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しおりを挟む今度は何を言いたいのかと仕方なく尋ねるなんてことはなく、ヴィルヘルミーネは元気になったから手伝いに勤しむのだろうかとすら思い始めていた。
彼をよく知る者なら、そんなこと思うはずがないと思っていたが、ヴィルヘルミーネは違っていた。
(もしかして、聖女らしからぬ行動をしたことへの説教かしら? やっぱり、祈りの場から走り出すなんて駄目よね)
そう思いつつ、尋ねることにした。
「どうかしましたか?」
「王都より、神殿の騎士たちが、あなたを王命により、迎えに来られております」
「……」
(王命……??)
ヴィルヘルミーネは、その知らせに目をパチクリとさせてしまった。
それこそ、民と一緒に避難しろとか、民だけでも先に避難させろと言うならまだしも、聖女だけを避難させようとしていることに首を傾げたくなっていた。
(どうして? 聖女を避難させる命令がくだるなんて……、もしかして、認められていないの?)
ヴィルヘルミーネは、認められていないからこそ、避難しろと言われたのだと思っていた。
本物の聖女ならば、身を呈してでも民を守りきれと命じられると思っていた。本気で、そう言われることこそ、聖女の務めだと思っていた。
それこそ、こんなところで配慮の欠片もなく伝える神官にヴィルヘルミーネが何か思うことはなかった。
知らせを聞いていた街の人たちは……。
「ヴィルヘルミーネ様。王様のご命令です。どうか、王都へ行ってください」
「そうです。ヴィルヘルミーネ様にもしものことがあれば、この国は、それこそ終わりです」
そういう人たちにヴィルヘルミーネは、首を横に振った。首を振りながら、ヴィルヘルミーネは……。
(やはり、みんな、私が本物だと認めてくれてはいないんだわ)
そんな勘違いをしていた。聖女だから安全な場所に移動してほしいと思う気持ちをヴィルヘルミーネは理解できなかった。
「いいえ。私は、どこにも行きません。ここで、祈り続けます」
(そう。私は誓いを立てたのだもの。誓いを守らなくてわ。誰に認められずとも、私は……)
そう思おうとして、ヴィルヘルミーネは泣きそうになってしまった。認められたくてなったわけではないが、偽物だと思われているより、本物だとしても役に立たないと思われていることの方が悲しく思えた。
そんなヴィルヘルミーネの言葉に怒鳴ったのは、神官だった。
「ヴィルヘルミーネ様! 王命なのですよ。それに逆らうなんてことは……」
「おかしなこと言わないで」
神官に物申したのは、ローザリンデだった。
「彼女は、聖女よ。王命に逆らおうとも、罪には問われないはずだ、。それに聖女に民より先に避難しろだなんて、そんなこと命じる方がどうかしているのよ。彼女のことを本物の聖女だって認めていないようなものじゃない」
ローザリンデの言葉に街の人たちも、あっという顔をしていた。
そうなのだ。この国では、そう考えるものだ。王都では、もっと聖女の扱い方が酷いが、この街では聖女とは最後まで民を守ってこそと思われている。
「ヴィルヘルミーネ。勘違いしないでね? 避難をする時は一緒にしてほしい。でも、それをあなたにさせることは、あなたを聖女として認めていないと言うようなものになってしまうわ」
「わかってるわ。ありがとう」
ヴィルヘルミーネは、友達が理解してくれることが嬉しくて微笑んだ。
街の人たちも、そうだ。避難をいの一番にさせることが、聖女として能無しだと言うに等しいことだと気づいたのだ。
そんな雰囲気の中で、神官は……。
「そうですが、神殿の騎士たちは、あなたを連れ帰らなければ、罪に問われかねませんよ。王命に逆らうことになるんですから、その辺、考えずともわかると思っておりましたが……」
「っ、」
それを聞いて、ヴィルヘルミーネは目を見開いて驚いてしまった。
(何を言い出すの? 王命に逆らった罪に神殿騎士が問われる……? そんなことを言い出すなんて、そんなの……)
ヴィルヘルミーネが、悲しげにし始めたのにも、全く気づくことなく、その神官は更にはこの街の人たちまでも、罰せられかねないとまで言い始めたのだ。
ヴィルヘルミーネは、それに悲しみを通り越して、眉を顰めずにはいられなかった。
(私のせいで、私のわがままで、みんなが罰せられる……? そんなの耐えられない)
「……なんだ。それ、脅迫じゃねぇか」
「ちょっと、下手なこと言うとまずいわよ」
「でも、そうだろ?」
街の人々は、神殿の神官をじとーっと見始めた。その視線に気づいたのか、何とも言えない気まずげな顔をして目を逸らしていた。
「そんなのってないわ」
ローザリンデも何か言おうとしていたが、ヴィルヘルミーネが悲しげな顔をするのを見て、街の人たちと一緒に何か言うことができずにもどかしそうな顔をしていた。騒ぐ周りを静かにさせることができなかった。
黙ってヴィルヘルミーネは、その神官を見つめているだけだった。
「わ、私は、一般的にありえそうなことを言ったまでであって、脅迫なんてしてはおりません。言いがかりはやめていただきたい!」
「……」
ヴィルヘルミーネは、ここから王都に行く気はなかった。
(ここが、要になる。私が、動くわけにはいかない。ここの神殿が、王都より私には祈りやすい場所だもの。王都の神殿は……。あそこは、息がつまって仕方がない。あそこじゃ、駄目なのよ。ここで祈らなくては)
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