上 下
28 / 39

27

しおりを挟む

神殿騎士になる前に時間を見つけては、神殿に足繁く通っていた時期がヘルムフリートにはあった。

その日も、時間を作っては神殿に赴いていたのは、とある少女を見たいがためだった。

いつも、その少女は入口付近でひっそりと祈っていた。祈っている彼女を一目見たくて、その日を頑張るようにすらなり始めていた。

祈りの邪魔はできないといつも遠目で、その少女を見ていたが、その日は色々と忙しくて急ぎ足で神殿に向かっていた。

するとその途中で人にヘルムフリートは、ぶつかってしまったのだ。


「すみません」
「……」
「怪我はしていませんか?」
「大丈夫です」


そんな風にぶつかったのは、その日を堺にして、月に何度かあった。その女性とヘルムフリートは婚約することになったのだが、彼女はヘルムフリートがわざと自分にぶつかってきてアピールしていると周りに話していた。

その女性は、王女だった。神殿に足繁く通って祈るような方ではなかったが、その時だけ通い詰めていて、ヘルムフリートにわざとぶつかり続けていたのだ。彼を見初めて一目惚れをした王女は、彼が神殿に通うことを知って、己も通い詰めているのだとアピールして、無理やり婚約するまでしたのだ。

ヘルムフリートは、王女が言うようなことをしてはいなかった。ただ、1秒でも長く、あの少女と同じ空間で祈っていたいと思っていたにすぎなかったが、周りはわざとぶつかって印象づけるようなことまでして、アピールしたのかと思いこんでしまい、あれよあれよというまに婚約することになってしまったのだ。

それを否定すればするほど、照れ隠しだと思われてしまい、げんなりする日々を送ることになった。

それでも、神殿で彼女に会えるのなら、大したことではなかったが、ある日を堺にしてぱたりと会えなくなったことで、ヘルムフリートはどれほどのショックを受けたことか。

それでも、神殿騎士を目指すのをやめなかったのは、いつか再び会えるかもしれないと淡い期待をしていたこともあった。

だが、その少女にお似合いだと思われていたことには全く気づいていなかった。

それどころか。あちらも、ヘルムフリートに今日はお会いできるだろうかと思って待ちわびられていたことも知らなかった。

お互い話しかけていたら、何かしら変わっていたかも知れないが、すれ違ったまま、別の人と婚約をすることになってしまったのだ。

ヘルムフリートは、お似合いだと周りに騒がれていたが、それに浮かれていたのは婚約していた王女の方だけだった。

それでも、婚約したのだからとヘルムフリートは何かと気にかけてはいたが、それが相手の方はヘルムフリートのことを理解してはいなかったのだ。

疲れる夢を見たが、勢いのまま結婚を取りやめて、婚約を破棄にしたことに後悔も未練もヘルムフリートにはなかった。むしろ、さっさと破棄にしておけばよかったとすら思っていた。

王都に帰ったら、王女と勢いのまま、婚約破棄したのだから一悶着あるだろうなと思うと憂鬱な気分にもなってしまった。


「よほど、嫌な夢を見たんですね」
「あぁ、そうだな」
「なら、身体を動かしたら、どうですか? みんな、身体が鈍らないようにと自主練を始めてますよ」
「それはいいな」


ヘルムフリートは、早速、身体を動かそうと着替えて外に向かった。

それこそ、いつか現れる聖女の役に立ちたいがために訓練をしてきたが、今は聖女が自分の目の前にいることが嬉しくて仕方がなかった。

ヘルムフリートが夢見た通りの女性が聖女となっていたのだ。そんな彼女の願いを叶えるために身体が鈍ったままでは困ると思っていて、張り切りすぎたヘルムフリートによって訓練の相手をしていた神殿騎士たちが勘弁してくれと泣きつくのは、いつもより早かった。どうやら、全く鈍ってはいなかったようだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...