……」
呆然として踏みつけられて壊れた形見を見下ろした。ルイーザにとって、唯一の宝物が、それだった。
アンリエットは、ギロッとクレールを睨みつけた。
「っ、!?」
「何をしているの。謝りなさい」
「な、何で、あんたにそんなこと言われなきゃならないのよ!」
「貴様、いい加減に……」
「許さない」
ルイーザは殺気立ったまま、クレールを見た。それにこそ、初めてクレールのことをルイーザは睨みつけた。それも、射殺しそうな目で。
「謝っても、許さない」
「お、お義姉様? あ、新しいのを買ってもらえばいいわ。お義姉様なら、すぐに買ってもらえるわ」
「何を言っているのよ。これ、一点物よ。新しいものを買えたとしても、それは全く別のものよ。そんなこともわからないの?」
「っ。」
アンリエットの言葉にクレールは怒っていたし、バスティアンも激怒していたが、クレールはどうってことない顔をした。壊してしまったのだから、どうしようもないとばかりにしていた。
そう、ルイーザから欲しいともらっても大事にしたことがクレールは一度もなかった。ぞんざいにしてもこれまでルイーザが何も言わなかったせいで、そうなっていたのだ。
それを見ていたルイーザは、自分もそれに加担していたと思い腹が立って仕方がなかった。自分が、こんな風にしたのだ。そう思いながら、踏まれて壊れたそれを手にした。
「お義姉様」
「やめて。二度とそう呼ばないで」
「っ、何でよ!」
「もう、いらない」
「っ、」
「あなたなんて、私の欲しかった妹じゃないわ」
(こんな義妹、いらない。こんな、価値も何もわかってないのに色々あげすぎたわ。人の心がわからないのにしたのは、私のせいね)
そこから、ルイーザはマンディアルグ侯爵家のみんなと同じようにクレールをいないものとして扱うことにした。謝罪の一つもあれば、まだしも自分は悪くないと言い続け……。
「何よ! 私だって、あんたみたいな義姉いらないわ!!」
「……」
向こうも、ルイーザみたいなの欲しくなかったと売り言葉に買い言葉のようなことを言ったことで、仲直りすることはなかった。
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