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ヴィルヘルミーネは、王都の神殿の前に立っていた。視線の先には、以前王都で見た彫刻壁画と変わっていた。ヴィルヘルミーネは、思っていた通りのことが起こってしまっていたのだと思うばかりだった。


「……」
「これは、石化した人々なのか……?」


ヘルムフリートが呟くのが聞こえた。他の者たちも、まさかという顔をして神殿の周りの彫刻壁画や中の彫刻壁画を見るため入っていた。

そこで家族や知り合いたちを見つけた者たちが、その前で泣き出していた。

ローザリンデも、神殿内の彫刻壁画で両親を見つけて泣いていた。壁に埋もれてはいるが、我先にと助かろうとする者から、妻を守るように寄り添いながら、他の者よりも穏やかな顔に見えた。もしかすると娘が一緒ではないことに安堵しているのかも知れない。殴りつけて言うことを聞かせようとしても聞かず、勘当したが連れて来なくて良かったと思いながら、娘の無事を信じながら石化したのかも知れない。


「ローザリンデ」
「ヴィルヘルミーネ。両親よ。この顔を見間違えたりしない。お父様とお母様よ」


寄り添い合って、石化しつつ壁に埋もれる二人を見てヴィルヘルミーネも涙した。

他にも、我先にと王都に向かった神官と元婚約者の子息とその婚約者の令嬢をそれぞれ見つけて、何とも言えない顔をしていた。


「……最期は、ここにたどり着いていたのに。石化を止められなかったようですね」


どれだけ悪く言われたかわからないが、ヴィルヘルミーネはそんな彼らを思って泣いた。彼らがしたことで、聖女の側が安全だと集まって来た者たちは、助かったのだ。

それぞれが、知り合いを見つけて嘆き悲しんでいる中にヘルムフリートもいた。

神殿騎士や神殿の知り合いを見つけ、だが、元婚約者の王女が中々見つけられずに探し歩いていた。何度見渡してもいないのだ。もう一周回ろうかと思い、もしやと思って王宮へと向かった。

そこで、ようやくヘルムフリートは、王女を見つけることになった。それを見て何とも言えない顔をしてしまっていた。


「ここにいたのか」


彼女は、神殿にはどうしても行きたくなかったようだ。

王宮の王女の一室で石像と化していたのだ。いつも、彼女の周りには、常に侍女が複数いて護衛もいたが、誰も彼女の側にはいなかった。

ましてや彼女の両親である国王も王妃も、娘を気にかけてもいなかったようだ。あの二人も、神殿には行かずに宮殿にいた。他の貴族たちも、時が止まったかのように大広間で石化していた。


「王族も、貴族も、最期まで理解できなかったようだな」


ヘルムフリートは、いたたまれない思いだった。どのくらいそこにいたかわからないが、気づくとヴィルヘルミーネが側にいた。泣き腫らした顔をしていて、ヘルムフリートは胸が傷んだ。


「この方が……」
「元婚約者です」
「昔、見たことがあります。あの頃も思っていましたが、お美しい方ですね」


ヘルムフリートは、確かに外見は美しく見えるが、内面は全く美しい女性ではなかったと苦笑したくなっていた。


「どうかしましたか?」
「何でもありません」


ヘルムフリートは、感傷的になっていると何処からともなく風が吹き荒れた。すると石化していた王女の石像が砂となって舞って消えたのだ。


「「?!」」


それに驚いた二人は、王宮の石像が砂と化したのを見て、神殿に走った。ヴィルヘルミーネは、自分の運動神経の無さを痛感して転び、それに驚いたヘルムフリートが姫抱きして走ることになったのも、すぐのことだった。


(よもや、再び走るだけで、あんな派手に転ぶなんて……。ましてや、ヘルムフリートの前だというのに)


あまりに勢いある転び方をしたヴィルヘルミーネは、恥ずかしさで顔を赤くしていたが、姫抱きされて運ばれていることに気づいて更に顔を赤くすることはなかった。

その前に神殿に到着した方が早かったのだ。ヴィルヘルミーネを抱えていても、ヘルムフリートの速さに問題はなかったろう。

神殿では石化した人々が砂と化すことはなかったようだ。相変わらず泣き崩れる者と名残惜しそうにしながら、村に帰ろうとしている者たちがいた。

完全に石化して彫刻壁画となった者たちを元に戻せる術を知らなかったこともあり、初代聖女の頃に起こった時のように次の厄災が起こるまで、その姿で何があったかを語り続けることだろう。

誰もいなくなった王都に元々住んでいた者たちが中心となって復興することになった。

ローザリンデは、両親を亡くして勘当すると言われていた以上、元公爵令嬢だが今は身分が違うからとヴィルヘルミーネの兄と婚約するのは無理だと断っていたようだが、それをヴィルヘルミーネは母と一緒になって説得し続けた。ローザリンデが、神官長の養女となって、ヴィルヘルミーネの兄と婚約することになったのは、王都で石化した人々を見てから半年ほど過ぎた頃だった。

二人が幸せそうにするのを見てヴィルヘルミーネは感慨深いものがあった。


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