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しおりを挟む料理長は、エドガーに何があったかを全部話した。その場にテオドールもいて、殺気立つ彼に震え上がっていたが、それでもメイドを助けて寝ずに仕事していたと聞いて、その殺気も和らいでいた。
料理長が意地悪していたのなら、殺気は酷くなっても和らぐことなどなかっただろうが。
「お嬢が、メイドをな」
「メイド長から、すぐに報告されていたんだが、その、ここの使用人より、宮廷付きのメイドにコネを持ちたいのかと思っていたんだ」
その言葉に殺気が胡散して、テオドールは何とも言えない表情をしていた。
エドガーは、それが視界に見えたが、気づかないふりをした。
「あー、そこはお嬢にも何か思うことがあったんだろうな。困っていたから、助けただけじゃねぇかな」
「あぁ、多分、そうだろう。苦労して手にしたレシピをあんなに簡単に教えてくれるような娘だ。メイド長には、これから話しておく。彼女のことをうちの料理係だと思ったままなんだ。きちんと訂正しとく」
「あー、別にしなくとも……」
「そこは、大事だ。何より、あのメイド長は、団長の義母だからな。すまんな。すっかり忘れてたんだ。私から、よく言っておく。ここの古株の使用人も、気に入ってるんだろ? メイド長も、褒めちぎっていた。自分のところに是非ほしいとすら言っていたからな」
「っ、」
「どこにもやる気はねぇよ。お嬢は、ここの使用人だ。今回のは、陛下の頼みで仕方なく貸し出しただけだ」
テオドールは動揺していたが、エドガーも義母のことを持ち出されて動揺しているが、マリーヌのことはどこにもやる気はないと釘をさすのは忘れなかった。
料理長が帰って行き、不安気なテオドールにエドガーは……。
「メイド長に気に入られるなんざ、流石はお嬢だ。あの人、滅多なことじゃ若い娘を褒めたりしねぇんだよな」
「えぇ、知っています」
テオドールは、メイド長を思い返して何とも言えない顔をしていた。
「んな顔すんな。メイド長のことは、ばーさんに任せときゃなんとかなる」
義母に自分から言うよりは、老婦人からの方がいいと思ったのは、面倒くさいだけではない。……半分以上は、面倒くさいとは思っていたようだが、それだけではなかった。
このことをすぐにエドガーが老婦人に話したら、メイド長とは久しく会っていないからと言いながら、マリーヌのことを褒めちぎるのはわかるが、やらないときっちり言い聞かせたようだ。流石に義息子に言われるよりは、先輩として昔から何かと良くしてくれていた老婦人から言われて、スカウトするのは諦めたようだ。
だが、そんなにいい子なら、孫の嫁にとも考えたようだが、それについても老婦人が話したようだ。副騎士団長が、彼女に一目惚れしていると話したことで、メイド長は目を輝かせた。それこそ、女嫌いで義息子とただならぬ関係だと噂されているのだ。後半は噂にすぎないと思っているが、女嫌いなのは嘘ではないとわかっている分、そんな男が一目惚れした娘だと聞かされて、孫の嫁にするのは諦めることにしたようだ。
「あの男が、一目惚れするなんて……」
「女神だと団長に言ったそうだよ。それと料理が美味いからね。がっつり胃袋掴まれてるのさ」
「そう。そこまでなのね。なら、孫の嫁にとは言えないわね。私の孫の人生、大変なことになるのは避けたいもの」
「そういうことさ」
そんなやり取りがなされているとは、マリーヌは思ってもみなかった。
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