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ルクレツィア・ソラーリは、幼なじみのアンセルモ・グラツィアーニと婚約した。それも、かなりあっさりと決まったことだった。

そもそも、幼なじみとなる前に婚約した方が正確だ。でも、ややこしいため、幼なじみと婚約したと思われているのをいちいち訂正しなかったことで、周りは幼なじみと婚約した令嬢としてルクレツィアのことを見ていた。

幼なじみと婚約するほどアンセルモのことが好きなのだと思われている気がする。そう、婚約し続けているほどに好きなのだと思われているのは知っている。

それが物凄く勘違いで、好きだから婚約し続けているわけではない。むしろ、どんどん嫌になっている。そもそも、好きだったことが今までない。好きだと思うところが、まるでない人だ。

そんな人と今も婚約者のままなのは、ルクレツィアに婚約者でいたい理由が他にあったからだ。その話を誰かにしたことはないし、誰も気づいてはいないはずだ。

……相手にも、ルクレツィアの気持ちなんてわかっていないからこそ、今の関係が続いている。それで、ルクレツィアはよかった。

段々と婚約者のやることなすことの度が過ぎたことをしているが、それが当たり前になりすぎていて、とんでもないことになっているが、本人にその自覚は未だに欠片も芽生えていない。そのため、ルクレツィアは限界に近くなっているが、それでも耐えていた。

せっかくだから、正確にルクレツィアに何があったかを思い出して見ることにする。それも、誰にも話したことのないことだ。

ルクレツィアに友達がいないわけではない。多いわけでもないが、そんなことを話せる友達がいないというか。そんなことを言うと婚約のことを見直そうとされかねないため、誰にも言わずにいた。

あれは、まだ、こんな風に事実と違うことの揚げ足を取ることもなく、ポワポワとしていて変なのに捕まっても逃げも隠れもせずに成すがままの女の子だった。そう、変なのがいたら、あっさりと誘拐されそうなくらい無防備な女の子だったと思う。

アンセルモと初めて会った時は3歳くらいだったはずだ。そう、あの時にこの場所にいなければよかったのだ。

いや、捕まっても逃げるか。大きな声を出していればよかったのだが、この頃のルクレツィアは、両親に連れられるまま、パーティーなどに出ても壁の近くに突っ立っていることが多かった。

もっと言うと人間に興味なかった。だから、両親に連れられて出かけても、そこにいろと言われるままに突っ立っいられた。普通は、つまらないとして泣くか、暴れるか。意思表示をするところだったのだろうが、そんなことするのも面倒だった。

それに普通なら、少しでも親が離れたりすると騒ぐもののようだが、ルクレツィアは我が子だろうと子供に興味ないことに気づいていて、やり過ごすことが一番平和だと思ってしまったため、大人しくしていた。

だから、パーティーでも大人しくしていられる子供として、両親は自慢していたようだ。周りが凄いと言うのが嬉しかったのだろうが、そんなことで引っ張り出されて3歳児を立たせたままにしているのも、どうかと思うがその辺の嫌味や陰口は側でされない限り耳に入らないようだ。

それは、今も何ら変わっていない。そんな両親とそれに従う使用人たちしか、あの頃のルクレツィアには大人の見本がいなかった時にここにいろと言われたところから、その日、初めて移動した。

ルクレツィアの意思ではない。両親のように一言でも言ってくれたからでもない。

じっと見てきた見知らぬ男の子に捕まったからだった。


「このことなら、こんやくしてもいいよ」
「……」


そう言って、手を握られて連れられるままルクレツィアは、手を繋ぐ男の子と男性を見比べて首を傾げた。

そう、何も言われずに立っていた場所から手を掴まれて移動することになり、そんなことを言われたのだ。3歳児のルクレツィアにわかるわけがない。今、考えてもわからない。

男性は、我が子と視線を合わせるべく、しゃがみこんだ。それにルクレツィアは目をパチクリさせた。そんなことをする大人が、ルクレツィアの側にはいなかったのだ。

両親がしたのを見たことはない。使用人も、話す時にしたことはなかった。だから、初めて大人に興味がわいた。

手を繋いだまま話そうとしない男の子よりも、その男性が気になって仕方なくなっていた。


「アンセルモ。このお嬢さんと知り合いなのか?」
「ううん。はじめましてだよ」
「なら、まずは自己紹介すべきだ」
「アンセルモ」
「……」


男の子の名前を聞いても、ルクレツィアはどうでもよかった。

すると男性も自己紹介してくれた。


「この子の父親のティオフィロ・グラツィアーニだ。突然、連れて来られたようで、すまないな。お嬢さんの名前を聞いてもいいかな?」
「……ルクレツィア・ソラーリ」
「ルクレツィア。かわいいね」


ルクレツィアはティオフィロに名前を教えたにすぎないが、アンセルモは、可愛いを連発して抱きついて来た。ルクレツィアは、それに成すがままだった。

アンセルモより、ティオフィロのことを見ているのに忙しかった。何なら、邪魔するなと思っていたが、言葉にはしなかった。

その後、そこにいろと言うところからいなくなったルクレツィアを探し回っていた両親にルクレツィアは叱られかけたが、ティオフィロが間に入ってくれたからそんなに怒られることはなくなった。

そんなことがあり、アンセルモが気に入ったのが大きかったことで、そのまま流されるようにルクレツィアは婚約した。

それを止めようとすれば止められたかと言うと両親は、乗り気で婚約したくないと娘が言ったところで婚約させる以外の選択をさせる気はなかったのは明らかだった。

両親は、ティオフィロからの婚約の話に舞い上がっていて、生まれて初めて褒められた。


「よくやった!」
「流石は、私たちの娘ね!」
「……」


浮かれた両親を初めて見たのも、その時だ。

そんなこんなで、婚約することになったのは、ルクレツィアが4歳となってからだった。そこから、10年が過ぎた。

だから、みんなルクレツィアは幼なじみと婚約したと思っているが、婚約してから長くいるだけの顔なじみなだけなことは誰も知らないままだった。

そんな出会い方をして好きになったのが、婚約者ではないことに気づく者もいなかった。それこそ、そのことは誰にも言う気はなかった。

ルクレツィアは、好きでもない子息と婚約しながら、恋をしていた。でも、それを言葉にしたり、考え続けていても、幸せな気持ちなんてごく僅かなものしかなかったが、そのごく僅かな感情にすがって生きていた。

それ以外にルクレツィアには手放したくないものは何もなかった。そんな不毛な恋をしていた。

不毛でいて、始まることもない恋をしていた。


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