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しおりを挟むプリシャ・カウルは、その日もいつもと変わりない日になると思っていたが、いつもがどんな感じだったかを忘れ去るような日になるとは思いもしなかった。
「え? あの、今なんて……?」
「だから、あなたの婚約者が浮気しているのを見たのよ」
「浮気……?」
「そうよ。びっくりしちゃったわ。でも、見たからには教えなきゃと思って」
「……」
伯爵令嬢のプリシャは、侯爵令嬢の幼なじみのカルニカ・クラナとは昔から仲良くしていた。彼女はとても気さくな令嬢で、昔から何かと人よりおっとりしているプリシャのことを急かすようなことはなかった。プリシャにとっては、とてもありがたい頼もしい友達だ。
そんな彼女の姉のシーラ・クラナとは、そこまでの交流はなかった。だから、学園を1人でプリシャが歩いている時に呼び止められた時、一瞬誰だったろうかを思わず考えてしまった。
だが、目の前の令嬢は前からよく知っているかのように普通に話しかけてきていて戸惑ってしまった。あまりにも普通にいつも他愛のない話をしているかのようにされて、戸惑わないわけがない。
記憶力がよいプリシャは、顔立ちがカルニカにどことなく似ているのもあり、目の前の人は幼なじみの姉だったかなと思っているとそんなことを言われて驚いてしまった。もっとも浮気と聞いたら、誰もが驚くところではあるが。
そう、かなり驚いているのだが、プリシャはあまり表情が変わってないように見えた。プリシャは驚きすぎると表情が、あまり変わらない。その辺で勘違いされていた。
それに突然、話しかけられたことも含めていつも以上に驚いているが、それは付き合いの長い者にしかわからないところだった。名乗ってくれたら、もっとわかりやすかったとは思うが、それ以外にも色々ありすぎた。
そもそも、幼なじみのお姉さんとは、プリシャはそんなに親しくはない。クラナ侯爵家に遊びに行っても会えたことがないのだ。なぜか、侯爵夫妻はシーラに会わせたがらなかった。それは、カルニカも同じだったが。カルニカの方が両親よりも会わせたくなさそうに見えた。
「お姉様に挨拶なんて、わざわざしなくて大丈夫よ」
「え? でも……」
「プリシャちゃん、いいのよ。面倒なことになるだけだから」
「??」
クラナ侯爵夫人は、面倒だとか。厄介ごとに巻き込まれるかのように言っていたし、カルニカも同じようなことを言っていたことは前から聞いていた。そのため、幼なじみなのにびっくりするくらいシーラとは会ったことがなかった。
それでも、たまたま顔を合わせて自己紹介を随分昔にしたが、その時もカルニカたちはさっさとプリシャとシーラを引き離した。それにプリシャは首を傾げるばかりだったが、どうしてなのかと追求することはなかった。おっとりしすぎて、聞きそびれてばかりいるだけだったりする。
それなのにいつ振りに会ったのかわからないが、この距離感で来るのだ。妹の幼なじみだから、堅苦しくする必要ないとフレンドリーなのかも知れないが、これは近すぎる気がする。他の令嬢なら、不快そうにするかも知れないが、そこまでプリシャは至っていない。
でも、幼なじみの婚約者が浮気していると思って親切に教えてくれているだけなのだろう。そう思おうとしても、プリシャには不思議でならないことがあった。
普段からおっとりしている令嬢だが、婚約者の浮気という話にもピンとくるものが全くなかった。自分に夢中だから、浮気の心配をしていないわけではない。そんな惚気をする気はプリシャには全くない。ただ、そんな余裕がないと思っているだけだ。
そんなプリシャに若干、いや、かなりシーラの方がイライラしているように見える。まぁ、プリシャのおっとり加減で、こういう時に苛つかない者は少ないが、頭の中は冴えているだけなのだが、それもわかりづらいせいで、誤解されている。
こういう時でも流されないところが、プリシャだった。
「えっと、それは、どこでですか?」
「街よ!」
「街で……?」
街と聞いて、どこの街のことかとプリシャは思案してしまった。どちらにしても、無理な気がしてならない。
だが、シーラはそんなプリシャのことなど、いつものこととばかりに話を進めた。どうやら、プリシャのことを彼女はよくわかっているようだ。いや、元々彼女は他人にこうなのかも知れない。
プリシャとしては、特に興味がわかない話題で、疑問ばかりが膨らむものでしかなかったが、婚約者の浮気と聞いてパニックを起こしているとでも思ったようだ。
そう、普通ならそうなるところだろうが、プリシャは普通ではない。ただ、考え込んでいるだけだ。どう考えても浮気する余裕があるわけないと。
まぁ、そもそも婚約者がプリシャに嘘をついていたら話は変わって来るが、そこまでするだろうか?
