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シダルタは、ヴァリャがどんな令嬢なのかを色々と聞く前から何となく、ある人に似ている気がした。 

彼女が、チャクラバルディ侯爵家に来て、初めてシダルタが見た時に妻の若い頃にそっくりなのと何より実の姉に雰囲気が似ていることに驚いた。やつれた顔を見た時に後悔してもしきれない。未だに癒えないものが、シダルタの中にはあった。それを妻にも話したことはなかった。

そのため、何気にヴァリャと話すのが密かな楽しみになっていた。

姉は、下に兄弟が多いため、不自由をさせられないと母が病弱なため、1人で内職をしてくれていた。父はあてにならなかったのだが、その頃はそれにも気づいていなかった。

それを学生時代、やんちゃしていたシダルタは知りもしなかった。気付いた時には、病弱な母より、姉の方が身体を壊していた。そこから、長年の無理がたたって呆気なく亡くなってしまい、それから姉が何をしてくれていたかを知ることになったのだ。

やんちゃしていたなんて、言い訳にもならない。何をしてくれているかも、ちゃんと見もせず、見ようともせずに姉を馬鹿にしたことしか言わなかったのだ。


「女っ気もないな。そんなんじゃ、嫁の貰い手が見つからないぞ」
「……」


女っ気よりも、兄弟のために汗水たらしくれていたというのに愚かなことをしたものだ。あの頃の自分を全力でぶん殴ってやりたいことが、シダルタにはあった。

思い出すたび、いたたまれなかった。


「私はいいのよ」


そう言って姉は笑っていた。その顔を今も忘れられない。

何も知らない頃は、女っ気も何もない姉を恥ずかしいとすら思っていた。周りの子息の姉妹は、みんな、それなりに見えるように努力していたからだ。

でも、そんな努力よりも、兄弟たちのために働いてくれていたのにシダルタは、姉のことを恥とすら思っていたのだ。それが、未だにシダルタは己が一番許せないことだった。

なのに姉は、そんなシダルタを怒るでもなく、叱るでもなく、やりたいことをやっているだけだと言っていた。婚約者の1人もできない姉が、馬鹿にされるのが嫌だったが、嫁ぐのは一番最後でいいと思っていたのが、今ならよくわかる。

それなのに身体を壊して亡くなったと知らせを聞いた時も、何かの冗談だと他の兄弟と思ったくらいありえないことだった。

シダルタたちよりも、タフな人だったのだ。体力だけはありあまっているような人だったから、身体を壊したなんて信じられなかったのだ。

一体、姉の何を見ていたのだろうか。

母から聞かされた身体を壊した理由も、無理に無理をしていたせいだと知った。母の分も、頑張らねばと姉は自分を追い込み続けたのだ。自分だけをひたすら追い込んだ結果だった。

それなのに父親は、葬儀の時にみすぼらしいだけの娘のように言ったことで、シダルタと他の兄弟は激怒して父には早々に隠居してもらい、シダルタが跡を継いだ。母は、父が息子や娘にボロクソに言われ、扱われるのを助けることは一切なかった。


「お前の育て方が悪いせいだ!」
「いいえ。よかったから、こうなっているんです。もっとも、私ではなく、あの子がしたことです。私は、母親らしいことなど、何一つできずにいましたから」


その時の母は、姉を見ているようだった。そんな母も姉の後を追うように亡くなってしまい、蹶起は親孝行らしいことは何もできなかった。

それが、どうだ。父に苦労させられ、継母と腹違いの異母妹に散々な目にあわせられながらも、必死になって、それでも好きなことを手放さずにいるヴァリャ。そんな彼女の姿にシダルタに姉を思わせ、更にもっと強い者を見た。

振り回されながらも、好きなものを手放したくないところは、姉にそう生きてほしかったのもあった。

兄弟みんなを面倒見終わったら、今度は己の幸せを探す余力を残しておいてほしかった。自分の未来を賭けられても、残された方はどうしたらいいのかわからない。

だが、そうあってほしかった姉に見えつつ、愛してやまない妻の若い頃を思わせる娘が現れたのだ。

シダルタは、この娘を全力で幸せにしたいと思った。

何より最愛の妻の若い頃の顔立ちそっくりなのだ。まるで、実の娘ができたようにすら思えて、我が家の養子になる策なら、いくらでも立ててやろうではないかとシダルタは密かに思っていた。

きっと、他の兄弟たちも、ヴァリャを見たら、姉を思い出すはずだ。

そんなことを思っていたが、ヴァリャを見て泣き出す兄弟にヴァリャは……。


「私、そんなに怖い顔してますか?」
「ん?」
「だって、叔父様たち、私を見ると泣くのですもの」
「いや、あれは怖い顔をしているからではないぞ」


シダルタがいくら泣くなと言っても駄目で、ヴァリャは誤解したままとなってしまったが、怖い顔なだけでわざわざ会いに来るのだから、嫌われてはいないようだと変なところで落ち着くことになるが、その辺の誤解が解けることはなかった。


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