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しおりを挟む聖女となった初代は長生きをされた唯一の聖女だと伝えられていた。老衰で、祈りながら亡くなっていたと伝えられていて、そのお顔は穏やかなもので亡くなっているとは思えないほどだったらしく、彼女らしい最期だったと言われている。
その葬儀は、2週間かかって行われて、国民は1年間、喪に服した。
彼女を悼んだその時の王国王、それから己が亡くなるまで喪に服した服装をし続けるほどだった。最も慕われた聖女として、有名だった。
その時の王は、聖女に秘めた想いを持っていたようだが、添い遂げることは叶わなかったとも言われている。だからこそ、聖女が亡くなってからは喪に服した服装ばかりとなったようだが、それを王妃や子供たちは理解していなかったようだ。
そのせいか、聖女に関して王族は偏見を持っている者が多くなるようになった。それが広がり、今の王都では祈るしか能のない者が聖女になるとすら言われて、一部のものに馬鹿にされていた。
ヘルムフリートも、神殿騎士になることを目指したことで、色々言われ、なってからでも色々言われたほど酷いものだった。
王都に行くとヴィルヘルミーネが言えば、その通りにしたが彼女は街の人たちを避難させても、自分は残ると言ったことにヘルムフリートは感激していた。聖女となった者を一番に避難させるなど侮辱でしかないのだが、それを理解する者は王都では少なくなり始めていた。
それこそ、ヴィルヘルミーネの友達の令嬢の言葉が、ヘルムフリートは耳に残っていた。聖女の側が一番安全。それを聞いてヘルムフリートの心が反応していた。なぜだが、その通りだと思ったのだ。伝染病が終息しなければ、ここにいたところで危険でしかないのに。
同じようなことをヴィルヘルミーネが思っていることもヘルムフリートはしらなかったが、あの出来事もあり自分の求めていた方にようやく巡り会えたと思えて感激していた。
やっと、聖女に仕えることができたと。心から喜びに溢れている。だが、同時に歴代の聖女のことを思い返して、心が痛んだ。
初代のあとの聖女は、ちらほら現れたが長生きではなくて平均的だったが、ここ最近は現れたかと思えば、短命な聖女ばかりとなっていて、自称聖女もちらほら現れてもいた。それで好き勝手に飲食をしては、えばり散らして無銭飲食を繰り返している不届き者までいた。
それこそ、ヴィルヘルミーネは聖女となった中でも最短になるかも知れない。
そんなことで名を残す者になってほしくはないとヘルムフリートは思っていた。彼だけではない。神殿に残った者は、みんな同じ思いだった。王都に向かった者たちの多くはそうだろう。
「そういえば、王都でも同じようなことを少し前に聞いたことがあったな。だが、いつの間にやら居なくなってしまって、聖女ではなかったのかと残念がる者も少なくなかったが」
「なら、ヴィルヘルミーネ様のことかも知れませんな。あの方は、王都から、こっちに家族で引っ越されてきたんですよ」
「そいえば、そんなことを言っていたな」
ヘルムフリートは、ふと昔のことを思い出していた。それこそ、残念がっているうちの一人に彼も含まれていた。
王都の神殿で、幼いながらも熱心に祈る一人の少女の姿が今も目に焼き付いていた。陽の光に照らされ、息を呑むほど美しい光景を見たのは、あれが初めてだった。
その姿を見て、神殿騎士になろうと思うようになった。彼女のような尊い方こそ、聖女と成られる方に違いない。そんな方に仕えたいと思ったのだ。そのためにヘルムフリートは、己自身の心と身体を磨いた。
その少女を神殿に行くたび、ついつい目で探していたが、ヘルムフリートは婚約してから、しばらくして見かけなくなったのだ。
それにどれほど、残念に思ったことか。それこそ、名前を聞いておけばよかったとどれほど後悔したか。
婚約するなら、その少女のような女性が良かったが、真逆の女性と婚約してしまい、聖女を王命で迎えに行くことになったことを告げた時に決定的になったのだ。彼女とは、やっていけないと。
「聖女なんて、本気で信じてるわけじゃないわよね?」
「私は、神殿騎士だ。本気で信じているに決まっているだろ!」
「それは、ただの仕事でしょ。他にも神殿騎士はいるじゃない。その人たちが行けばいいのよ。あなたが、わざわざ行く必要ないはずよ」
「神殿騎士が他に居ようとも聖女が選ばれたなら、馳せ参ずるのが神殿騎士だ。その役目をみすみす他の誰かに譲る気は、私にはない」
彼女は、全く理解していなかったのだ。それどころか、聖女のことも、神殿騎士のヘルムフリートのことも、馬鹿にしていたことがよくわかった。ヘルムフリートは結婚寸前の彼女と婚約破棄して、ヴィルヘルミーネのところに来たのだ。
そんなヘルムフリートにヴィルヘルミーネは……。
「愛する人や家族の元に無事に帰ってください。……それと母のことをお願いします」
そう言ったのだ。そんなことを言うヴィルヘルミーネこそ、ヘルムフリートが命を賭してでも守りたい人、そのものだった。
だからこそ、何が何でも彼女を死なせたくないとも思っていたが、それがあの少女かも知れないとわかり、それが自分の運命のようにすら思えていた。
だが、まさか、ヴィルヘルミーネにとってヘルムフリートが初恋の人で、結婚していると思われているとは思ってもみなかった。
もっとも、その誤解が解けるまで、まだしばらくかかるのだが、そのことにたどり着くどころか。お互いがお互いのことを覚えていたことすら気づいていない。
「騎士様? どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
ヘルムフリートは、物思いに耽っていたのを切り替えるように病人の世話に集中するのも、すぐだった。
自分が今できることを精一杯やる。それが、自分の務めだと思ってヘルムフリートは、鈍り始めた思考を必死に研ぎ澄ました。ヘルムフリートも、いっぱいいっぱいとなっていたが、弱音を吐くことはなかった。
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