上 下
16 / 39

15

しおりを挟む

今度は何を言いたいのかと仕方なく尋ねるなんてことはなく、ヴィルヘルミーネは元気になったから手伝いに勤しむのだろうかとすら思い始めていた。

彼をよく知る者なら、そんなこと思うはずがないと思っていたが、ヴィルヘルミーネは違っていた。


(もしかして、聖女らしからぬ行動をしたことへの説教かしら? やっぱり、祈りの場から走り出すなんて駄目よね)


そう思いつつ、尋ねることにした。


「どうかしましたか?」
「王都より、神殿の騎士たちが、あなたを王命により、迎えに来られております」
「……」


(王命……??)


ヴィルヘルミーネは、その知らせに目をパチクリとさせてしまった。

それこそ、民と一緒に避難しろとか、民だけでも先に避難させろと言うならまだしも、聖女だけを避難させようとしていることに首を傾げたくなっていた。


(どうして? 聖女を避難させる命令がくだるなんて……、もしかして、認められていないの?)


ヴィルヘルミーネは、認められていないからこそ、避難しろと言われたのだと思っていた。

本物の聖女ならば、身を呈してでも民を守りきれと命じられると思っていた。本気で、そう言われることこそ、聖女の務めだと思っていた。

それこそ、こんなところで配慮の欠片もなく伝える神官にヴィルヘルミーネが何か思うことはなかった。

知らせを聞いていた街の人たちは……。


「ヴィルヘルミーネ様。王様のご命令です。どうか、王都へ行ってください」
「そうです。ヴィルヘルミーネ様にもしものことがあれば、この国は、それこそ終わりです」


そういう人たちにヴィルヘルミーネは、首を横に振った。首を振りながら、ヴィルヘルミーネは……。


(やはり、みんな、私が本物だと認めてくれてはいないんだわ)


そんな勘違いをしていた。聖女だから安全な場所に移動してほしいと思う気持ちをヴィルヘルミーネは理解できなかった。


「いいえ。私は、どこにも行きません。ここで、祈り続けます」


(そう。私は誓いを立てたのだもの。誓いを守らなくてわ。誰に認められずとも、私は……)


そう思おうとして、ヴィルヘルミーネは泣きそうになってしまった。認められたくてなったわけではないが、偽物だと思われているより、本物だとしても役に立たないと思われていることの方が悲しく思えた。

そんなヴィルヘルミーネの言葉に怒鳴ったのは、神官だった。


「ヴィルヘルミーネ様! 王命なのですよ。それに逆らうなんてことは……」
「おかしなこと言わないで」


神官に物申したのは、ローザリンデだった。


「彼女は、聖女よ。王命に逆らおうとも、罪には問われないはずだ、。それに聖女に民より先に避難しろだなんて、そんなこと命じる方がどうかしているのよ。彼女のことを本物の聖女だって認めていないようなものじゃない」


ローザリンデの言葉に街の人たちも、あっという顔をしていた。

そうなのだ。この国では、そう考えるものだ。王都では、もっと聖女の扱い方が酷いが、この街では聖女とは最後まで民を守ってこそと思われている。


「ヴィルヘルミーネ。勘違いしないでね? 避難をする時は一緒にしてほしい。でも、それをあなたにさせることは、あなたを聖女として認めていないと言うようなものになってしまうわ」
「わかってるわ。ありがとう」


ヴィルヘルミーネは、友達が理解してくれることが嬉しくて微笑んだ。

街の人たちも、そうだ。避難をいの一番にさせることが、聖女として能無しだと言うに等しいことだと気づいたのだ。

そんな雰囲気の中で、神官は……。


「そうですが、神殿の騎士たちは、あなたを連れ帰らなければ、罪に問われかねませんよ。王命に逆らうことになるんですから、その辺、考えずともわかると思っておりましたが……」
「っ、」


それを聞いて、ヴィルヘルミーネは目を見開いて驚いてしまった。


(何を言い出すの? 王命に逆らった罪に神殿騎士が問われる……? そんなことを言い出すなんて、そんなの……)


ヴィルヘルミーネが、悲しげにし始めたのにも、全く気づくことなく、その神官は更にはこの街の人たちまでも、罰せられかねないとまで言い始めたのだ。

ヴィルヘルミーネは、それに悲しみを通り越して、眉を顰めずにはいられなかった。


(私のせいで、私のわがままで、みんなが罰せられる……? そんなの耐えられない)


「……なんだ。それ、脅迫じゃねぇか」
「ちょっと、下手なこと言うとまずいわよ」
「でも、そうだろ?」


街の人々は、神殿の神官をじとーっと見始めた。その視線に気づいたのか、何とも言えない気まずげな顔をして目を逸らしていた。


「そんなのってないわ」


ローザリンデも何か言おうとしていたが、ヴィルヘルミーネが悲しげな顔をするのを見て、街の人たちと一緒に何か言うことができずにもどかしそうな顔をしていた。騒ぐ周りを静かにさせることができなかった。

黙ってヴィルヘルミーネは、その神官を見つめているだけだった。


「わ、私は、一般的にありえそうなことを言ったまでであって、脅迫なんてしてはおりません。言いがかりはやめていただきたい!」
「……」


ヴィルヘルミーネは、ここから王都に行く気はなかった。


(ここが、要になる。私が、動くわけにはいかない。ここの神殿が、王都より私には祈りやすい場所だもの。王都の神殿は……。あそこは、息がつまって仕方がない。あそこじゃ、駄目なのよ。ここで祈らなくては)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...