10 / 10
10
しおりを挟む「くしゅ!」
「っ、大丈夫か?」
「はい」
悪寒ではないが、鼻がムズムズしてしまった。すると風邪を引いたのではないかとヴァリャの側にいる男性はあたふたとし始めた。
その男性こそ、カシシャが話していたヴァリャの好む本をどこからでも取り寄せてやると言いつつ、側にいて絶賛アプローチ中の王太子だった。
無類の本好きなヴァリャが、色んな翻訳ができるとわかり、他の言語がどうも苦手な王太子がヴァリャのことを知って、教えてほしいと言ってから、本にしか興味のない令嬢にすっかり魅力されていた。
その上、頭が良すぎて授業を免除されているのだが、養生していたからと聞いて、身体が弱いと思っているようだ。
ヴァリャは身体が弱いなんてことはない。無理に無理を重ねていようとも、医者と口論できるのだ。やりたいことのために寿命を縮めようとも、本のためなら、どこへでも行こうとするところがあった。
「ヴァリャは、どうして、そんなに本が好きなんだ?」
「私の知らないことがつまっているからです。私は、この世の全てを知り尽くしたいのです」
「……ヴァリャ。世の中には、本になっていないこともあるぞ」
「え? そうなのですか?」
王太子は、何気に王族は本に残さずに言葉だけで伝えていることもあると話した。王妃が、王太子妃に言葉で語るのだ。
それを聞いて、ヴァリャは目を輝かせた。それまで、どんなにアプローチしても、王太子にそんな顔を見せたことはなかったのだが、そんなことで婚約のことを考えてもらえることになるとは思わなかったが、きっかけはどうあれ、婚約者になってくれるなら、王太子はそれでよかった。
だが、フィロマからヴァリャに会いたいと留学してくる令嬢たちに2人っきりでいたいのを邪魔され、カシシャの妹は2人目の姉のように懐いていて、その2人を見て、王太子は流石にイライラしなかった。
「何だか、そうしていると本当の姉妹のようだな」
そう言われて、嬉しそうにしながら照れていた。王太子は、ヴァリャを見て可愛いと思っていた。
当のヴァリャは、可愛い妹分ができたようだが、カシシャがいないのが寂しくもあった。
そう、ヴァリャには王太子と婚約してからも、王太子に溺愛されることになっても、そこまで想われているとは思っていなかった。
だが、それは王太子のみならず、他の誰にも気づかれることはなかった。ヴァリャが、その話をしなかったからだ。
ただ、王太子と婚約してから、本を読み尽くしたいという欲求はおさまり始めていた。
ふとした拍子に実家の面々が、夜逃げしたと聞いたが、だからといって気にすることはなかった。ちょっと気になったのは……。
「あれ? あの子の婚約の話は、どうなったんだろ??」
夜逃げするほどの散財を婚約した家が許したのかと思うとヴァリャは、不思議でならなかった。
だが、それをわざわざ詳しく調べる気にはならなかった。知り尽くしたいはずのヴァリャが、知らなくてもいいと思うことは、ちゃんとあったようだ。
こうして、ヴァリャは王太子や周りに愛されて、幸せいっぱいの人生を謳歌することができたのだった。
ちなみにヴァリャの一番大事な人は、結婚してから我が子たちとなり、夫はそのすぐ下ではなくて、カシシャたちや養父母がいて、まぁ、そこそこのところに位置していたが、誰も気づくことはなかった。
それで、王太子は満足していた。愛してやまない人と添い遂げられて、隣に居続けてくれることで、ヴァリャへの溺愛っぷりは国内外が有名となっていたようだが、ヴァリャはその辺のことを知ることはなかった。
養父母は、ヴァリャが幸せになっていくのを見て喜んでいた。特にシダルタとその兄弟は、別の誰かを思い出しているようで、相変わらずシダルタの兄弟はヴァリャを見ては泣いていたが、どうやらその涙がヴァリャが思っているようなことで泣いていないとわかってからは、深く追求せずにハンカチをそっと差し出すことにした。
もっとも、それで更に泣くのだが、もはや何をしても、しなくともヴァリャがそこで困ったように笑っていても泣くようになっていて、シダルタも時折泣いているようで、ラヴィシャも首を傾げていた。
その辺のことも、知り尽くしたいはずのヴァリャは、しらずとも差し障りないと気にしていなかった。
世の中、適当にしていても問題ないとわかり、益々ヴァリャらしく、人生を歩んでいくことになった。
時折、ヴァリャを探している者たちが出没したようだが、それをヴァリャが知ることは決してなかった。
204
お気に入りに追加
612
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
お姉ちゃん今回も我慢してくれる?
あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」
「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」
「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」
私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。
代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。
お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。
ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい?
お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?
【完結】愛してきた義妹と婚約者に騙され、全てを奪われましたが、大商人に拾われて幸せになりました
よどら文鳥
恋愛
私の婚約者であるダルム様との婚約を破棄しろと、義父様から突然告げられました。
理由は妹のように慕っているマーヤと結婚させたいのだと言うのです。
ですが、そんなことをマーヤが快く思うはずがありません。
何故ならば、私とマーヤは本当の姉妹のように仲が良いのですから。
あまりにも自信満々に言ってくるので、マーヤの元へこのことを告げます。
しかし、そこでマーヤから驚くべき言葉を告げられました。
婚約者のダルム様のところへ行き、助けを求めましたが……。
行き場を完全に失ったので、王都の外へ出て、途方に暮れていましたが、そこに馬車が通りかかって……。
【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
意地を張っていたら6年もたってしまいました
Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」
「そうか?」
婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか!
「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」
その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?
冬吹せいら
恋愛
伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。
しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。
侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。
ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。
「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」
アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。
侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。
「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」
伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。
もううんざりですので、実家に帰らせていただきます
ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」
伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる