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「くしゅ!」
「っ、大丈夫か?」
「はい」


悪寒ではないが、鼻がムズムズしてしまった。すると風邪を引いたのではないかとヴァリャの側にいる男性はあたふたとし始めた。

その男性こそ、カシシャが話していたヴァリャの好む本をどこからでも取り寄せてやると言いつつ、側にいて絶賛アプローチ中の王太子だった。

無類の本好きなヴァリャが、色んな翻訳ができるとわかり、他の言語がどうも苦手な王太子がヴァリャのことを知って、教えてほしいと言ってから、本にしか興味のない令嬢にすっかり魅力されていた。

その上、頭が良すぎて授業を免除されているのだが、養生していたからと聞いて、身体が弱いと思っているようだ。

ヴァリャは身体が弱いなんてことはない。無理に無理を重ねていようとも、医者と口論できるのだ。やりたいことのために寿命を縮めようとも、本のためなら、どこへでも行こうとするところがあった。


「ヴァリャは、どうして、そんなに本が好きなんだ?」
「私の知らないことがつまっているからです。私は、この世の全てを知り尽くしたいのです」
「……ヴァリャ。世の中には、本になっていないこともあるぞ」
「え? そうなのですか?」


王太子は、何気に王族は本に残さずに言葉だけで伝えていることもあると話した。王妃が、王太子妃に言葉で語るのだ。

それを聞いて、ヴァリャは目を輝かせた。それまで、どんなにアプローチしても、王太子にそんな顔を見せたことはなかったのだが、そんなことで婚約のことを考えてもらえることになるとは思わなかったが、きっかけはどうあれ、婚約者になってくれるなら、王太子はそれでよかった。

だが、フィロマからヴァリャに会いたいと留学してくる令嬢たちに2人っきりでいたいのを邪魔され、カシシャの妹は2人目の姉のように懐いていて、その2人を見て、王太子は流石にイライラしなかった。


「何だか、そうしていると本当の姉妹のようだな」


そう言われて、嬉しそうにしながら照れていた。王太子は、ヴァリャを見て可愛いと思っていた。

当のヴァリャは、可愛い妹分ができたようだが、カシシャがいないのが寂しくもあった。

そう、ヴァリャには王太子と婚約してからも、王太子に溺愛されることになっても、そこまで想われているとは思っていなかった。

だが、それは王太子のみならず、他の誰にも気づかれることはなかった。ヴァリャが、その話をしなかったからだ。

ただ、王太子と婚約してから、本を読み尽くしたいという欲求はおさまり始めていた。

ふとした拍子に実家の面々が、夜逃げしたと聞いたが、だからといって気にすることはなかった。ちょっと気になったのは……。


「あれ? あの子の婚約の話は、どうなったんだろ??」


夜逃げするほどの散財を婚約した家が許したのかと思うとヴァリャは、不思議でならなかった。

だが、それをわざわざ詳しく調べる気にはならなかった。知り尽くしたいはずのヴァリャが、知らなくてもいいと思うことは、ちゃんとあったようだ。

こうして、ヴァリャは王太子や周りに愛されて、幸せいっぱいの人生を謳歌することができたのだった。

ちなみにヴァリャの一番大事な人は、結婚してから我が子たちとなり、夫はそのすぐ下ではなくて、カシシャたちや養父母がいて、まぁ、そこそこのところに位置していたが、誰も気づくことはなかった。

それで、王太子は満足していた。愛してやまない人と添い遂げられて、隣に居続けてくれることで、ヴァリャへの溺愛っぷりは国内外が有名となっていたようだが、ヴァリャはその辺のことを知ることはなかった。

養父母は、ヴァリャが幸せになっていくのを見て喜んでいた。特にシダルタとその兄弟は、別の誰かを思い出しているようで、相変わらずシダルタの兄弟はヴァリャを見ては泣いていたが、どうやらその涙がヴァリャが思っているようなことで泣いていないとわかってからは、深く追求せずにハンカチをそっと差し出すことにした。

もっとも、それで更に泣くのだが、もはや何をしても、しなくともヴァリャがそこで困ったように笑っていても泣くようになっていて、シダルタも時折泣いているようで、ラヴィシャも首を傾げていた。

その辺のことも、知り尽くしたいはずのヴァリャは、しらずとも差し障りないと気にしていなかった。

世の中、適当にしていても問題ないとわかり、益々ヴァリャらしく、人生を歩んでいくことになった。

時折、ヴァリャを探している者たちが出没したようだが、それをヴァリャが知ることは決してなかった。



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