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しおりを挟む「皆さんも、王都に行く準備をしてください」
ヴィルヘルミーネが、集まっていた者たちに言うとそそくさと帰って支度しようとする者もいたが、大半は動こうとしなかった。
「ヴィルヘルミーネ様が残るなら、ここにいます!」
「私も!」
「俺も!」
聖女様といたいと言う者ばかりが、声を上げ、そうだ。そうだとみんなが頷きあっていた。その姿に心が暖かくなった。
(聖女となって、まだ間もないのに。ここの人たちは、すんなり受け入れてくれているのよね。認めてくれてないなんて思うなんて、どうかしていたわ)
「馬鹿なこと言うな。王様が、避難しろって言うくらいだ。こんなとこ残ったって、伝染病で死ぬだけじゃないか」
「それは……」
「ここより、王都に行くのが一番安全だろ。季節風が始まったら、王都に逃げたくとも逃げれなくなる。ここまで伝染病が広がって来たら、死ぬだけになるんだぞ」
それに街の人たちも、不安が勝ったようだ。
ヴィルヘルミーネは、そんな人たちを死なせたくなくて、気持ちを彼らに伝えることにした。
「皆さんの気持ちは嬉しく思います。ですが、王命がなされたのなら、ここに伝染病が到達することは免れないことになる可能性が高い。ここから、王都までは季節風が吹き荒れる。ここで、食い止められなければ、この街から王都までの民が伝染病にかかるのを止める術がなくなってしまいます。私は、誓いを立てました。その誓いを破ることは決してしません。それを務めあげることが私の聖務だと思っています」
「ヴィルヘルミーネ様」
ヴィルヘルミーネの話にここに残れば、聖女の負担を増やすだけになると思ってくれたようで、残る者は動かすと危険な重病人と寝たきりの者と長旅に問題のある者と神官と神殿の騎士たちだけとなったのも、すぐだった。
神官も、神殿騎士たちも、ヴィルヘルミーネが手伝ってあげてほしいと言うと率先して、街の人たちに手を貸していた。
ヴィルヘルミーネも、その一人となって、みんなが心置きなく王都に行けるように動いていたが、ヴィルヘルミーネが倒れたら大変だからと手伝わせないようとする者たちが多くいて、急いで準備しようとする者が増えたのも、すぐだった。
「ヴィルヘルミーネ様、王都で待っていますから」
「ヴィルヘルミーネ様より、王都に詳しくなって案内します!」
「馬鹿。ヴィルヘルミーネ様は、元々王都に住んでいたのよ。案内なんか必要ないわよ。そんなことも、わからないの?」
「何だと! んなこと言ったって、何年も経ってるんだ。変わってるとこもあるだろ」
ギャーギャーと騒ぐ喧嘩っ早い夫婦にヴィルヘルミーネは、くすくすっと笑いながら、こう言った。
「きっと、色々と変わっているはずです。案内してくれるのを楽しみにしています」
「はい! ほら、みろ」
「ヴィルヘルミーネ様、こんなのより、私の方が詳しくなっておきますからね。案内は、任せてくださいね!」
ヴィルヘルミーネは、そう言ってくれる喧嘩するのが日常茶飯事や若夫婦に微妙な顔をし始めていたが、それでも最後の街の人たちを見送ることになるまで、僅かな期間だった。
(ふぅ~、それにしても、さっさと王都に行った人たちの速さには驚かされるわね)
それこそ、ヴィルヘルミーネの元婚約者のランドルフと新しい婚約者の令嬢のエルヴィーナは、さっさと我先に王都に行ったようだ。
あの神官も、役目を頂いたからといの一番に街から出て行ったようだ。他にも、危ういとなって我先に出て行った街の人たちもいたようだが、殆どは名残惜しそうにヴィルヘルミーネを心配して後ろ髪引かれながら街から王都を目指していた。
ローザリンデは、家族に引きづられるように街をあとにした。それこそ、ヴィルヘルミーネの側に残ると暴れるのを取り押さえられて、それは凄かった。
「ヴィルヘルミーネ。ヴィルヘルミーネ、あなたといたいわ。私は、信じてるの。心から信じているのよ」
「ローザリンデ」
「あなたの側が一番安全に決まってるわ」
「え?」
ローザリンデの言葉にヴィルヘルミーネが何か言う前に彼女の家族は……。
「そんなわけがあるか! いい加減にしろ!」
「そうよ。全く、あなたから言ってちょうだい。友達でしょ? この子をこれ以上巻き込まないで」
「祈りたいなら、勝手にすればいい。娘を危険にさらさないでもらおうか」
「っ、」
そんな両親にローザリンデは怒り狂い、そのままではヴィルヘルミーネが責め立てることになるからと後ろ髪を引かれまくって、王都へと向かっていた。
それに複雑な気持ちになった。
(わたしの側が一番安全……? それは、私が聖女であり、神にもっとも愛されているから? だからってこと、よね? 何だか、モヤモヤするわ。神はみんなを愛している。もっとも愛されているから、私は聖女になったわけではない気がしてならないのに……)
ヴィルヘルミーネの両親は、そんなことを言ったことはないが、ローザリンデの両親は聖女を信じてはいないようだ。それがありありとわかった。だからといって、娘を想う気持ちはヴィルヘルミーネにもよくわかった。責めることなんてできない。
それこそ、ヴィルヘルミーネにとって大事な友達だ。自分の側にいるより、王都に避難した方が安全なはずだ。なのにローザリンデの言葉が、引っかかってならなかった。
(季節風が来る前に安全なところにたどり着ければ、みんなは大丈夫。あぁやって移動すれば、王都を目指そうと他の人たちも動くはず。……そうよ。この判断は、正しいはずよ。何より、この街の人たちは、信仰心があつい人たちだもの。神が、そんな方たちを見捨てるようなことをするわけがない)
多くの民が助かることになるとヴィルヘルミーネは信じていたが、ローザリンデの言葉が心に刺さっていた。
聖女の側だから安全とは、何かが違う気がしたが、ヴィルヘルミーネはそのモヤモヤする気持ちがわからなかった。
昔も昔にそんなことを言われた気がして、ヴィルヘルミーネは不思議な感覚に囚われていた。
(前にも、こんなことがあったような気がするわ。ううん、それなら思い出せているはず……。ずっと以前のことのような気がして変な気分だわ。正しいはずなのに不安になってきてしまうのは、どうしてなの)
自問自答しても、答えは見つからなかった。
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