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しおりを挟むたまに夜会に行くのにルシアたちの両親はこっそりと着飾ってはいたようだが、子供たちを心配して早めに戻って来ていた。何が心配なのかは言うまでもない。バレリアが、ルシアに何かしていないかと気が気ではいられないからだ。使用人たちが目を光らせていようとも、バレリアは周りが思いもつかないことをしでかすのだ。そんなことをしそうなのを警戒していて、夜会に出かけても楽しめるはずもなく、そのうちバレリアの婚約者が中々決まらないせいで、その話をされることを避けるために出席しなくなっていた。
それが、この日の朝になって普段はしないようなおめかしをすることになったのだ。珍しく朝から楽しそうにしている母に身支度を整えてもらうことになったルシアは、ずっと笑顔だった。
父にも、おめかしした姿を見てもらい、ついさっき可愛いと褒められたばかりだった。そのため、ルシアは不自然な動きをしながらも、本人は至って約束を守っていい子にしているつもりでいた。着飾った格好の時は、いい子にしていると約束したことで、服を汚さないようにしながら、お淑やかにもしなければと色々といっぱいいっぱいに考えすぎているせいで、ぎくしゃくした動きとなっていたが、そんなつもりのないルシアは大真面目だったが、周りはそんなルシアを見て微笑ましそうにしていたことにも、ルシアは気づいてはいなかった。そんな風に周りを見る余裕がなかったのだ。
そこまでは、家族団欒を絵に描いたように和やかなものだった。使用人たちも、素敵な家族だと眩しいものを見る目をして微笑ましそうに見守っていた。
そこにルシアの一回り近く歳の離れた姉のバレリアがやって来たことで、何やらピリピリとしたような雰囲気になったのは、すぐのことだった。
使用人たちも、バレリアを見るなり笑顔を引っ込めて無表情になっていた。
そうなるのも、以前にこんなことがあったからだ。笑顔なだけでも、バレリアは……。
「何を笑ってるのよ」
「いえ、そんなつもりは……」
機嫌が悪いと笑顔1つで、くどくどと文句を言われて、他の仕事ができなくなるのだ。バレリアの気が済むまで、言われ放題になるのだ。
笑っているのと笑われているのは違うのだが、バレリアが当たり散らせて鬱憤を晴らせるのなら、きっと誰でもよかったのかも知れない。誰でも良くて、その人がどうなろうとバレリアが気にかけることはないのだ。
以前、何かと目をつけられていた使用人が侯爵家にはいた。彼女は集中的にバレリアから嫌味を言われ続けることになり、精神的におかしくなってしまって、結婚をすることを理由に辞めてしまったが、その際は両親はバレリアが彼女に何をしていたかを執事や他の使用人たちに聞いていて、給料のみならず、結婚のお祝いにと多めにご祝儀を渡したこともあったようだが、そんなことをバレリアも、ルシアも知らなかった。
ただ、ルシアはその使用人が暗い顔と悲しげな顔をしていることを気にしていた。結婚するから辞めると聞いた時には、彼女の絵を描いていた。
まだ、6歳になった頃だっただろうか。ルシアは、彼女にこんなことを言いつつ、絵と共に渡して彼女に抱きついていた。
「いいこにしてたら、おうじさまにあえるのよ」
「え?」
突然、ルシアがそんなことを言い出して、その使用人はきょとんとしていた。
抱きついていたルシアを至近距離で見つめたことは、その時が初めてではなかったが、彼女はまるで違う人物を見ているような不思議な感覚に陥ることになった。
「っ!?」
「あなただけのおうじさま、みつけられてよかったね」
「ルシア様」
「しあわせになれるわ。かみさまが、みていてくれてるもの。だから、おうじさまにあえたんだから、しあわせになれないわけがないわ」
「っ、」
使用人は、ルシアであって別の誰かにそんなことを言われた気がした。そう神様の御使いに祝福されたような気がして感極まることになったのは、すぐのことだった。彼女は感激して大泣きしていた。その涙は、悔し涙の時とうってかわって、嬉し泣きをしていた。
「ルシア様、ありがとうございます!」
ルシアに何度もお礼を言って、ルシアが描いた絵を大事そうに抱えて去って行った。その笑顔は晴れ晴れとしたものだった。結婚が決まって仕事を辞めると言っていた彼女だが、ずっと浮かない顔をしていたのだ。それが嘘のようにスッキリした顔をして去る姿に使用人たちも、ホッとしていた。
だが、そんなことをした当の本人は、そんなことがあったことをケロッと忘れてしまったのは、すぐだった。
あの使用人が大泣きしていたが、何を言ったのかと両親に聞かれても、きょとんとするばかりで絵を描いて渡したとしか言わなかったのだ。
「ルシアの絵か」
「あんなに感激していたのなら、私も見せてもらえばよかったわ」
両親は、そんなことを思っていたようだが、ルシアがお絵かきに夢中になることは、それ以降なかった。
いい子にしていたら、王子様に会える。そんなことをルシアの周りで、彼女に言う者はいなかったのだが、ルシアがなぜか不意にそんな言葉が飛び出したことも、本人は覚えてはいなかったのだ。
時折、そんな風になることはあったが、それをおかしいと思い、ルシアに追求しようとする者はいなかったことで、ルシアも自分がおかしなことになっていることに全く気づいてはいなかった。
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