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しおりを挟む昔、ヴィルヘルミーネは家族で王都に住んでいた。時間があると何度となく、神殿に行っては祈っていたが、そこは身分と地位が高い者や寄付の金額で、祈る場所が異なっていた。
(ここは、神殿のはずなのに。息がつまる。祈りがしづらい。みんな、そうは思わないの?)
ヴィルヘルミーネは、不思議でならなかった。
毎日祈る者より、年に一度、行事の時しか式典に出席しない者がふんぞり返って特等席に座る姿にヴィルヘルミーネは違和感を覚えていた。
でも、ここでは違っていた。家族でこの街に引っ越して来てから、毎日のように祈るヴィルヘルミーネは神官たちにすぐに顔と名前を覚えられ、王都にいる時のようにして祈っていたら……。
「なぜ、そんなに隅で祈るのですか? どうぞ、前の方でお祈りください」
「え? でも、持ち合わせがなくて……」
「持ち合わせ? あぁ、そういえば、ヴィルヘルミーネさんは王都から来られたのでしたね。ここでは、式典以外では席は自由なんですよ」
「そうなんですか?!」
「もしかして、寄付をした時だけ、前の方に座られていましたか?」
「えぇ、前と言っても、お小遣い程度で真ん中くらいまでしか行ったことはないですけど」
そんなやり取りをして以来、ヴィルヘルミーネは神官以外、立入禁止の手前の場所まで行って祈るようになった。
それこそ、医者たちと率先して案内したのも、ヴィルヘルミーネは不慣れな時に他人の世話になったからだ。そのお返しをしているだけだった。
何もできないのに前には行きづらいというとボランティアをしてはどうかと言われた。神殿内を清掃して、次の人が祈りに集中できるようにと率先して場を整えるようになった。そんなことをしているうちに街の人たちとも仲良くなるのは、すぐだった。
「ヴィルヘルミーネちゃんが、祈っている時に神殿に入ると違うのよね」
「あぁ、それ、わかるよ。あの子がいると邪魔できないって思うより、一緒になって祈りたくなるんだよな」
そんなことを言う者は少なくなかった。身なりのよくない者は、それまではコソコソ隠れるようにしていたが、ヴィルヘルミーネが分け隔てなく接することで、隠れて祈ることはなくなった。
まぁ、寄付が出来ないからと熱心に床を磨く者などが現れて、それを素晴らしいと思ったヴィルヘルミーネが一緒になってやり始めて、大変なことになったこともあったが……。
それでも、中には暇人だと馬鹿にしていた者もいた。その一人が、ヴィルヘルミーネと婚約していたランドルフだった。
それこそ、聖女が王都にいち早く避難したとわかれば、他も王都に避難を始めて大変なことになるのは目に見えている。何より、そんな聖女は偽物だと軽蔑する者もいるだろう。まぁ、それは極少数で、聖女の心配をして避難してほしいと思ってのことで、侮辱するためでも、認めていないからでもなかった。
そんなことを思っているとヴィルヘルミーネの前に跪く者たちが現れた。
「ヴィルヘルミーネ様。王都の神殿騎士をしております。ヘルムフリート・シュルツと申します。王命により、馳せ参じました」
ヴィルヘルミーネは、王命でやって来たという神殿騎士たちを見下ろしていた。
その神殿騎士の中でも、言葉を発した彼のことをヴィルヘルミーネは、一方的によく知っていた。
名前を聞いて、ドキリと心臓が反応したのも早かった。
(ヘルムフリート様。こんなところで再会することになるんて……)
彼は、ヴィルヘルミーネの初恋の人だった。
彼を見かけたのは、王都に昔、ヴィルヘルミーネが住んでいる時に見かけたのだが、彼が婚約したと知って、どれだけ泣いたか。
それから、すぐにこの街に家族で引っ越すことになって、もう二度と会うことはないと思っていたのに。こんな再会の仕方をすることになるとは、ヴィルヘルミーネは夢にも思っていなかった。
(きっと、あの婚約者と結婚なさったはずよね。あの頃、見た時も思っていたけど、とてもお似合いだったもの)
目に焼き付いて色褪せない昔の光景を思い返して、ヴィルヘルミーネは泣きそうになったが、そんな気持ちに蓋をしたのも、すぐだった。
(このまま、王命にただ従うなんて私にはできない)
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