それだとプリシャに嘘をつくだけでは済まされなくなる。そんな面倒なことをするのだろうか?
そんなようなことを考えていた。表情からは読み取れないが、見た感じがおっとりしているし、周りからもおっとりしていると言われるので本人もそうなのだと思っているが、中身はおっとりしているとは言えないことをわかっていない。
頭の中は目まぐるしく、あれやこれやと考えているのだ。表情でわかりにくいだけだ。
「そうよ。この間の休日にカルニカといたのよ」
「カルニカと??」
プリシャは、今度こそ、わけがわからないとばかりに目をパチクリさせた。それで、解決することもないが瞬きが多くなった。目の前の令嬢が不思議なことを言っているようにしか聞こえないのだ。
プリシャの婚約者は、今は隣国に留学中だ。休日に戻って来て、幼なじみと浮気するなんてことをするだろうか?
それにシーラも、婚約したばかりだ。プリシャの婚約者と浮気するより、婚約者と普通にデートしているのではなかろうか?
そんなことをプリシャが頭の中で思っていると……。
「ショックよね。わかるわ。私も、自分の妹が幼なじみの婚約者と浮気していて、びっくりしたもの」
「……」
すっかり混乱しているプリシャのことをシーラは、浮気していると知ってショックだから、言葉も出ないと思われているようだ。
プリシャとしては婚約者のことより、目の前の幼なじみのお姉さんが何を見たのかが、気になってならなかった。
「あの、その子息は、本当に私の婚約者でしたか?」
「絶対に間違いないわ。ジテンドラ様だったもの」
「……え?」
ジテンドラと聞いて、プリシャは何を言ってるんだろうかと本気で思って、思わずシーラの頭の心配をしてしまった。それこそ、おかしなことを言っている自覚が、どう見ても目の前の令嬢からは感じられないのだ。心配にならないわけがない。
だって、プリシャの婚約者はジテンドラではないのだ。
これは、誤解しているだけかもと知れないとプリシャが、口を開こうとしたところにカルニカとジテンドラが、プリシャたちのところにやって来た。
このタイミングで、2人はこちらにやって来たのだ。
「プリシャとお姉様が、一緒にいるなんて珍しいわね」
「本当だな。何かあったのか?」
2人は知り合いがいて珍しいとばかりに声をかけて来た。プリシャは、カルニカと婚約してから、ジテンドラともよく話すようになった。彼女と似ていて気さくな子息だ。プリシャはおっとりしていても怒ることも、咎めることも、怪訝な顔もしない。
でも、シーラとは学園では殆ど初めてに近い。そんな2人が一緒にいたのだ。珍しいと言われるのは無理もない。カルニカやその両親が、シーラと会わせたがらなかったのもあり、学園でこんなに話したのは初めてのようなものだ。
そう、挨拶をする程度で、まともな会話をした覚えがプリシャにはなかった。なのにこんなにフレンドリーなのだ。以前からよく話し込むような感じで周りも、見かけたことがないようでいて一緒に話し込んでいるから、そうなのだろうと流されていた。
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