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しおりを挟むあの日、ルシアは王子様が自分を迎えに来てくれたと思ったのも、つかの間のことだった。それが、姉の婚約者だとわかって固まってしまったが、バルトロメに一目惚れしたと思ったことすら、玄関から入って来た時の光の加減で、ただの勘違いだとわかったのもすぐだった。
そこからルシアの記憶は別の記憶といりまじることになってしまい、酷い頭痛がし始めて具合が悪くなってしまったのだ。
ルシアの7歳くらいまでの記憶と別の名前で呼ばれて、姉のバレリア以上の年齢くらいまでの女の人の記憶が、ぐちゃぐちゃにいりまじったのだ。
ルシアは、両親のことをこう呼んでいた。
「おとうさま、おかあさま」
でも、もう一つの記憶の方では、今の両親とは似ても似つかない人たちのことを別の誰かの両親のはずが、自分の両親かのようにこう呼んでいた。
「パパ、ママ」
しかも、ここではない別のところにいたような記憶すらあった。そこには、両親以外もいた。両親が忙しくしていて、別の名前で呼ばれた時は祖母が側にいてくれた。
今のルシアの年頃には、祖母が大概の時は一緒にいてくれたのだ。ぐちゃぐちゃにいりまじる記憶の中で、思い出して嬉しいと思う余裕は、その時のルシアにはなかった。
頭が痛くて仕方がなかったのだ。だから、部屋に行こうとしていただけだったのだが、それを邪魔したのは姉だったわけだ。
バレリアは妹のわがままで、仮病だと決めつけていたのだ。自分の大事な日だというのに台無しにしようとしていると思ったのだろう。
ルシアの部屋まで付き添おうとするメイドのソフィアをわざわざ呼び止めて、他の用事を頼んだのも、彼女なりに大事な日を無事に終わらせるためにしたことだったが、そのやり方が人と違い過ぎたのだ。どう考えても、度を越した嫌がらせでしかなかったのだ。
ルシアは、そんな姉をよそにとにかく部屋で横になりたいと思って、一人で部屋に戻ろうと必死になっていた。それが上手くいかず、階段を転がり落ちることになってしまったわけだ。
そもそも、仮病だと思っていなければ、防げたかも知れないのだが、バレリアは妹が階段を転げ落ちることになるのを間近で見ていたはずなのに驚くことに何も変わらないままだったのだ。
頭から血を流してぐったりする妹よりも、婚約者と出かけることにしたのだ。それに両親が、バレリアにもバルトロメにも、激怒することになるのも無理はなかったが、二人はそれこそ自分たちは医者でも何でもないのだからとそこにいるだけ無駄なように思っているところが、そっくりだった。
両親や使用人たちは、ぐったりと横たわるルシアに血の気が引く思いを味わっていたが、バレリアたちがそんなことを感じることは一切なかったのだ。
まぁ、そんなことを思ってもいない二人が、そこにいても人を苛つかせるしかできなかっただろうから、どこかに行ってくれてよかったと思えばいいのかも知れないが、ルシアが大怪我をしているのを目の当たりにしておいて、平然とデートができる二人のことを理解できる者などいなかった。
ありえないことしかできない二人をそれこそ、お似合いだと皮肉る者もいたが、皮肉っていることに気づいてすらいないようで、そんなところもそっくりすぎる二人に呆れる者も多くいた。
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