上 下
23 / 39

22

しおりを挟む

聖女となった初代は長生きをされた唯一の聖女だと伝えられていた。老衰で、祈りながら亡くなっていたと伝えられていて、そのお顔は穏やかなもので亡くなっているとは思えないほどだったらしく、彼女らしい最期だったと言われている。

その葬儀は、2週間かかって行われて、国民は1年間、喪に服した。

彼女を悼んだその時の王国王、それから己が亡くなるまで喪に服した服装をし続けるほどだった。最も慕われた聖女として、有名だった。

その時の王は、聖女に秘めた想いを持っていたようだが、添い遂げることは叶わなかったとも言われている。だからこそ、聖女が亡くなってからは喪に服した服装ばかりとなったようだが、それを王妃や子供たちは理解していなかったようだ。

そのせいか、聖女に関して王族は偏見を持っている者が多くなるようになった。それが広がり、今の王都では祈るしか能のない者が聖女になるとすら言われて、一部のものに馬鹿にされていた。

ヘルムフリートも、神殿騎士になることを目指したことで、色々言われ、なってからでも色々言われたほど酷いものだった。

王都に行くとヴィルヘルミーネが言えば、その通りにしたが彼女は街の人たちを避難させても、自分は残ると言ったことにヘルムフリートは感激していた。聖女となった者を一番に避難させるなど侮辱でしかないのだが、それを理解する者は王都では少なくなり始めていた。

それこそ、ヴィルヘルミーネの友達の令嬢の言葉が、ヘルムフリートは耳に残っていた。聖女の側が一番安全。それを聞いてヘルムフリートの心が反応していた。なぜだが、その通りだと思ったのだ。伝染病が終息しなければ、ここにいたところで危険でしかないのに。

同じようなことをヴィルヘルミーネが思っていることもヘルムフリートはしらなかったが、あの出来事もあり自分の求めていた方にようやく巡り会えたと思えて感激していた。

やっと、聖女に仕えることができたと。心から喜びに溢れている。だが、同時に歴代の聖女のことを思い返して、心が痛んだ。

初代のあとの聖女は、ちらほら現れたが長生きではなくて平均的だったが、ここ最近は現れたかと思えば、短命な聖女ばかりとなっていて、自称聖女もちらほら現れてもいた。それで好き勝手に飲食をしては、えばり散らして無銭飲食を繰り返している不届き者までいた。

それこそ、ヴィルヘルミーネは聖女となった中でも最短になるかも知れない。

そんなことで名を残す者になってほしくはないとヘルムフリートは思っていた。彼だけではない。神殿に残った者は、みんな同じ思いだった。王都に向かった者たちの多くはそうだろう。


「そういえば、王都でも同じようなことを少し前に聞いたことがあったな。だが、いつの間にやら居なくなってしまって、聖女ではなかったのかと残念がる者も少なくなかったが」
「なら、ヴィルヘルミーネ様のことかも知れませんな。あの方は、王都から、こっちに家族で引っ越されてきたんですよ」
「そいえば、そんなことを言っていたな」


ヘルムフリートは、ふと昔のことを思い出していた。それこそ、残念がっているうちの一人に彼も含まれていた。

王都の神殿で、幼いながらも熱心に祈る一人の少女の姿が今も目に焼き付いていた。陽の光に照らされ、息を呑むほど美しい光景を見たのは、あれが初めてだった。

その姿を見て、神殿騎士になろうと思うようになった。彼女のような尊い方こそ、聖女と成られる方に違いない。そんな方に仕えたいと思ったのだ。そのためにヘルムフリートは、己自身の心と身体を磨いた。

その少女を神殿に行くたび、ついつい目で探していたが、ヘルムフリートは婚約してから、しばらくして見かけなくなったのだ。

それにどれほど、残念に思ったことか。それこそ、名前を聞いておけばよかったとどれほど後悔したか。

婚約するなら、その少女のような女性が良かったが、真逆の女性と婚約してしまい、聖女を王命で迎えに行くことになったことを告げた時に決定的になったのだ。彼女とは、やっていけないと。


「聖女なんて、本気で信じてるわけじゃないわよね?」
「私は、神殿騎士だ。本気で信じているに決まっているだろ!」
「それは、ただの仕事でしょ。他にも神殿騎士はいるじゃない。その人たちが行けばいいのよ。あなたが、わざわざ行く必要ないはずよ」
「神殿騎士が他に居ようとも聖女が選ばれたなら、馳せ参ずるのが神殿騎士だ。その役目をみすみす他の誰かに譲る気は、私にはない」


彼女は、全く理解していなかったのだ。それどころか、聖女のことも、神殿騎士のヘルムフリートのことも、馬鹿にしていたことがよくわかった。ヘルムフリートは結婚寸前の彼女と婚約破棄して、ヴィルヘルミーネのところに来たのだ。

そんなヘルムフリートにヴィルヘルミーネは……。


「愛する人や家族の元に無事に帰ってください。……それと母のことをお願いします」


そう言ったのだ。そんなことを言うヴィルヘルミーネこそ、ヘルムフリートが命を賭してでも守りたい人、そのものだった。

だからこそ、何が何でも彼女を死なせたくないとも思っていたが、それがあの少女かも知れないとわかり、それが自分の運命のようにすら思えていた。

だが、まさか、ヴィルヘルミーネにとってヘルムフリートが初恋の人で、結婚していると思われているとは思ってもみなかった。

もっとも、その誤解が解けるまで、まだしばらくかかるのだが、そのことにたどり着くどころか。お互いがお互いのことを覚えていたことすら気づいていない。


「騎士様? どうかされましたか?」
「いや、何でもない」


ヘルムフリートは、物思いに耽っていたのを切り替えるように病人の世話に集中するのも、すぐだった。

自分が今できることを精一杯やる。それが、自分の務めだと思ってヘルムフリートは、鈍り始めた思考を必死に研ぎ澄ました。ヘルムフリートも、いっぱいいっぱいとなっていたが、弱音を吐くことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...